第一章 金魚すくい

一、たゆたう



 帝都と呼ばれる魔都の片隅に、ひっそりと佇む娼館、戀歌楼れんかろう

 知るひとぞ知る異形の見世みせ

 今宵も美しくも歪な異形に魅入られた者たちが、その扉を叩く。



□■□■□



 色とりどりの金魚が水槽の中を自由気ままに泳いでいた。赤、黄色、青、紫色の光が数秒ごとに色を変えて射し込む水槽は、まるで芸術作品のようでもある。


 天井まで届くほどの円柱状の透明な水槽。部屋の中央、左右前後に一本ずつある四本の柱。そのちょうど真ん中にもう一本、ひと際大きな水槽が置かれている。


「姐さんたちはいいなぁ。尾ビレがひらひらしてて、とてもきれい」


 それに比べてぼくのは、真っ黒でみじめだ。


「きれいな着物がうらやましいって? そんなの、ぼくはうれしくないよ」


 ぼくがみんなと違う異形だっていっているようなものだろう? こんな、生白い肌、どこかうらやましいのさ。黒くて長い髪の毛も、邪魔なだけだよ。金色の大きな瞳はお客さんが「可愛いね」って、みんな褒めてくれるけど。


「やっぱり白とか赤がよかったなぁ。尾ビレって長い方が水の中でひらひら~ってなって、すごく素敵だよね。姐さんたちはみんなきれいだ」


 ひとりぼっちの水槽。

 周りにある四本の円柱状の水槽にはそれぞれにたくさん。

 その中を揺蕩う何種類もの金魚たち。

 小さいのも大きいのも、皆。光にあいされて美しく映える。


「みてみて? 今夜の衣裳はトクベツなんだよ? あのひともきっとよろこんでくれると思うんだけど、どうかな?」


 赤い赤いこの衣裳は、戀歌楼れんかろうの女主人に頼んで用意してもらったもの。真っ赤な衣裳。いつもはもう少し淡い色の裾が長い着物を着せられて、黒い尾ビレもなるべく隠されている。着物の帯や裾が尾ビレの代わりになって、水槽の中で漂う様が色鮮やかで喜ばれるのだ。


 でも今夜は真っ赤なこの衣裳を着て、あのひとに逢う。

 ぼくをすくってくれたあのひとに、おれいをいわなくちゃ。


 水の中を揺蕩う、異形。ひとの姿に違いないのに、ひとではない。足の代わりの黒い尾ビレは蝶のようなカタチをしていて、まるで蝶尾ちょうびのようだと誰かが言った。


 ぼくにはそれがなにかもわからないけど。


 白い光が水の中に射し込む。

 ひとりでたゆたうみずのなかで。


 こんやもあなたをまっている。



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