第13話 王女のプライド

 どうしてこうなった?

 マノンを倒して仲良くなるイベントのはずだったのに、なんで男二人と戦わなきゃならねえんだよ。


 2時間目はなんだっけ。教室に戻るのもかったりい。

 もう、サボっちまおうかな……。


「痛っ!」


 声がした方を見たら、ミーアが座り込んでやがる。

 何やってんだ? あいつ。


「ミーア、すまない」

「大丈夫だから、気にしないで、マノン」


 やっぱり怪我してたんじゃねえか。

 あのマノンの体当たりを食らって、なんともないわけねえよな。


 立てないほどひどかったのにジーンの治療を拒むなんて、あの男はよっぽど信用がねえんだな。笑えるぜ。


「何を強がってやがんだ。どう見たって足首が腫れ上がってるじゃねえか。保健室に行った方がいいぞ。おんぶしてやろうか?」

「必要ないわ。あなたの手なんて借りなくても大丈夫よ」


 なんでこんなにケンカ腰なんだ?

 俺の爵位が下だからか?


 いや、違うか。こいつは、男に対してはいっつもこんな感じだもんな。

 確かゲームでも、男にはなかなか心を開かない人物だったっけ。


「そうは言ってもなぁ。もうみんな帰ったから、他に誰もいねえぞ?」

「私、獣化する」

「やめて、マノン! あなたは女の子なんだから、むやみにその力を使っちゃだめ」

「きゃぁっ」


 立ち上がりかけたけど、やっぱり立てねえじゃねえか。

 面倒臭せえ女だな。


「見てられねえよ。ほら、肩だけ貸してやる。それぐらいならいいだろ?」

「……じゃぁ、お願いするわ。それからさっきは大惨事を止めてくれてありがとう」

「大惨事とか大げさすぎだろ。マノンはそっちの肩を持ってもらえるか?」

「うん」


 どさくさに紛れて腰に手ぐらい回したいところだが、それは我慢しとくか……。



 保健室に連れてきたのはいいが、先生がいねえ。


 ジーンの回復魔法なんていう便利なものがあんのに、こいつは拒んだもんな。

 とりあえず湿布を貼って、包帯をグルグル巻きにしとけばいいか。


 椅子に座るミーアの前にひざまずく。

 貴族はみだりに肌を出さねえからって、体操着が長ズボンなのはどうかと思うぞ。


「ほら、包帯巻いてやるから、足を出しやがれ」

「男の人に、そんなことしてもらうわけには……。先生がいらしたらやっていただくから、あなたはもう戻っていいわよ!」

「ごちゃごちゃうるせえんだよ! 男とか女とか関係ねーだろ! 怪我人はおとなしくしとけ!」

「……それじゃぁ、お願いするわ」


 俺が怒鳴りつけたら、やっと足を差し出しやがった。

 最初からこうしろってんだよ。


 それにしても、なんだか二人は深刻な雰囲気だな。


「ミーア、怪我、すまなかった」

「私のことは心配しなくても大丈夫よ。それより、あなたは王女でしょ? すぐに戦おうとするのはやめなさい」

「納得できないこと、決着、必要」

「だからって、暴力で解決するなんて野蛮じゃないの。悪いことは言わないから、さっきの話はなかったことにしなさい」

「それ、無理。一度受けた挑戦、断れない」


 さっきの件か……。


 あの時は流れで仕方なく同じチームになっちまったが、それだと俺がマノンをぶっ倒せねえんだよな。

 俺に情愛を持たせられないんじゃ意味ねえし、あの対決は無しにした方がいいな。


「俺も、あの対決は考え直した方がいいと思うぜ」

「あなたは口出ししないで! 女同士の話に、男が首を突っ込まないでくれる?」

「ああ、そうかい。悪かったな」


 マノンから怒られるならともかく、なんでミーアに言われなきゃならねえんだ。

 俺はお前の説得の後押しをしてやったんだぞ?


 まぁいいや。俺は黙って包帯巻いとくか。


「王女の立場で負けるっていうことは、あなたの国が敗れるってことなんでしょ?」

「ミーア、大げさ。これは授業」

「でも私は、あなたのお目付け役を任されたときにそう言われたの。マノンの私的な争いごとは、公的なものと受け取られかねないって」

「あれは授業。争い、違う」

「さっきのは、どうみても私的なケンカだったわよ!」


 あれってそんなに大げさな話だったのかよ。

 どうりで、ミーアが必死にマノンを止めたわけだ。


「だけど、挑まれた戦い、断る、できない!」

「獣人の本能って言いたいの? それを抑えるのも大事な勉強じゃないの?」

「戦いから逃げる、誇り、許さない!」


 どんだけプライドの高い王女様だよ。

 身の程知らずもいいとこだ。


 さすがに、これ以上は黙ってられねえな。


「だけどマノン、お前じゃラドガンに勝てねえだろ」


 うわっ、おっかねえ。ミーアに怒りの籠った目で睨まれちまった。


 だけどそれは、本当のことだろうが。

 ゲームでこのイベントもこなしたからわかる。マノンは好戦的な癖に弱い。

 そりゃぁ、あの回復魔法しか使えないジーンでも勝てるんだからな。


 小さなため息が聞こえてきやがった。ミーアか。


「はぁ……そうね。マノン、あなたはきっと、あのままじゃ負けてた」


 なるほど、ミーアもマノンの弱さは知ってたのか。

 だったら、あの場は止めるよな。


「ツリヤーヌくんもご忠告ありがとう。さっきはきついことを言ってごめんなさい。だけど、ここでの話は他言無用でお願いできるかしら」

「あ、ああ、もちろんだ」


 ミーアが右手を差し出してきやがった。


 なんだよ、握手のつもりか? 大げさだな。

 こんな美人にじっと見つめられると、ちょっと照れるじゃねえか。


 これでやっと話に参加する権利ももらえたみてえだな。


「マノン、あの対決はなかったことにしようぜ」

「そうね、私もその方がいいと思う。考え直して、マノン」


 ひとまずここは対決を無しにして、改めてタイマン勝負に持ち込むか。

 そうなりゃ、ヨワヨワのマノンを平伏させて、好感度を一気に高めてやる!


「嫌だ、無理。さっき、止めろ、頼んでない!」

「頼んでないって……マノン、あなたはまだ、どうしてさっき私が止めたのかわかってないの?」

「俺も同じだ。俺があの時止めた理由はな――」


 どうあっても引こうとしないマノン。

 ここはもう一度ハッキリ言ってやるしかねえな。


「お前が負けるところを見たくなかったからだ」

「あなたが人殺しになるところを見たくなかったからよ!」


 えっ? 人殺しって言ったか? この女。


 どういうことだよ。どうしたらそんな言葉が出てくんだよ!


 早くその続きを聞かせやがれ!


「あなた、あのまま続けてたら、負けられないからって完全に獣化してたと思うわよ、きっと」

「う……」

「完全に獣化?」


 獣化は俺だって知ってる。獣人が獣としての本能を呼び覚ます能力のことだ。

 さっきだって髪の毛を逆立てて、マノンは獣化したじゃねえか。


「獣化と言っても、能力の解放具合によって出せる力が変わるのよ。そして王族が能力を完全に開放したら、それはもう殺戮兵器のようなものらしいわ」

「ちょ、殺戮兵器って、さすがにそれは大げさすぎねえか?」


 マノンの方を見ると黙り込んでやがる。


 おい、否定しないのかよ!


「完全に獣化したら全身がほぼオオカミと化して、理性も奪われてしまうらしいの。そんなことにならないようにって、学校でも常に一緒にいられるクラス委員長の私がお目付け役に任命されたの」


 おいおい、ゲームじゃそこまでにならなかったじゃねえかよ。

 だから俺は、軽い気持ちで対戦を申し込もうとしたんだぞ?


 ゲームのマノンは全力を出してなかったってことか?

 冗談じゃねえ。そんな話、聞いてねえぞ!


 やめだ、やめ。

 命を懸けてまで、こいつの好感度を上げることもねえだろ。


「マノン、あなた、決着をつけないと気が済まないの?」

「私、戦う。決めたら、後に引けない」

「はぁ……仕方ないわね。だったら思う存分やりなさい。その代わり、獣化はほどほどにするのよ、わかった?」

「ミーア、ありがとう」


 はぁ? お前、今なんて言った?

 思う存分やりなさいだと?


「ちょっと待て。お前、こいつの対決止めるんじゃなかったのかよ」

「今回は2対2のチーム戦に持ち込んでくれてありがとう。あなたが頑張ってくれれば、マノンは完全に獣化せずに済むわ。ツリヤーヌくん、マノンを頼んだわよ!」


 ミーアが希望に満ちた輝いた目で俺を見つめやがる。


 くそっ、普段は男にとことん冷たいこいつに、こんなこと言われたら後に引けねえじゃねえかよ。

 しかも、ギュッと強く両手を握り締めやがって。


 ああ、わかったよ。やってやらあ。

 マノンと一緒に、ジーンとラドガンに勝ってやる!

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