居酒屋オアシス

まむお

第1章 店長有野

1、オアシスに向かって

 乗り換えする駅だった…

 

 今日もまた、自分自身の葛藤が始まる。中川は電車から降りてホームを 一歩一歩進めていると、いつものように頭の中は、今日あった出来事が走馬灯のごとく蘇ってくる。ちょっと奴に言い過ぎたかな…、あの子にもっと伝えることが出来たら元気になっただろうな…、明日の会議の内容、ちょっと煮詰めないといけないな…。色々考えていると、歩幅が小さくなり、足取りが遅くなってしまう。

 

 いつものことだった。他人のことを考えて仕事をすることがメインだから、すぐに浮かんでくるのは必然。それでも一日目一杯こなしてくると、どうしても休息は必要だった。

 

 乗換駅は帰宅中のサラリーマンやOLがほどほどいる。どちらかというと、千鳥足の人が多い時間なので、帰宅ラッシュの時間からは少しずれたところだった。帰路に向かう人達を後目に、中川はエスカレーターに立ち反対のホームに向かっていた。

 ここを直進して乗り換えをし、2駅行けば、自宅がある最寄り駅に到着する。ただ、右に進むと改札口がある。都心ではないけれど、ターミナル駅としては大きい部類に入る。繁華街としても駅直轄の総合店舗施設や、周りに飲食店が軒を並べて、仕事帰りの人達をもてなしている…


 誘惑は身体を勝手に動かす…


 本来疲れて自宅に帰るのがいいのは、頭ではよくわかっている。ただ、なぜか冴えてしまうことは、多々ある。心の葛藤でどちらが勝るか、それがこの乗り換え駅にはある。自分に素直になろうと思ってしまうと、歩く先は見つかってしまう。つくづく自分は意志の弱い奴、無意識に改札を出て地下にある自分のオアシスに向かう。


 たまたま、職場のおっさん達と入った店だった…


 そこで焼き鳥とお酒を飲みながら、仕事の話をしていた。ごく普通の呑み屋だった。ただ、そのあと一人で通っている。何かに惹かれたとでもいうのか…そのへんはよくわからないが、居心地の良さは格別だった。


 階段を下り入口のドアを開けた。ほっと出来る空間が、この地下にはある。なんともいえない独特の雰囲気が、常連客を和ませている。


「いらっしゃいませ」


 カウンターにある焼き場から、いつも聞いている声が響き渡っている。また、ここにいたいと思える、そんな気がした。

 いつものように、常連客がカウンターに陣取っている。皆々が今日の出来事を口々に語り合っている。時折、大きな笑い声が店内に響き渡る。その雰囲気も一人でいても心地よい。常連客は、職種も年齢も異なっているが、仲が良い。砂漠の中に たまたまみつけたオアシスみたいに、声をかけ、今までの旅の話を肴にお酒を呑んでいる、これがこのお店の良いところだ。


 カウンターはコの字になっていて、十七~八名が座れる佇まいだ。今日も七割方埋まっている。比較的まばらな場所に案内された。

 カウンターから眺めると厨房、焼き場がよく見える。ここの料理長は、特に凄すぎる。料理はもちろん、自分のコンディションを考えて、味や出す料理を変えてくる。しかも話し上手で、みんなを和ませたり、面白くするためのキッカケをくれたりもする。スーパーマンみたいに何でもできるのをみて、同性ではあるが惚れ惚れしてしまう。あんなふうになりたいとつくづく思う。


 有野という料理長は、いつものように焼き場の前で、鳥を焼きつつ、目の前に座っている常連客に眼を光らせながら、話に聞き耳を立てている。仕事柄だろうか、その様子を観ていると、中川も親近感を憶えてくる。自分も人と関わる仕事で、常に意識してお客様を見ているからだ。ただ、今は素の自分で、ここの居心地に委ねていたい。

 何も注文はしていないが、生ビールの大ジョッキーが、自分の前に運ばれてきた。ありがたいと常々思う。表情を観てだろう、カウンター越しに有野が自分に言葉を発した。

「中川さん、今日はいつも以上にお疲れですね」

「有野さん、顔に出ているかい、やっぱり…」

「仕事の案件がいつもより多いでしょ?そんなオーラが出てますよ」

「よく観ているよね」

「中川さんがわかりやすいんですよ、入って来たときにわかりますし…」

「完全にばれているってことだね」

 有野とのやり取りで痛いところを突かれていると思う。確かに仕事でお客様がいるときには、気を張っている自分がいる。ただ、一歩外へ出てしまえば、穿つの上がらないそんな一面を持った自分に逆戻りする。人間誰しも、そんなところを持っているだろう。だからこそ、演じることに疲れた己を解き放つ環境が、自分には必要だった。


 そんなことを考えながら、近くにいる常連客の会話に聞き耳を立てる。みんな楽しそうだ。少し離れたカウンターでは、上司部下の関係らしきサラリーマンが仕事について熱く語り合っている。はたまた、長く友人関係が続いている男女が最近あったことを一言一言囁き合っている。みんなそれぞれの環境の中で生きている。それぞれに、ひとりひとりの生きざまがある。ストーリーがある。それらが集まる集合体。ここのカウンターには、それを演出する舞台が揃っている。今日は自分もその仲間に入らせてもらおう。 ひとりより気分が良くなるはず。


 ビールを片手にグビグビ喉を潤してみる。そうすると、有野がすっと焼き場で焼きあがった料理をカウンター越しに差し出した。銀色のステンレスのお皿に山積みになったせせりだった。それを見てしまうと、食欲をそそり、空腹になっ ていたことを象徴するかのように自分の腹が鳴ってしまう。それに加えて小皿にニンニクの小切りが入った特製ダレを更に出してきた。中川がいつも疲れた顔をしたときに、有野は出してくれる。自分が顔を上げると有野と目が合った。お互いうなずく。一口、特製ダレをいっぱい絡ませて頂く。肉の鮮度もいい、焼き加減も申し分ない。ビールも更に進む。また一口、また一口。身体がこれを欲しているのが、自分の食べ方で理解できた。


 満腹中枢を刺激されてしまうと、誰かと話がしたくなった。早速、 斜め向かいにいる、以前ここで知り合った男性に声をかけてみた。

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