第十一話
今回貸し切りにしたのはグランクラスではなく通常の客車である。実はグランクラスもグリーン車もシートから窓までが少し遠く、外を見たがる子供には不向きだと判断したからだ。
それでも
ということでまあまあ騒ぎにはなったが、それほど足止めを食うこともなく俺たちはチャーターしてあった観光バスに乗り込んだ。高尾駅と温泉スパの間にシャトルバスを走らせている
佐々木さん姉がチャーターを申し込む際に和子様が乗車されると伝えたら、乗車中と窓から手を振る姿を写真に撮らせてほしいと言われたそうだ。宣伝に使いたいということだったが当然NGだろう。
と思ったのだが、和子様が直接宮内庁に掛けあって条件付きでOKが取れてしまったのである。その条件というのも、広告を打つ前に写真も含めて宮内庁の検閲を受けるというものだった。
せっかくなので子供たちを含めた全員で写ろうということになり、日出村に着いたところで車内撮影となったのである。
「それではこちらのレンズを見て手を振って下さい。いきますよー、さん、にぃ」
パシャ!
「え?」
「はい?」
「「「「えーっ!?」」」」
カウントダウン途中で、いきなりシャッター音と共に斜め上に向けられたストロボが光を放った。撮影係で中田急観光の職員である
ちなみにストロボの光を直接被写体(俺たち)に向けず天井に反射させるのは、自然な明るさを表現するためだと説明を受けていた。
「すみませーん、緊張して指が勝手にシャッター押してしまいましたー」
一瞬の後、全員が大笑いし始める。そこで再び何度かシャッターが切られた。カウントダウンはどうした。
「いやー、皆さんいい笑顔を頂きましたー!」
「もしかしてさっきのはわざとですか?」
「あははは。実はそうなんです。この方が飾らない笑顔が撮れますので」
「いいことを聞かせて頂きました」
「和子殿下にそう言って頂けると嬉しいです!」
それから堀田さんが車外に出て、開けた窓から全員で手を振る。もちろん野次馬が寄ってこないように周囲を陸軍出張所の兵士たちが囲んでいた。
それでも何人かのスパの客に気づかれスマホで撮影されそうになったが、そんなことを俺が許すはずがない。とは言えスマホを壊すのも可哀想なので、ハラルには一時的にカメラの機能を使用不能にするよう命じた。
「後で人数分プリントしてお渡ししますね。宮内庁には広告が仕上がり次第提出します」
「ただの広告のための撮影だと思ってましたが、とても楽しかったですし勉強にもなりました」
「いやはや、和子殿下にそこまで言われると恐れ多いですよ」
「写真、楽しみにしてますね」
「ありがとうございます!」
後日談だが中田急観光のポスターやホームページに掲載された写真は、和子様だけでなく子供たちまで本当に楽しそうに見える作品に仕上がっていた。宮内庁が和子様の近況として採用したほどである。
撮影者の堀田さんには撮影データの著作権買い取り名目でかなりの額のギャラが支払われ、欲しかったお高いレンズの原資になったと大喜びしていた。何でもカメラ本体は消耗品だがレンズは資産なのだとか。
それは廉価なレンズは別として、カメラは一年から三年に一回の割合で新しいモデルが発売されるが、レンズは十年以上更新されないケースが多いからだと言う。俺にはよく分からない世界である。
なお、これを機に堀田さんは宮内庁から皇室付きフォトグラファー(もちろんメインではなくサブ)にならないかとの打診を受けたが断ったそうだ。彼のポリシーで好きなことは仕事にはしたくないとの理由かららしい。
好きなことが仕事になれば趣味に実益が伴うのではないかと思ったのだが、彼曰く趣味は趣味。仕事にしてしまうと撮りたいと思わないものまで撮らなければならなくなるので、結果的に写真が嫌いになる可能性があるとのことだった。
うん。やはり趣味人の考えはよく分からない。分からないがその素敵な趣味は、出来ればずっと続けてほしいと願うばかりである。
話を戻そう。三妻育成園の園長親娘と子供たちは
当初は日出村の集会所を利用するつもりだったが、村とは現在恐竜飼育の関係で微妙な雰囲気にある。それを察して陸将補が申し出てくれたのだ。何ともありがたいことである。
もっとも軍にも彼らの中に将来有望な人材が隠れているかも知れず、青田買いをしたいとの思惑があるようだ。得てして血統の優れた名馬より、雑草を
その言い方はどうかと思うが、命の危険さえなければ子供たちの将来が安定するのは歓迎である。
「レイヤ様、
「ああ、佐々木さん姉妹と交流させるってことか」
「いずれ雇うなら早いうちから慣れてもらった方が今後もスムーズになると思います」
「そうだな。柊果里ちゃんに伝えておいてくれる? 本人が皆と一緒を希望したらそれでもいいし」
「承知致しました、マイマスター」
「それと友達十人の件、兵士たちに覚られるなよ」
「残念ながら手遅れかと」
「は?」
「撮影の時に警備していた方たちがファンクラブを作りそうな勢いですので。あともうバレてます」
「はい?」
「和子様の側衛官が協力を依頼して、話を聞いたほぼ全員がお友達になりたいと」
それならそれで仕方ない。ここで働くことになれば彼らと接する機会もあるだろう。あとは柊果里次第である。
それにしても確かに彼女は可愛いし大人びているがまだ中学生だぞ。ハラルによると、滞在期間中の身辺警護を希望している兵士もいるのだとか。もちろん表向きは彼女だけではなく三妻育成園の全員を対象にしているとのことだ。
しかしまあ、大人に対して警戒心がある柊果里にはいい機会かも知れない。あそこの兵士たちなら俺の連れにつまらないことをしようとは思わないだろうし、警護自体は必要ないとしても和子様もいるので野次馬対策にはなるだろう。
何人かに壁役をやってもらうか。念のため猪塚陸将補に念話で確認を取ると、好きなだけ人数を使っていいとのことだった。また、出張所へは陸将補から通達を出してくれるそうだ。
その日、大日本帝国陸軍日出村出張所では壮絶な立候補合戦の末、三十人からなる三妻育成園警護小隊が結成されたのだった。
あの出張所、一体兵士が何人いるんだよ。てか人数多すぎだろ。
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