第十六話

「本日に限り施設上空にドローンを飛ばすことを許可する。ただし事前通達の通りヘリでの撮影は厳禁だ。万が一これを破った場合は問答無用でコブラ(攻撃ヘリ)の餌食になると心得よ」


 詰めかけた取材陣を前に、いのづか陸将補が遵守事項を述べた。今回はあらかじめヘリを飛ばしてきたら撃墜するとしているので、俺たちが手を出すことはない。この遵守事項は取材を許可していない夕日新聞とよみかい新聞にも伝えられている。


 タングステン合金板の設置から強度試験まで二日ないし三日かかるため、彼らはその間どこかで宿泊する方が効率的と言える。ただし高尾駅周辺の宿泊施設は前入りするスパ利用客の予約ですでにほぼ埋まっているため、大勢の取材陣を受け入れる余裕はない。


 これらのことは取材受け入れの通達時に知らせてあり、ほとんどのメディアは寝泊まり用の車輪を用意するか少々遠くてもホテルなどを利用する算段をつけていた。


 しかし一部の舐めたメディアから閉館後のスパの利用を求められた。当然NGだ。許可されるとでも思っていたのかね。交渉に来たスタッフの態度もいけ好かなかった。代わりに宣伝してやるから感謝しろとでも言うような口ぶりだったのである。


 絶対に許可しないと突っぱねると、ツバでも吐くような勢いでこちらを睨みつけてきていた。


 次に陸軍の日出村出張所の客室利用を申請したらしいが、これも許可されなかった。あそこには機密もあるから取材陣が入れるわけがないだろう。少し離れた高尾駐屯地にしても同様だった。


 当日になって何とかなるだろうなどと考えているということは、選民意識でも働いたのだろうか。


「ハラル、あそこは何というメディアだった?」

「週刊夕日芸能です」

「雑誌社か何かか?」


「主に芸能関連の記事で売っているようです」

「そんなところにも通達を出したの?」


「いえ。夕日新聞社の傘下ですが何故か取材を許可されたみたいです」


「名前が同じ夕日なのに選別ミスしたか何かかな」

「排除しますか?」


「いや、存分に取材させてやれ。終わったら全てのデータを消去すればいい」

「レイヤ様は意地悪ですね」


 ハラルは言いながらクスクスと笑っている。聞くとその夕日芸能の記者からナンパされそうになったのだとか。しかもたまたまコンビニのソーロンに買い物に出た佐々木にまでちょっかいをかけたと言う。


「取材陣には行動制限を設けよう」

「それが賢明ですね」


 俺は立ち入り許可範囲を試験が行われる飼育施設の裏側百メートル四方と見学棟のみとし、佐々木姉妹のいる事務所棟やスパ周辺に近づくことはもちろん、ソーロンの利用も禁じた。そしてこの処置は週刊夕日芸能記者の不適切な行動が原因だと、猪塚陸将補から通達してもらう。


 当然夕日芸能の取材陣は他の取材陣から顰蹙ひんしゅくを買い、めん状態に陥っていた。彼らは取材用のドローンも用意していなかったので本来なら他社から映像を買い取ることになっていたようだが、これのお陰でそれすらご破算になってしまったらしい。


 また常に兵士たち数人が監視につくようになったため行動が大きく制限され、トイレまで許可を得なければ行けなくなる有様だった。


 見せしめが想像以上の効果を発揮してくれたということである。もっとも俺の関係者に迷惑をかけたのにこの程度で済ませてやったことには感謝してもらいたい。


「夕日新聞社を始めとする夕日グループには陸軍と海軍もスポンサーになっているようですが、この件と先の高尾駐屯地の件を受けて手を引くそうです」

「猪塚陸将補は分かるとして、どうやま海将もフットワークが軽いな」


「読買新聞社に対する牽制もあるのではないかと」


「何かやらかしたら次はお前たちだぞってわけだ。しかし俺たちの元いた世界と違ってこっちじゃ陸軍と海軍なんて国そのものみたいなモンなんだろ?」

「はい」


「それがスポンサーから外れるってことは、他にも影響が出るんじゃないか?」

「おそらく。軍から目を付けられたら終わりですから、離れるスポンサーは少なくないと思われます」


「夕日系列のテレビ局はどこだ?」

「テレビ夕日ですね。今回は招かれておりません」


「陸将補が外したのか?」

「外したというより最初から申し込みを受け付けなかったという方が正しいです」


「もしかしてハラル、何か言った?」

「レイヤ様がいい印象を持っていないとお伝えしただけですよ」


 その影響は絶対に大きいはずだ。夕日は終わったと言っても過言ではないだろう。しかしテレビ局まで含んだグループが倒産ということになると、何の罪もない大勢の人が路頭に迷うのは必定だ。


 俺は傍若無人な輩には容赦するつもりはないが、人を不幸にしたいわけでもない。


「夕日グループを傘下に収めるという手もあるか」


「それですと正式に会社を立ち上げた方がいいと思います」

「よし、任せた」


「社名はヨウミ株式会社でよろしいですか?」

「うーん、もう少し捻りが欲しいな。株式会社ハラルドハラルとかどう?」


「私の名前ですか。構いませんけど」


 代表取締役は俺、ハラルとルラハは専務取締役とし佐々木姉を経理部長、妹を総務部長に任命しよう。来春から来るはひとまず総務部預かりでいい。


「ではその体制で。メインバンクは高尾信用金庫のままにしますか?」

「いや、あそこはダメだ。都市銀行でいいところはないか?」


「最大手はみずな銀行ですが、前身の第一専業銀行、富士山銀行、帝国興業銀行が事業統合した際にそれぞれのシステムで譲歩しない部分があり、そのせいで無用なトラブルが発生していますね。それらを踏まえるとよつたくとも銀行がよろしいかと思います」

「分かった。口座を作ってから様子を見て決めよう」


 念のため佐々木ささき玲子れいこさんに高尾信金に何か思い入れがないかと尋ねたところ、特にないとのことだったので四井住宅銀行に問題がなければ資産を全て移すことにした。


 その際に会社設立と彼女たち姉妹の役職就任を告げると、二人ともしばらく固まって言葉を失ってしまうのだった。

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