2、育ちざかり

成長させてもらう原点がここにはある…

 

小野は店の有り様をじっくり観察している。スタッフの動き、お客さんの様子、自分からの接し方も…。観ることはきりがないが、 日々思考を張り巡らせている。日増しに板についてきているのは事実だった。

 再開発された駅前やマンション、ここ数年で建設された新興住宅地、地域情報で住みたい町ベスト5に入るこのエリア。今回そんなロケーションの店を任されることになった。正直1年位の経験しかない自分が出来るのだろうか、不安ばかりが湧き立ってきて、異動前、眠れない日々が続いた…

 そのとき、色々叱咤激励してくれたのが、以前の店の上司だった。とにかく厳しい人で、失敗するたびに店の裏側で小野は説教を受けていた。 辞めようかといつも思っていた。だが、出来ない悔しさが先行していたこともあり、辞めると言い切れない葛藤もあった。

 それに加えて、それほど打たれ強い人間でもない。自分は巷にいる若者とそれほど遜色ないはず。周りを見渡せば、楽しそうに過ごしている同年齢であふれている。どうして神様はそのような仕打ちを自分に課しているんだろう… 理不尽だとも考えたりした。

 ただ、上司は本気で自分に向き合ってくれている、大事にしてもらっている一面も感じていた。今まで会ってきた人とは違う、心から想ってくれていることに…

 そのおかげで、店の異動後、自分自身の行動に少し自信が持てるようになった。従業員もおかげさまで、少しずつ協力はしてくれている。まだまだ、あの人には、足元にも及ばないだろうけれど、身につけたことから取り組むことは出来ている。

 本当に人と接することは、奥が深い。これでいいということはない。職場の人間関係にしても、これほど大変だとは思わなかった。 上のポジションで仕事をするということは、孤独なんだ。自分自身、本気で向き合わないといけないんだ。祭りのあと、お客さんや従業員が帰宅した店にひとりポツンとしている。これから自分の時間、 今日の振り返りが待っていた。

 

行き詰まっていた…  

あの人ならどうするんだろう…

 

無性にあのひとに会いたくなってきた。明日は休みだから、直接会って話を聞いてもらおう。多分答えは教えてくれないけれど、ヒントは与えてくれるかも知れない…

 そう考えると少し気が楽になった。サッと店での雑務を終わらせて、明日に備えた…


「小野、久しぶりじゃないか!」

「有野さん、ご無沙汰しております」

「店の調子は?」

「売上も前年を超えました!」

「ほー、よくやってるじゃん、やっぱり言っていた通りになっただ ろ?」

「その通りでした、ありがとうございます!」

「自分自身で取り組んだ結果だよね…」

 全てが想定通り。流石だと小野は思った。

 ちょっと間をはさんで、有野が一言付け加えた。


「今、悩んでいること、あるんじゃないか…」

 そう言うと無言で、ウィスキーロックとチェイサーを自分の目の前に差し出した。何かを察したのだろう。まあ飲みなよって言っているようにも聞こえる…


「有野さん…、俺…」

「いいか、周りに理解してもらったり、協力してもらいたいなら、 それ以上の熱量で接してあげなければ人は動かないぜ。いつも言っていただろ?」

 そうだった…有野と一緒にやっている従業員はそれがあるから、一丸体制でお客様に向かい合いながら、良い雰囲気作りを演出している。従業員もそのことが大事だと理解もしている。自分もよく、お客様の対応が雑になっていると叱られていたものだ。

 ただ、どのようにしたら同じ考え方で動いてもらえるか、色々試してみたりしたが、いまいちスタッフの温度差が激しく、一丸体制には程遠いものだった。伝え方に難があるに違いない。

 もう少しやり方を変えないといけないなあ。出されたウィスキーを口に含んだ。ほろ苦く、ピリピリした刺激が身体全体に訴えかけている…


「あれ、小野さんお久しぶり!!」

 カウンターの斜め向かいの席から懐かしい声が聞こえてきた。この店にいたときによく話していた常連さんだ。最近会っていなかったなあと思いつつ、顔を見合わせた。疲れているのはお互い変わらないけれど、目だけはお互い輝いていた。

「中川さん、来ていたんですね」

「さっき来たばかりだよ、いつものように乗り換え出来ずに、ここに来ちゃった」

「そうだったんですね」

「ぼっとしていたから、さっきまで気が付かずごめんなさい」

「自分も考え事していたのでわかりませんでしたよ」

 小野はそう言うと、ウィスキー片手に空席になっている中川の隣に移動して腰を降ろした。そんなに時期は経っていないはずなのに、懐かしさがこみ上げてくる。中川が小野の顔色を覗いながら話し始めた。

「小野さん、何か仕事であったかい?」

「えっ、中川さん、どうしてわかるんですか?」

「ここにいたとき、何かあれば今のような顔をしていたからさあ」

「あっ、やはりバレてしまいましたか…」

「図星だったんだね!」

 見られていたかと思うと、少し恥ずかしく、穴があったら入りたい心境だ。体内にアルコールも回っていることも重なり、火照っているのが自分でも分かった。更に話は続いた。

「小野さん、やっぱり、ひとの接し方が一番難しいよね、お客さん にしてもスタッフにしてもさあ…」

「中川さんもですか?」

「そうだよ、ひとと接するといいこともたくさんあるけれど、嫌な思いもするし、ストレスは感じるよね。特に伝えているんだけど伝わらなかったりするときはね…」

「えっ、中川さんでも伝わらないときあるんですね…」

「もちろん、何でも伝わるわけはないよ。ひとは十人十色だし、当たり前と言えば当たり前。人間関係の距離が近ければ、伝えるのは簡単だけど、遠いと難しい…」

「そんなとき、中川さんならどうします?」

 小野は話を真剣に聞きながら、中川に問いかけた。

「そうだなあ…、近い距離感にするには、まずそのひとにスポットライトを当てるかなあ。ひとは認められることと存在意義があればモチベーションが上がるでしょ。自分は特にスタッフについては、いいところを探して、認めてあげるようにしてる…」

「へぇ…認めることですか」

「そう、自分もそうだけど、誰しもダメなところもあるから改善したくなるけれど、最初はいいところの肯定が、ひとの自信にも繋がるし、輝ける部分になるはずだからね。そこを活かす、そんな職場環境を創る努力はしているよ」

「なるほど、色々やり方はあるんですね…」

 どうしてやってくれないのかではなく、どうしたらやってくれるのかだと思った。職場の雰囲気はお店の雰囲気にも直結する。雰囲気が悪ければ、お客さんも居心地が悪くなるし、足が遠退いてしまう。ちょっと心当たりがあった…

これから観ることに並行して、自分が楽しい雰囲気を演出する役者と脚本家になること、そしてみんなにスポットライトを当て続けていくことに特化すればいいんだ。

 小野は真っ暗なトンネルの中に一筋の光が差し込み始めていた。自分自身の表情が和らいでいるのを感じ取れる状態だ。

 聞き耳を立てていたのだろう、ふと、焼き場にいる有野と目が合った。お互い目と目で会話をした。

『それでいいんだよ…』

 有野の目は自分にやさしく語りかけていた…。

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居酒屋オアシス まむお @mamuo3927

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