第十話

 三妻みつま育成園の子供たちは最年少のの他、上は十四歳までの十人である。その一番上がむらまつ、間もなく十五歳の誕生日を迎える中学三年生だ。


 彼女は十八歳と言われても違和感を感じないほど大人びており、肩までの栗色のストレートヘアが美しい。瞳が大きく鼻筋も通っていて、一言で言うと美人である。腰と足首が細くなかなかのスタイルだが、胸はこれからに期待といったところだろうか。


 そんな彼女は両親から酷い虐待を受けていた。見かねた近所の人の通報で両親は逮捕され、一度は叔父夫婦に引き取られたそうだ。


 ところがその叔父というのが曲者で、引き取って間もなく彼女に性的暴行を加えようとしたらしい。幸い異変に気づいた叔母のお陰で未遂に終わったが、さすがにその家に居続けさせるわけにもいかなかったのは言うまでもない。


 そこで児童相談所が保護しこの三妻育成園に預けられたというわけだ。二年ほど前の出来事だった。


 大日本帝国では児童や老人など、弱者への虐待は重罪とされている。そのため柊果里の両親は強制労働で外地に送られたが、戦闘に巻き込まれてすでに死亡していた。


 両親の死亡は彼女には知らされていないが、薄々気づいているようだと三妻園長が話してくれた。ただ、本人が両親の顔を見るだけでパニックになるほどだったので、悲しむというより安心しているという雰囲気だと言う。


「まあ、両親から虐待を受けて引き取られた先で性的暴行未遂だからね。大人への不信感は相当なものだと思うよ」


 園長の言葉通り礼儀正しく接してはくれるもののどこかよそよそしく、俺もハラルもルラハも決して打ち解けてもらえているとは言い難い状況だった。


 それは中学校でも同じようで、教師はおろか同級生にまで壁を造って一歩引いているとのこと。途中から田舎の学校に転校してきたのだから周りから距離を置かれるなら分かるが、この地域の村や町は珍しく余所者に対して寛大だ。学校も同様である。


 しかしいくら歓迎しようにも本人が歩み寄ってこなければどうしようもない。いつしか彼女は孤立するようになっていた。


 そんなだが、学校の成績は体育も含めた全教科で常にトップを独走しているらしい。また、育成園の子供たちに対しては優しいお姉さんとして振る舞っているそうだ。


 園長曰く、ここには自分よりはるかに不幸な境遇の子供もいるので、素っ気ない態度は取れないのだろうとのこと。きっと根は優しい子なのだと思う。


 日出ひで村へ向けて出発する前夜のこと。俺は応接室でつま寿すず、二十四歳の園長の娘さんから相談を受けていた。


「彼女、最近少し悩んでいるみたいなんです」

「悩んでいる?」

「多分将来のことです」


 三妻育成園のような児童養護施設で暮らす子供たちは、義務教育課程の中学校を卒業するとただでさえ少ない帝国からの補助金が打ち切られる。つまり育成園で暮らし続けること自体は問題ないのだが、生活費は自分で稼がなければならないのだ。


「働けばいいだけでは……就職先ですか!」

「はい。彼女はあの通り子供たちにはいいのですが私たちにさえ距離を置いているような感じですので、近くの村や町ではおそらく雇ってもらえるところはないでしょう」


「良くも悪くも噂は広まっているということですか。それならここで雇うというのは?」

「子供の人数的に職員を増やしても帝国から補助金は出ないんです」


 俺が引き取って高校に進学させるなり、佐々木さんたちと同様に住み込みで雇うことも可能ではある。しかし打ち解けてもらえていない現状では難しいことも事実だ。実際話を持ちかけても彼女が肯くことはないだろう。


 ところがその時、応接室の扉がノックもなしに開かれたのである。


「柊果里さん?」

「すみません、私のことを話されていたようなので」


「もしかして全部聞いてた?」

「ヨウミ様、お願いがあります!」


 彼女は部外者を全て様付けで呼ぶ。


「俺に? まあ、座って」

「失礼します」

「で、お願いって?」


「中学校を卒業したら、ヨウミ様のところで働かせて頂けないでしょうか?」

「俺のところで? どうして?」


「ヨウミ様はかなり頻繁に食料などを寄付して下さいました。そして恐竜の飼育施設まで運営されるとか」

「まあ、そうだね」


「でしたら人手は足りてますか? 私ならお役に立って見せます!」

「うーん、人手に関しては今は足りてるけど、将来的には足りなくなるだろうね」


「ならお願いします! お給料は安くて構いません!」

「柊果里ちゃんは何が出来る?」


「それは……分かりません。でも何でもやります!」


「うちは少々特殊でね。気づいているかどうかは分からないけど、今回同行している中にはこの国の皇女であらせられるなつしののみや殿下もいらっしゃる」

「はい。驚きました」


「彼女は気さくな人だからそんなことはないけど、少し敬語の使い方を間違えるだけで首が飛ぶような人とも接しなければならない」

「…………」


「柊果里ちゃんの評判は聞いている。もちろん礼儀正しいのは知っているけど、それだけではダメな相手もいるんだよ」

「つまり、私ではお役に立てないと……?」


「それは今の時点では分からない。そうだな、一つ課題をこなしてもらおうか」

「課題、ですか?」


「うん。君のことを友達と呼んでくれる人を十人、卒業の前の月までに作ってくれ。育成園の関係者は子供たちも含めてダメだよ」

「そ、そんな……!」


「君はさっき何でもやるって言ったよね。無理だと言うならそれは嘘だったってことになる。申し訳ないけど嘘をつくような人は雇えない」

「うっ……嘘じゃありません! 友達十人、作ってみせます!」


「その意気ですわ!」

!?」


 今度は美祢葉たちがノックもせずに入ってきた。ハラルのやつ、偵察型ドローンからの情報をワザと遮断してやがったな。


「柊果里さん、私は今日からお友達ですわよ」

「え?」


「私たちは元からお友達と思ってましたが、改めて今日からお願いします」

「お願いします」


「ハラル様、ルラハ様まで……」


「この流れに乗らないわけにはいきませんね。私ともお友達になって下さいますか?」

「わ、様がお友達……!?」


側衛官あなたたちもいいですね?」

「「「もちろんです、殿下」」」


 黒服に強面こわもてそくえいかんが中学生少女とお友達かよ。まあいいけど。


「これで七人、レイヤも入れて八人ですわ」

「あー、俺もか」

「何か問題でも?」


「いや、そうだな。柊果里ちゃん、そう言うわけであと二人だ。これは自力で何とかしてほしい」

「皆さん……」


 その後、友達の証として柊果里を囲んで記念撮影となり、全員がツーショットも撮って盛り上がった。屈託なく笑う彼女はかなりレア、というか俺は初めて見たのだが、側衛官たちがノリノリだったのにはちょっと引いた。


 どうやら柊果里を元気づけるようにと和子様の命令があったようなのだが、そこまで羽目を外せとは言ってなかったそうだ。


 まあ彼女は可愛いし、男ならテンションが上がっても仕方ないだろう。後日皇室護衛官仲間に自慢しまくり柊果里のファンクラブが出来て、和子様はドン引きするしかなかったと聞かされてさすがに俺も引いたよ。

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