第14話 ミーア・リンドベリ
《Side ミーア・リンドベリ》
「2年からウチのクラスに留学生として、シェロー王国の第三王女マノン・イーガン様を受け入れます。ミーアさんには、そのお目付け役をお願いしますね」
2年に進級する際に先生に呼び出されたので行ってみると、申し渡されたのは引き続きクラス委員長を頼むということと、信じられないこの言葉でした。
「お待ちください、先生。シェロー王国と言えば、西にある獣人の国ですよね?」
「ええ、そうですが? 何か?」
「何かじゃないです。そこの王女殿下のお目付け役なんて、そんな大役を任されても私に務まるとは思えないのですが」
「あなたに務まらなければ、他に務まる者などいません。よろしくお願いしますよ、ミーア・リンドベリ」
お引き受けした以上は、何とかしなくては。
王女殿下なんていう雲の上にも思える地位もそうですが、獣人という人種に関わった経験がない私は、図書室で本を読み漁って理解を深めようと努力しました。
ですが、本だけでは限界があります。
ちょうど、お仕えするマリー・バーケット伯爵令嬢様のお買い物にお付き添いする機会があったので、ご報告がてら今回の件をご相談させていただくことにしました。
「マリー様。どういうわけか私、王女殿下のお目付け役に任命されてしまいました」
すると、同じくマリー様にお仕えするリリアナ・ラフォレが囃し立てます。
「すごいじゃない、ミーア。さすが、クラス委員長なだけあるわ。いつもニキビを作ってばっかりの私とは大違いね」
「ニキビは関係ないでしょ」
リリアナは、相変わらずお気楽な人。
幼い頃から二人でマリー様にお仕えしてきましたが、私とは真逆の性格です。
そんな二人だからこそ、マリー様は私たちをご贔屓にしてくださるのかもしれません。
私の言葉に対して、マリー様からのお返事は意外なものでした。
「なんでもその件は、わたくし共がお仕えするカトリーヌ・ハグマン侯爵令嬢様が直々にご推薦なさったらしいですわよ。わたくしが常々、ミーアはとても良い子だと申し上げているお陰ですわね、ほほほっ」
「えっ、マリー様は侯爵令嬢様に私などのことを? ありがとうございます」
なんということでしょう……。
これで私は、完全に後に引けなくなってしまいました。
私が粗相をすれば、カトリーヌ様に恥をかかせてしまいます。
そうなれば、マリー様のお顔にも泥を塗ることになりますよね。
どうやらこれは、気合いを入れ直すしかないみたいです……。
「平気、平気。ミーアだったら絶対務まるよ」
ああ、もう、リリアナまで……。
あなたのそのお気楽な性格が羨ましい。
今回の気がかりは、王女殿下の地位だけじゃないのですから。
「ですが……相手は獣人ですので、どう接したらよいのかも苦慮しているのです」
「今回の王女殿下は男爵クラスへ編入とのこと。相応の扱いを求めているそうですから、友人感覚で見守って差し上げればよろしいのではなくて?」
「友人感覚ですか……」
「私がもう一人増えたと思えばいいんじゃない? そうですよね? マリー様」
「ほほほっ、リリアナがもう一人増えたら、賑やかで仕方がないですわねぇ」
「マリー様、ひどいですぅ」
王女殿下を相手に友人感覚……。
余計に難しい注文じゃありませんか?
私が難しく考えすぎでしょうか。
「リンドベリ家には待望の跡取り息子も生まれて大変でしょうけど、見事に大役を果たせるよう頑張ってくださいね。期待しておりますわよ、ミーア」
「そういえばミーアって、二人の妹さんだけじゃなくて、弟くんのお風呂も入れてあげてるんでしょ? 今度、絶対に私も付き合わせてね!」
「別にいいけど、どうしてそんなに弟とお風呂に入りたいの?」
「いや、はははー。うちは、兄とは歳が離れていて一緒にお風呂に入れなかったし、弟はいないから見たことがないんだよね」
「何が見たいのよ……」
リリアナの目が
弟に近づけるのは危険かもしれませんね……。
◇
新学年が始まってみると、悩んでいる暇がないほど大変なことになりました。
留学生のマノン・イーガン様は、誰彼構わずすぐに喧嘩を売ってしまうので、その火消しに回るのに翻弄される日々です。
理由を聞いても黙り込んだまま。
やはり書物に書かれている通り、血の気が多くて好戦的なのでしょうか。
そんな調子なので、クラスの中でも恐れられているマノン。
話し掛けると怯えるので、マノンもみんなと距離を置いてしまっています。
先生にもしょっちゅう呼び出され、事の顛末を尋ねられる始末。
その度に言われるのは、「くれぐれもマノン様を獣化させないようにね」と。
「ねぇ、マノン。呼び捨てでいいのよね?」
「構わない」
「どうしてすぐに喧嘩するの?」
「理由、言葉、見つからない」
こっちの言うことは理解してくれてるみたいですが、言葉も上手く通じません。
本で得た知識は役に立たず、獣人の考えることはわかりません。
お目付け役をこなす自信も、日に日に失われていきます。
そんな日々が続いたある日のこと、校庭の隅で子犬をいじめている子爵様を見掛けました。
「子爵様、子犬が可愛そうなので、放してあげていただけませんか?」
「じゃぁ、この子犬の代わりに、おまえがボクちんのペットになるでしゅか?」
「いえ、それはご遠慮させていただきます」
「おまえもかなりの美人だから、気が変わったでしゅ。ボクちんがたっぷりイジメてやるから、ウチに来るでしゅ」
そう言って子爵様が私に両手をかざすと、身動きが取れなくなりました。
恐怖のあまり声も出せない私。
硬直した身体が、ただただガタガタと震えます。
するとそこへ、たどたどしい叫び声が聞こえました。
「ミーア、放せ。お前、許さない!」
「ボクちんは子爵でしゅ! お前は男爵クラスでしゅよね。とっとと帰れでしゅ!」
「目上、目下、関係ない。弱い、イジメる、許さない」
みるみるとマノンの灰色の髪が逆立っていきます。
まさか、これが獣化なんじゃ……。
それだけは絶対ダメって、先生からもきつく申し付けられているのに。
「マノン、やめて! 獣化しちゃダメ!」
「獣化って、こいつ獣人でしゅ? まさかこいつ、留学生でしゅか?」
「誇りない男、生きる資格、ない」
マノンがルビーのような真っ赤な目で睨みつけると、子爵様は一目散に逃げていきました。
「くそーっ、覚えてろでしゅ!」
「待て! 叩きのめす!」
「止めて! マノン!」
「ミーア、酷い目、遭った。仕返し、必要」
「大丈夫、大丈夫だから。こっち来て、マノン」
逆立った髪。
ギラギラとした目。
マノンは険しい顔つきでしたが、不思議と怖くありませんでした。
むしろ頼もしくて、優しい感じ。
争いの現場に立ち会ったのは初めてでしたけど、きっと今までの喧嘩だって理由があったに違いない、そう思えました。
「マノン、私を助けに来てくれてありがとう」
「すまない、ミーア、それ違う。私、犬、助けに来た」
そういえば、マノンは狼系の獣人でしたっけ。犬の言葉がわかるんですね。
今も助けた子犬と仲良さそうにじゃれ合ってます。
「マノン、あなたはいつもこんな風に喧嘩をしてたの?」
「この国、目上、目下、イジメる。私、許せない」
「弱いものイジメってこと?」
「そう言うか? 私の国、それ、恥ずべき事」
私の国でも弱いものイジメは恥ずべき事。
だけど立場の弱い者は、強者に逆らえないのが実情です。
それなのに、身分も明かさず子爵様に歯向かうあなたはカッコ良かった。
ふふっ、思わずマノンの頭をナデナデしてしまいました。
「ミーア、それ、くすぐったい」
マノンが私に反撃してきます。
「ちょっと、マノンやめて、変なところくすぐらないで、あはははっ」
結局私は、腹を割ってマノンの話を聞いてあげられてなかっただけでした。
相手が獣人だからって、意識して身構え過ぎていただけなのかも。
クラス委員長の私がこれじゃダメですね。
一刻も早く誤解を解いて、クラスのみんなと仲良くしてもらいたい。
今の私の願いはただそれだけです……。
◇
男の子なのに、私の前で跪いて包帯を巻いてくれている、ツリヤーヌさん。
男子なんて、女子に対して偉ぶるだけの存在だと思っていました。
その癖、目上に対してはヘコヘコするばかり。
でも、このツリヤーヌさんは違うみたいです。
準男爵だから、クラスの全員が目上。それなのに、全然畏まったり委縮したりしていない。
私を守ったマノンみたいに、リーン様を子爵様から救ったという噂も聞きました。
ひょっとしたら彼が、マノンの救世主になってくれるかも?
「ツリヤーヌさん、マノンを頼んだわよ!」
今回の件が、マノンの運命を変えてくれますように……。
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