第7話 リーン・シャルダン-その2
「誰かー! 誰か助けてー!」
リーンが改めて悲鳴をあげると、ポツリポツリと人が集まってきた。
「おい、あれヘンターじゃないか?」
「リーン様もいるぞ。何事だ?」
びしょ濡れのヘンターは、周囲を見回している。
あんな奴でも人目が気になるのかよ。
だけどどうやらそのお陰で、これ以上の手出しはしてこないみたいだな。
くそっ、リーンに助けられたのかよ。カッコ悪りい!
「おやおや、この騒ぎはなんでしょうか? 子爵様が1名、水浸しになっておられるようですが?」
今頃登場すんのかよ、ジーン。
もうほとんど片付いた後だっての。
「そのヘンターがあたしに酷いことをしようとしたから、水をかけてやったのよ」
「そうでしたか、それは失礼いたしました。ですがご安心ください。このジーン・マッコールが来たからには、あなたのことは必ず救い出してみせましょう。いえいえ、ご心配なく。相手が子爵様といえど、僕は悪を許しませんから」
なに言ってやがる。悪の相手を間違えかけたくせに。
その向こうでは、周囲から冷ややかな視線を浴びせられて居たたまれなくなったのか、ヘンターが一目散に逃げ出しやがった。
「くそーっ、覚えてろでしゅ!」
「おやおや? ひと睨みしただけで、恐れをなして逃げてしまいましたか。僕は争いは好まないのですが、威圧感を与えてしまったんですかねぇ」
お前がヘンターの方を見た時には、もういなくなってただろ。
なんでお前が事件を解決したみたいになってんだよ。この野郎。
だけど俺も偉そうなことは言えねえ。
やったことと言えば、時間稼ぎぐらいなもんだ。
悔しくて、自分にむかっ腹が立つ。
「あ~ん、怖かったぁ。ほっとしたらあたし、なんだか涙が出てきちゃったよぉ」
大きめの声でつぶやいたリーン。
左右の目を人差し指で拭うと、彼女は周囲に向けて煌びやかな笑顔を振りまいた。
それを見て、不安そうな表情で取り巻いていた男たちが表情を緩める。
笑顔だけで周囲の雰囲気を一変させやがった。
さすが惚れる男が後を絶たないって噂の、リーン・シャルダンだ。
俺もさっき、一瞬ドキッとしたしな。
だけどこいつ、思った以上に
ヘンターとやり合ってる最中は強気な態度だったくせに、みんなの前では泣いてみせるとか……。
そういう女は嫌いじゃないけどな。
「事件は無事解決というわけですね。僕は大したことはしていませんが、褒めてくれてもいいんですよ。お褒めの言葉が、僕の明日への活力ですから」
まてよ? リーンが無事だったってことは、あのイベントも発生すんのか?
このゲームはイベントをクリアすると、ヒロインの治療イベントに突入する。
そこで上手に立ち回れば、ご褒美にお色気たっぷりの映像が見られるんだが……。
「痛った~い。あたし立てないかも。さっき落ちた時に、脚を捻っちゃったのかな」
「えっ、悪りぃ。俺が支えきれなかったせいか?」
リーンがスルスルと、制服のロングスカートをたくし上げていく。
艶めかしい太ももを露わにして痛めた部分をさすりだすと、周囲の男どもからどよめきの声があがった。
いくら普段お目に掛かれない生足だからって、お前ら食いつきすぎだろ。
どうやらこれは、治療イベントに突入したか……?
「やややっ! それはいけません。僕は回復魔法が使えますから、ぜひともあなたの美しいおみ足を治療させてください。ご心配なく、僕はエッチなことが嫌いなので、変なことは絶対にいたしませんから!」
「えっ、キミ、回復魔法なんて使えるの? 初めて会ったよ、そんな人」
「そうでしょう、そうでしょう。回復魔法は希少ですからね。ですから、この機会にぜひ味わってみませんか? 回復魔法を!」
鼻息荒くして、グイグイ身を乗り出しやがって。
こんなやつに治療してもらいたいと思う女がいるわけねえだろ。
これは治療イベント失敗だな。
おこぼれにあずかれるかと思ったのにガッカリだ。
「それじゃぁ、脚よりも胸を治療してもらおうかな」
そう言ってリーンは周囲を気にしながら、ブラウスの胸元に手を伸ばした。
おいおい、本気か?
こんな胡散臭い奴の言葉に乗っかるのかよ。
ジーンは目を血走らせながら、お前の胸元をガン見してるんだぞ?
――プチッ。
ボタンが一つ外されただけで、見事なまでの深い谷間が姿を現す。
窮屈な制服に押し込められてるせいで、今にも飛び出しそうじゃねえか。
またしてもざわつきだす、周囲の男たち。前屈みになってるやつまでいやがる。
「やっぱり、ここじゃみんなが見てるから恥ずかしいな」
二つ目のボタンに手を掛けたところで、リーンが動きを止めやがった。
またおあずけかよ、イライラする。
「そっ、それでは、どこか空き教室を探してまいりますので、しばらくお待ちをっ。いえっ、どうしても続きがしたいというわけではないのですがっ」
「もう大丈夫ぽいから、治療はいいわ。また今度で」
「えっ、あっ、ああ、そうですか。では、またの機会に……。ですがその、僕のこと忘れないでくださいね。何かありましたら、真っ先に治療いたしますので!」
露骨にガッカリしやがって。
どうせこの女は、最初からそこまでしか見せるつもりがなかったんだろ?
外したブラウスのボタンを留め直すと、リーンが膝を立てて立ち上がる。
その瞬間、スカートの奥に光が射し込んだ。
一瞬だったが、もちろん俺は見逃さねえ。
「――ピンクか」
ありがとよ、しっかり頭に焼き付けたぜ。
「ひぅっ!」
慌ててスカートを押さえるなんて、可愛いところもあるんだな。
顔を真っ赤にして恥じらうなんて、意外な一面を見せてもらったぜ。
「あ、あたしよりもその子のこと治療してあげて欲しいな。さっき思いっきり膝を打ったみたいだから。そう言えばキミ、名前はなんていうの?」
「ジーン・マッコールです」
いやいや、どうみてもお前には聞いてないだろ。
「俺はアークだけど。アーク・ツリヤーヌ」
「そっか、アークくんか。今日はありがとう、またね」
ニッコリと笑いかけながら、手を振って駆けて行ったリーン。
なんだあいつの脚、なんともないじゃねえか。
「まったく、僕の回復魔法はこんなことのためにあるんじゃないのに……」
「ああ、俺のことなら別に……おほぉ……」
なんだこれ、気持ちいいじゃねえか。
俺の両膝に当てられたジーンの手のひら。
そこからなんとも言えない温もりが広がって、膝だけじゃなくて全身にまで心地良さが伝わっていきやがる。
そして10秒もすると、さっきまでの痛みが嘘のように消えちまった。
「はい、これで治療はお終いです。彼女に頼まれたから今回は仕方ありませんが、男の治療など二度とごめんですね。誰も褒めてはくれませんし、やってられませんよ」
「いやいや、ありがとよ。お前の魔法は本物だな」
「そうなんですよ、僕の魔法は本物なんです。それなのに、みなさんちっとも信じていただけなくて。報われないんですよね、僕って」
ちゃんと褒めてやったのに、ブツブツ言いながら去っていくジーン。
あいつって、絶対にいくら褒めても満足しないタイプだよな……。
◇
ちきしょう! 『憤怒の力』も発動しなかった。
なにか方法はなかったのかよ!
「今度会ったら、絶対に負けねえ!」
全然身動きが取れなかった、ヘンターの拘束魔法。
あれを打ち破る方法を考えねえと……。
やられっぱなしじゃ収まりがつかねえ。
悔しくて、はらわたが煮えくり返る。
すると目の前に、変身を解いたブララーナが姿を現した。
「ふふっ、いい顔してるわねぇ。食べちゃいたいぐらい」
「お前、なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「だから言ったでしょ? 人の怒りの感情は、あーしにとってご馳走なんだって」
うっとりした目で、俺の頬を撫でやがって。
なんだか馬鹿にされてるみたいで、激しくイライラする。
「そんなにイライラしてるなら、あーしのお尻好きなだけ蹴っていいわよぉ。ご馳走ももらっちゃったしね♡」
「蹴らねーよ!」
「だったら、おっぱいにビンタしたっていいのよ? ふふっ♡」
「おう、わかった! やってやらぁ!」
柔らかいブララーナの大きな胸の膨らみを、力任せに張り飛ばす。
――バチーン!
「んおほぉぉっん♡」
くそっ、ブララーナの奴、色っぽい声出しやがって!
多少はスカッとしたけど、やっぱりだめだ。
こんな憂さの晴らし方をしたって意味がねえ。
特訓だ、特訓だ、特訓だ!
あの変態子爵をぶっ飛ばせるように、もっと強くならねえと!
またあの森に行って、『憤怒の力』をもっと使いこなせるように特訓してやる!
そして絶対に貴族社会をのし上がってやるからな!
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