第十二話

 つま育成園の子供たちの滞在初日、まずはさっそく恐竜の見学となった。彼らの中には絵日記とかいう宿題を出された者もいるらしいので、ちょうどいい題材になると思う。


 日出ひで村に着いたのは午後三時くらいだったし、旅の疲れもあるだろうからと他のスケジュールは入れていない。ひとまずは出張所の割り当てられた部屋に荷物を置きに行ってもらい、少し休憩してから出入り口に集合とした。


「すっげー!」

「ホンモノだぁ!」


 見学しやすいように厩舎に集めておいた恐竜たちを見せ、二時間ほど絵日記用のスケッチをさせてから見学棟を後にする。


 なお、これはいのづか陸将補の好意だが、攻撃ヘリAH-1コブラをヘリポートに置いてくれるとのこと。写真を撮るのではなく絵に描くだけならコクピット内にも自由に入っていいそうだ。滞在期間中は不測の事態が起こらない限りずっと駐機しておいてくれるらしい。


 それでは女の子が楽しめるような物がないと思われるかも知れないが、俺の計画に穴などあるわけがないじゃないか。


 実は五日間の滞在期間のうち二日目と三日目についてはネズミのマスコットのテーマパークで過ごし、夜もそのテーマパークの名を冠したホテルに泊まる予定だ。これには男の子も喜んでいたが、女の子の喜び方が尋常ではなかった。


 まさかの超有名なテーマパークで、なかなか予約の取れない五つ星ホテルに一泊して二日間丸々遊べるのだ。本来なら決して裕福とは言えない施設で暮らしている彼らはもちろん、同じ地域に住んでいる一般家庭でさえも体験するのは難しいだろう。


 どの辺りにハラルのハッキングが介入しているのかは聞かないことにした。子供たちが楽しければそれでいいのだ。


 この遠足に俺は同行しないが、ルラハの他に再び壮絶な立候補合戦を勝ち抜いた三妻育成園警護小隊の精鋭十名が付き添うことになった。


 加えて男性兵士ばかりでは息が詰まるだろうとの理由で、ドレイシー柔術の道場に通う女性兵士十一人が一行に参加する。いや、君たちはただ遊びに行きたいだけだろう。


 もっともそのお陰で移動は公共交通機関ではなく、軍の大型人員輸送車(要するにバス)が使われることになった。ずい分な大所帯だがまあいい。


 ちなみに俺が同行しない理由は様だ。さすがにアポなしで皇族がテーマパークを訪れるわけにはいかないし、かと言ってアポありだとさらに面倒なことになる。お忍びなんて自殺行為も甚だしい。


 本人は行きたがったが、そうなると大規模な警備態勢を敷かなければならなくなる。加えて今は夏休み中で、ただでさえ客が多いところに和子様が訪れたらどんな騒ぎになるか想像も出来ない。


 俺たちだけなら光学迷彩で顔を変えるという手も使えるが、子供たちがいるので今回はその手も使えないのである。


 そんな事情から和子様を一人取り残すわけにもいかず俺とハラル、も共に居残り組となったのだ。決して乗り心地が悪いバス移動が嫌だったとか、寝心地が悪いホテル宿泊が嫌だったというわけではない。


「そう言えば兵士たちの入場チケットはあるのか?」

「要人警護ということでチケットは不要みたいです」

「要人?」


「レイヤ様のお知り合いですから」

「ということは俺も要人?」


「はい。関わりのある方たちの顔ぶれを考えれば当然ですのでご自覚下さい」

「そうか? 俺には単に兵士たちのこじつけにしか思えないんだが」


「後で使えるかも知れませんので乗っかっておきましょう」


 この既成事実のお陰で、今後は三妻育成園の園長一家や子供たちを要人として扱わせることも可能になったということだ。うん、ハラルのことはこれからハラグロルと呼ぶことにしよう。


『レイヤ様、あんまりです!』

 あ、フルアクセスを許したの忘れてた。


 大所帯の一行は翌日の早朝から日出村を後にした。 



◆◇◆◇



「佐々木さん、はどんな感じでした?」


 一行を見送ってから朝食を摂り、しばらくして俺は事務所棟を訪れた。佐々木姉妹は白地に薄いベージュのチェック柄ブラウスと、ピンクの膝丈プリーツスカートに身を包んでいる。胸にはスカートと同色のリボンだ。


 私服勤務でもよかったのだが、プライベートとのメリハリをつけたいとのことで制服を貸与することになったのである。


 この時の二人は着用していないが冷房などによる冷え対策にベストとカーディガンも揃えてあり、全て彼女たちが選んだデザインだった。


「とても気遣いの出来るいい子でしたよ」

「三人で玲子れいこさんの部屋で寝たと聞きました」


「はい。ヨウミ様から聞かされておりましたので、最初は打ち解けてもらえなかったらどうしようと不安でしたが、とても楽しそうにしてくれてました」


「でも少し無理してる感じはしましたね」

「無理してる感じ?」


「時々ふっと真顔になる瞬間があったので、はそのことを言っているのだと思います」


 美玲奈さんは玲子さんの妹である。


「初対面だし緊張してたのもあるかも知れませんね」

「そうですね。あ、ヨウミ様、聞きましたよ」


「うん? 何をですか?」

「友達十人の話です」


「ああ、そのことなら軍の人たちやらがたくさん立候補してくれたのでクリアになってしまいました」

「いえ、柊果里さんは嬉しいとは言ってましたが、自力ではないのでノーカウントにするそうですよ」


「柊果里がそんなことを?」

「はい」


 俺が二人は自力で何とかしろと言ったのを守ろうとしているわけか。


「それでですね、私たち姉妹に友達になってほしいと言われました」

「そうなんですか?」


「はい。もちろんOKしましたが、これで達成になりますか?」

「ええ。彼女が自分から言ったのなら問題ありません。俺からも礼を言わせて下さい。ありがとう」


 二人は柊果里がテーマパークから帰ってきたらそのことを伝えてくれるそうだ。


 課題も(兵士たちを入れれば大幅に)クリアとなったので、彼女の気持ちさえ変わらなければ来春からここで働くことになる。今はまだ無理をして取り繕っているところもあるかも知れないが、中学校卒業までの間で少しでも変わってくれたらと思う。


 また高校に通いたいと言うなら受験させてもいいと考えていた。その場合働くのは更に三年後からになるが、事務所棟に住ませるかアパートなどを借りて独り暮らしさせるかはその時に決めればいいだろう。


 普通は高校一年生の女の子が独り暮らしなんて危険だろうが、偵察型ドローンに常に警戒させるしジェームズと同じマンションに住ませるという方法もある。


 一番はここから通うことだが通学手段が問題だ。帰りはスパに向かうシャトルバスが使えるが、登校時間帯はバスはまだ走っていない。


 いっそのこと俺の身内としてゆめ学園に通わせるか。あそこなら寮に入ることになるから通学の心配はしなくて済む。まあ、これもその時になってから考えればいいだろう。



――あとがき――

明日からまたしばらくリアル都合で更新が止まります。再開は未定ですが、十日前後と考えています。

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