第十八話

 戦車砲は陸軍が誇る最新の徹甲弾を発射したが、不快なほどに鼓膜を揺さぶったにも拘わらず壁は全く無傷でそれを跳ね返した。


 重力シールドと徹甲弾の流体化する特性によってわずかに運動エネルギーが相殺されたものの、至近距離からの砲撃の威力を完全に殺しきることは出来なかったのである。


 その跳弾が向かった先は――



 甲高い金属音と共にひとまる式戦車の車体が揺さぶられたように大きく揺れ、装甲の一部とキャタピラが吹き飛ばされていた。不幸中の幸いか、砲塔部分に当たっていたら乗組員は怪我では済まなかったかも知れない。


 しかし破片の一部が離れた位置に停めてあったテレビ局の中継車を直撃し、破片がフロントガラスが砕け散ってしまった。運転席や助手席に人がいなかったので負傷者や死者は出なかったが、ドローンがその時の様子を捉えており、すぐさま繰り返し映像が流される。


「ご覧下さい! 戦車から放たれた徹甲弾は施設側の言葉通り弾き返され、陸軍のじゅっしき戦車を直撃。戦車はあのような姿になってしまいました」


 戦車の壊れた部分がクローズアップされた。


「そしてあちらは他局さんの中継車ですが、おそらく破片が当たったのでしょう。フロントガラスがなくなっています!」


最上もがみさーん! 怪我をされた方はいませんかー!?」

「はい! 今のところ負傷者の情報はありません!」


「よかった! 壁の方はいかがですか?」

「現在軍の方で検証を行っているようです。あ、たった今撮影の許可が出ましたので早速行ってみます!」


 カメラマンと共に最上と呼ばれた女性が壁の方に走っていく。


 壁には赤い塗料で照準用にバツ印がつけられていたが、カメラが近づくとその塗料が溶けたような痕しか見られなかった。


「これは……どういうことでしょう?」


 現場の映像がワイプになり、メイン画面はスタジオに切り替わる。


「どう見られますか?」

「映像からは施設のオーナーの言葉通りキズ一つ付いていないように見えますね」


「最上さーん、その塗料が溶けたようなところを触れますかー?」

「はーい。軍の方に許可を取ってみます。触ってみていいですか?」


 すると傍にいた兵士が無線で上官に問い合わせ、しばし沈黙が続いた後に許可するとの声が聞こえた。実はその上官からいのづか陸将補に確認が入り、念話で陸将補から聞かれたので俺が許可した結果である。


 それを聞いた他の報道陣も個別に許可を求めてきたので、全てオーケーと伝えておいた。


「許可を頂けたので触ってみます! うーん、何となく溶けた塗料の凹凸は感じますが、壁自体に違和感はありませんね」


「本当に無傷なんですか?」

「はい。軍の方もどうやら同じ見解のようです」


「と言うことは、施設の安全性が確認出来たことになるのでしょうか?」

「お待ち下さい。これより大日本帝国陸軍の猪塚陸将補閣下よりお言葉があるようです」


 兵士たちが運んできた朝礼台に上がると、陸将補はマイクを片手に周囲を見回した。報道陣が集まってきたのを見て、何故か満足げな表情である。


「この後詳しく検証するが、今回の試験で恐竜飼育施設の安全性が確認できたと言っても過言ではないだろう。それはそちらにあらせられるどうやま海将閣下も同じ見解である!」


 カメラが向けられると、海将は腕を組みながら深く肯いた。


「本日取材に来られた各社には、後ほど陸軍と海軍の正式な見解を伝える。ただし!」


 そこで改めて陸将補が各報道陣に視線を送る。しかし今度は眉間に皺を寄せ怒りを露わにしていた。


「跳弾の警告を無視しカメラを回し続けた者の身柄を拘束し、貴様たちのせいで試験開始が遅れたことに対する尋問を行う!」


「お待ち下さい! それでは撮影データは……?」

「データの没収はしない。だがカメラマンは軍令違反で厳しい取り調べが行われると覚悟せよ!」


 報道各社のカメラマンたちの顔面が蒼白になった。軍令違反ともなれば軍法会議もあり得るからだ。本来なら民間人が軍法会議にかけられることはほとんどないが、彼らは当然先だって夕日新聞とよみかい新聞の記者とカメラマン、パイロットの経緯を把握している。


 懲役三年の実刑判決を下された件だ。と言っても彼らが恐れているのは判決そのものではない。軍法会議の前に行われる取り調べで、憲兵による苛烈な拷問の可能性に膝を震わせているのである。


 むろん民間人である夕日新聞と読買新聞の者たちに対し、そのような拷問が行われた事実はなかった。だが当然取り調べの様子など公表されるわけもなく、他国のスパイが拷問で殺されたり廃人にされたという噂が流れているのだ。軍法会議の恐ろしさは実態よりも凄惨に伝わっているのである。


 何にしても俺からすれば自業自得、ざまぁと言っても過言ではない。何故なら彼らの軽率な行動により、俺の土地で血が流される可能性もあったからだ。正直中継車のフロントガラスが割れたくらいでは同情する気も起きないどころか、完全に壊れてしまえばよかったのにとさえ思う。


 もっともハラルドハラルの解析により跳弾が戦車を直撃し、中継車のフロントガラスを破壊することは計算済みだったし、中に人がいないのも確認済みだった。だからあえてシールド展開などの措置を取らなかったのである。


「それから週刊夕日芸能の者のせいでいらぬ監視に人員を割かなければならなくなった。よってその者らの身柄も拘束する!」


 兵士たちの給料の原資は国民の納めた税金だ。陸将補によるとそれを無駄に使わせた罪は軽くはないらしい。少なくとも一年は懲役に服することになると言っていた。


 加えて彼らがナンパしようとしたハラルや佐々木妹は要人である俺の関係者なので、さらに量刑が上乗せされるだろうとのこと。また、週刊夕日芸能にも多額の賠償金支払いが命じられるそうだ。


 それにしてもハラルとルラハは自衛出来るが、佐々木姉妹は民間人だから万が一の時に身を護る術がない。軍から兵士を派遣してもらうことも可能だろうけど、頼むと借りを作ってしまうことになる。


 私兵を雇うかジェームズとくにさわを呼び寄せるか。しかし優羽によると夜はかなりお盛んらしいから、姉妹の住む事務所棟に部屋を与えるわけにはいかない。


「身辺警護用のドールを造りましょうか?」

「うーん、男性ドールだと佐々木さん姉妹が気を遣うだろうし、女性ドールなら多少はマシだろうけど出張所の兵士たちが面倒だ」


「それですとジェームズ氏と優羽を呼ぶのも変わりはないかと。優羽はかなり美形ですし」

「そうなんだよなー」


 考えても答えは出そうもなかったので、結局姉妹にはそれぞれ偵察型ドローンの監視をつけ、最悪の場合は攻撃型ドローンで護衛することにした。

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