第十五話

 先日恐竜の飼育地を上空から無断で取材を試みてハラルに陸軍高尾駐屯地に誘導され、飛行禁止区域を飛行したとして捕らえられた夕日新聞と読買新聞の記者とカメラマンにヘリのパイロット。彼らは軍令違反で民間人としては異例の軍法会議にかけられた。


 スパイの嫌疑をかけられたからである。そこで下されたのは懲役三年の実刑判決だった。特にパイロットの操縦が効かなくなったという答弁が、墜落せずに駐屯地に飛来し着陸も安定していたため荒唐無稽と判断されたのである。


 また、恐竜飼育地を目的としていたという証言も、そちらも飛行禁止区域だったため情状を酌量する理由にはされなかった。加えて二人の記者に取材を命じたそれぞれの新聞社のデスクも逮捕、新聞社自体にも多額の罰金が課せられたのである。


「パイロットはただ飛んだだけではありませんの?」


、飛行禁止区域については記者よりもむしろパイロットの方が詳しいんだ。だから罪は軽くならないんだよ」

「そういうことでしたか」


「レイヤさん、衛星対策はされないんですか?」


 様が不思議そうな表情を向けてきた。実は大日本帝国ばかりではなく、他国の衛星も地上の様子を捉えることは可能だ。そんな状況ではおちおちテーゼ(俺が名づけた恐竜)たちに乗るわけにはいかない。当然対策済みである。


「衛星からでも上空を飛ぶ飛行機からでも、上から見下ろせば恐竜が走ったり休んだりしているところしか見えないようにしてありますよ」

「でしたら私も恐竜に乗れますか?」


「大丈夫です。美祢葉が名づけたのはオスのシルバー、俺のはメスのテーゼ。ハラルはヴァン、ルラハはリオンでいずれもメスです。誰のに乗りたいですか?」


「そうですね、ではレイヤさんのテーゼちゃんで」

「ちゃん?」


「だって、女の子なんですよね?」

「ああ、まあ……」


 お姫様には敵わないな。


 ところで和子様もさすがは皇族で、乗馬は美祢葉と同様にしゅう(馬が全速力で走る際の歩法)でも乗りこなせるそうだ。恐竜の全力疾走は時速百キロを超えると伝えても、怖がるどころか顔を輝かせるばかりだった。


 むろん光学迷彩スーツで重力シールドを纏っているので、ヘルメットの着用などは必要ない。風圧もある程度以上になるとシールドが防いでくれる。


 早速テーゼを呼び寄せてお姫様のために鞍をセットすると、美祢葉も同様にシルバーに鞍を固定した。二人で乗竜を楽しむそうだ。


 そうして間もなく二人を乗せた恐竜が走り出したところで、ハラルが壁の強度確認用のタングステン合金板とジョイントが完成したことを告げてきた。間もなくしまもり次官から連絡が入るとのこと。


 偵察型ドローンから準備を進めている映像がハラルを通して俺の脳内チップに送られてくる。


「日程は向こうの都合に合わせると伝えてくれ」

「かしこまりました」


「タングステン合金板は十枚か」


「七十トンの一枚板ですと作成が容易ではなく、運搬の際に道路も持たないようです」

「なるほど」


「ジョイントはケース型で、徹甲弾の衝撃を受けると締まるようになってますね。必要ないのに」

「まあそう言ってやるな。恐竜たちには壁を撃つことを伝えてあるのか?」


「日程が決まってませんのでまだです。大きな音が聞こえても驚かないようにとは伝えるつもりですが」

「逆に暴れさせても面白いかも知れないな」


 俺は恐竜が激怒して、を吐き、タングステン合金板を歪ませるのはどうかと考えたのである。もちろん恐竜にそんな能力はないしタングステンはその物が千五百度の高温にも耐える素材だ。


 合金となればさらに耐熱温度が上がると思われ、それが歪むとなればブレスは最低でも千五百度以上となる。しかし攻撃型ドローンを光学迷彩で不可視にしてに使えば造作もない。


 このことをハラルに伝えると、少々訝しげな表情を向けてきた。


「そんなことをして恐竜抹殺の命令が出たらどうなさるのですか?」

「この国の政府や軍が俺にそんな命令を出せると?」


「失礼しました、マイマスター。万が一提案が出てもその時点で捻り潰します。ですがそれですと見学用の窓が危険と判断されそうです」

「あ、そうか。やっぱりやめておこう」


 それからしばらくハラルの無言状態が続いた。おそらく島森次官とやり取りをしているのだろう。むろん彼女やルラハは通話(あちらはスマホに連絡してきているつもり)しながらでも俺との会話を継続することなど容易い。


 つまり俺に次官と話をしていることを伝えるためにわざと無言になったということである。それが終わると彼女が視線を向けてきた。


「日程は決まった?」


「はい。明日には資材を搬入し設置を開始。明後日までに終わらせて翌日には強度の試験、次の日を予備日にしたいと言われましたのでそれで構わないと回答しました」

「ずい分急だな」


どうやま海将のスケジュールの都合だそうです」

「スパの方には?」


しも総支配人に念話で伝えました。大きな音が聞こえても軍の実験によるものなので危険はないと、貼り紙やデジタルサイネージ(電子看板)で告知するそうです」

「後は目隠しだな」


「そこは軍に任せましょう。我々が秘匿しなければならないことはありません」


 壁の強度はむしろ世間に知れ渡った方が、今後恐竜を飼育していく上でもいいかも知れない。加えて飼育施設の宣伝にもなる。ならばタングステン合金板の設置場面から取材させるのもアリだろう。


「ハラル、いのづか陸将補に連絡して強度試験のメディアへの公開を打診してくれ」

「かしこまりました、マイマスター」



◆◇◆◇



 某テレビ局にて――


「強度試験の取材? 何の強度試験だ?」


「デスクは以前、夕日新聞と読買新聞が飛行禁止区域にヘリを飛ばして担当者が陸軍に捕まった件をご存じですか?」

「高尾駐屯地でのことなら知ってる。バカなことをしたもんだよ」


「実はあれ、本来の取材の目的地は違う場所だったんです」

「あん?」


「取材目的は恐竜の飼育施設」

「何だそりゃ?」


「天然温泉スパリゾート日出村は知ってますよね?」


「それなら知ってる。取材を申し込んだが断られたって言ってたな。俺は先月チケットが取れたんで家族で行ってきたが」

「そうなんですか? どうでした?」


「いやぁ、よかったよ。家族全員で入れる風呂は広くてきれいだったし種類も多くてな。本格的な温泉も最高だった。宿泊施設がないのが残念だと思ったよ」


「いいですね。俺なんか彼女にせがまれているのになかなかチケットが取れなくて……そうじゃなくて、そのすぐ近くに恐竜の飼育施設が造られたんですよ」

「ウソだろ!?」


「捕まった読買新聞のデスクの部下が俺の彼女で、心配してたら話してくれたんです」

「うちの情報を漏らしたりしてないだろうな」


「お互いに守秘義務は理解してますって。今回はたまたまですが、取材の件がなければ誰にも言うつもりはありませんでしたし」

「で、その強度試験ってのは何なんだ?」


「飼育施設の壁の強度試験です。陸軍の戦車が徹甲弾をぶっ放しても壊れないか確認するそうです」

「おいおい、そんなことして壁が吹き飛んで恐竜が逃げ出したらどうするんだよ!」


「俺に言われても……ただ、施設側はヒビが入らないどころか微塵も欠けないから安心して取材に来てくれと言ってます」

「しかしなあ……」


「軍は万一に備えて厚さ一メートルのタングステン合金板で壁を内側から補強するそうですよ」

「マジか!」


「その補強板設置の作業段階から取材を受け入れるそうです」

「いつだ?」


「現場への資材搬入は明日ですね」


「バカ野郎! それを早く言え! 大至急クルーを集めろ!」

了解りょ!」


 各テレビ局や新聞社はこぞって取材陣を現場に向かわせる。ただし以前無許可でヘリで侵入しようとした夕日新聞と読買新聞は取材を許されなかった。



――あとがき――

今後しばらく更新は不定期となります。

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