第8話 気になる男

《Side リーン・シャルダン》


「んぅっ、ちょっとっ……拘束を解いてよ」


 ああ、もう、最悪。

 なんであたしが、こんな目に遭わなきゃならないのよ!


 ヘンターのやつ、あたしに拘束魔法を掛けるなんて信じらんない。

 身動き取れなくしてどうするつもり? ああ、気持ち悪い。


 先生に用事を申しつけられたから、倉庫に行かなきゃいけないのに……。


「リーンたん、ボクちんの彼女になるでしゅ」


 その目、その髪型、その『でしゅ』。

 ああ、もう、キモい、キモい、キモい!


 いきなりこんなことをしてくる人と、お付き合いなんてするわけないじゃない。

 段階を踏んだって、あなたとなんて金輪際お断りだけど!


「ごめんなさい。先生から用事を頼まれてるから、また今度ね」

「その必要はないでしゅ。それはリーンたんをここに誘い込むための嘘でしゅ」


 はぁ……騙されたってわけね、あたし。


 私は小さい頃から可愛いって言われて育ったし、自分でもそう思ってる。

 交際を申し込まれた回数は数えきれないし、危ない目にもずいぶん遭ってきた。


 だから、この程度のことは予想外でもなんでもない。


 帰りに待ち伏せされるなんてしょっちゅう、教室移動で空き教室に連れ込まれそうになったり、こうやって嘘をついて呼び出されたり……。


 さすがに、いきなり拘束魔法を使ってくる人は初めてだけど。


 一人では行動しないように気をつけてたのに、今日は付き添ってくれる人が見つからなかった。

 ひょっとして、それもこいつの策略?


 2年になって担任が変わったばっかりだったから、ちょっと油断しちゃったかも。


「早くボクちんの彼女になるって言うでしゅ。それ以外の返事は認めないでしゅ」

「いやぁっ、放してよ!」


 昔から同性の知り合いは、ご丁寧にお友達の言葉を紹介してくれる。


 あんたって無防備すぎるって言ってたよ、友達が。

 あんたって男に媚びてるって言ってたよ、友達が。

 あんたってあざとすぎるって言ってたよ、友達が。


 はいはい、ご忠告ありがとう。

 だけどね、今さら言われなくても、そんなことはわかってるわよ。


 だって、わざとだから。これがあたしの処世術。


 あたしの両親は、王族にも贔屓が多い人気舞台俳優。

 ウチは子爵だけど、上級貴族のパーティに呼ばれることもしょっちゅう。

 あたしも同席してたから、そんな中での両親の振る舞いを見て育った。


 社交界の中で生き抜いて、今の名声を勝ち取った両親。


 ありきたりなお行儀の良さやおしとやかさよりも、世の中を生き抜く振る舞い方や権力者を味方に付ける方法を教えるような両親だった。


「もっと愛嬌を振り撒きなさい」

「誰に対しても笑顔を崩さないようにね」

「積極的にスキンシップを取りなさい」


 両親の言う通りにすると周囲がチヤホヤしてくれる。

 だけどそうすると、それを気に入らない人が陰口を叩くのよね。


 男を頼ったっていいじゃない。

 笑顔を振り撒いたっていいじゃない。

 あざとくたっていいじゃない。


 あたしはあたしの長所を武器にしてるだけよ。

 そのお陰で、あたしの周りには大勢のファンがいっぱい。

 その人たちは、あたしを守ってくれたり、欲しいものを与えてくれる。


 これは、お父様やお母様と同じ世界に立つための前準備。

 この学校を卒業したら、あたしも舞台女優として両親を越えてみせる。


 だから同性から妬まれようと、あたしはこれからもこの生き方を貫くだけ。


 それにしてもこの変態、いつまであたしを拘束し続けるつもり?

 人が来たっていうのに、諦めるどころか仲間に引き込もうとするなんて……。


「今のリーンたんはボクちんの拘束魔法で身動きが取れないでしゅ。だからスカートを捲っても抵抗できないんでしゅ。おパンツが見放題でしゅよ?」


 この、変態ヘンター! そんなこと言ったら、スカートを捲られちゃうじゃない。


 あたしの身体は、そんなに安くないのよ!


「大丈夫、しませんよ」


 えっ、ホントに?


 緑の髪に赤い瞳、ちょっと目つきは悪いけど、顔はまぁまぁ見られるかな。


 白い蝶ネクタイってことは男爵クラスだよね?

 それなのに子爵家に楯突いちゃって、本当に大丈夫?


 えっ? 何これ、お姫様抱っこって……。

 なんだ、強気な態度だからやっつけてくれるのかと思ったのに。


 男爵じゃ仕方ないか。子爵が相手じゃ分が悪すぎるよね。


 だけど、あたしを命懸けで助けようとしてくれたんだね、ありがと。



 あたしが悲鳴をあげたら人が集まってきて、ヘンターは逃げ出していった。

 放課後遅くなって、下校する人が増えたお陰ね。


「あ~ん、怖かったぁ。ほっとしたらあたし、なんだか涙が出てきちゃったよぉ」


 さぁ、みんな注目して! あたし、ヘンターに酷い目に遭わされたのよ!


 視線を集めてしまえば、誰もあたしに変なことはできない。

 この悪事が広まれば、ヘンターだってあたしに近づきにくくなる。


 これはあたしの護身術。今までも、こうやって自分の身を守ってきた。


 そしてなにより……注目されると気持ちいいっ!


 あたしが涙を見せれば、みんなが同情する。

 あたしが笑顔を振り撒けば、みんなも笑顔になる。

 あたしの一挙手一投足に、みんなの目が釘付けになる。


 この快感を味わったら、同性の妬みなんてどうでも良くなっちゃう。


 こうやって、スカートをたくし上げれば……ほら、男たちはあたしの虜。

 鼻息を荒くして、みんながあたしの肌に注目する。


 見たいんだよね?

 もっと見たいんだよね?


 でもダメ。絶対に一線は超えない。

 それは絶対。

 あたしのお眼鏡にかなう人が現れるまでは、純潔は絶対に守る。


 だから、見せてあげるのは太ももまでね。


「この機会にぜひ味わってみませんか? 回復魔法を!」


 回復魔法なんて初めて聞いた。本当だったらすごいな。

 この人は、あたしの味方に付けておいても損はないかもしれない。


 ちょっとヘンターと同じ臭いがするけど、危ない人じゃなさそうだしね。


「それじゃぁ、脚よりも胸を治療してもらおうかな」


 男の人って、単純でわかりやすいから好き。


 ジッと顔を見つめてあげたり、ボディタッチをしてあげると喜んでくれるよね。

 そしてこうやって、ちょっとエッチな素振りを見せれば、すぐに食いついて来る。


 もう一人の、あたしを命懸けで助けてくれた彼へのお礼も込めて、今日はもうちょっとサービスしちゃおうかな?


 男の人って、胸の谷間とか好きでしょ?


 えっ? どうしてそんなに不機嫌そうなの?


 むー、ちょっと悔しいかも。

 こうなったら、意地でも注目させないと気が済まないな。


 立ち上がる時に、もうちょっとだけスカートの中を見せてあげる。


「ピンクか」


 えっ? まさか……見えちゃったの? 下着まで?


 うぅぅ……恥ずかしい。そこまで見せるつもりなかったのに……。

 もう! 顔をニヤっとさせちゃって、このスケベ!


 あたしの下着を拝めるなんて、滅多にないことなんだから感謝してよね!


「そう言えばキミ、名前はなんていうの?」

「俺はアークだけど。アーク・ツリヤーヌ」


 アークくんか……。

 あたしは伯爵以上にしか興味はないけど、ちょっと面白い子だね。


 子爵に歯向かうなんて勇敢だし、あたしのナイトにしてあげようかな……。



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


 大井 愁です。


 ここまでが第一章、次話から第二章の始まりです。

 次話投稿は本日の16:15を予定しています。どうぞお楽しみに。


 ここまでお読みいただいて、面白いなと思っていただけましたら★や『いいね』でご評価いただけるとありがたいです。


 当作品は『第6回ドラゴンノベルス小説コンテスト』の長編部門に応募していますので、ご声援のほどよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る