第八話

「K国は救出した生存者の身柄の即時引き渡しと、日本円にして約三千億円の賠償を要求してきました」


 外務次官のしば努希ゆめきは大日本帝国海軍海将のどうやまいっと、軍務大臣のきたかどとおるを前に苦笑いを浮かべながら報告書を差し出した。


 そこは東京の霞が関にある海軍省の会議室で、軍務次官のしまもりひろも同席している。


「厚顔無恥とはこのことを言うのでしょうな」

「たかが駆逐艦と警備救難艦にイージス艦二隻分の建造費相当額を要求してくるとは。一応堂山海将から言い訳を聞きたい」


 大臣はこう言っているが、口調に責めるような意図は窺えない。


「現場は我が国のEEZ(排他的経済水域)です。そこに無断で侵入しただけでなく先にP-1に火器管制レーダーを照射して挑発してきたのはK国ですので、攻撃を受けても文句を言われる筋合いはありません」

「ふむ。まあ、認めないだろうがな」


「はい。ですからこちらも亡くなった船員には哀悼の意を表するが、運悪く鯨の群れに遭遇して沈没した艦艇や漁船への賠償など見当違いも甚だしい、と言ってやるつもりです」

「鯨の群れか」


「沈めたのははくげいですから」


 海将の言葉に大臣と次官二人が思わず吹き出す。


「堂山海将、笑わせないで下さい」

「いや、なかなかのセンスだ」


「北角大臣、恐れ入ります。哨戒機は撃沈の五分以上前に現場から離隔しておりますので、攻撃はしていないと言い張れますし事実です」


「捕らえた船員たちはどうする?」

「生存者はいませんでした」


「……そうか。それなら仕方ないな」


「ですが死ぬ間際に今回の目的を聞き出すことが出来ました」

「ほう。それは?」


「予想通りスパイの回収でした。しかし失敗したそうです」

「失敗?」


「回収予定だった四人が時間になっても指定場所に来なかったと言ってました」

「スパイの目的は何だったんだ?」


「詳しくは知らなかったようです。恐竜が何とかとは言ってましたが」

「恐竜? わざわざ回収しなくても情報だけなら他にいくらでも送る手段はあったはずだろう」


「それが送るための情報が得られなかったようで」


「恐竜か。そう言えば最近どこかで話題になったような気が……島森君、顔色が悪いようだが大丈夫か?」

「い、いえ、問題ありません」


 島森は目の前のグラスを手に取り氷の溶け始めたアイスコーヒーを啜った。彼は直感していた。その四人のスパイはヨウミレイヤの恐竜飼育施設の情報が目的だったに違いない。


 スパイを回収しにきたのはK国だが、あの国は○国の属国だからその役目を担っていたとしても不思議ではないのだ。そして飼育施設の恐竜は元は○国が戦争利用のために飼育していたのを保護してきたと聞かされている。


 ここからは推測でしかないが、双子の美人姉妹がドレイシー柔術なる格闘技を教えるための道場では一切の通信機器が使えないそうだ。これにはヨウミレイヤの持つドイツの機密が関与している通信妨害手段があると見て間違いないだろう。


 つまりスパイが情報を得られなかったのは、その技術が恐竜の飼育施設にも施されている可能性が高いということである。もう一つ、スパイはもうこの世にはいないであろうことも容易に想像がついた。


「K国は現場海域の捜索もさせろと言ってきてますね」


「泥棒に鍵を貸すバカがいるものか。今後は無断でEEZに侵入すれば、漁船であっても警告なしに容赦なく撃沈すると突っぱねておけ」

「戦争になりませんかね?」


「その気なら宗主国たる○国が出張ってくる案件だ。それが来ていないということは心配ないだろう」


 芝次官の言葉に島森次官が答えた。


 恐竜の件が表沙汰になれば困るのは○国の方だ。恐竜を戦争に利用しようとするなど、世界に知られたら同盟国にでさえそっぽを向かれる可能性もある。だからK国の回収員もスパイの詳細な目的は知らされていなかったのだろう。


 島森次官が戦争にはならないと言った理由はこれだった。


「思い出した!」

「何をですか、堂山海将?」


「恐竜だよ、恐竜! 確か陸軍の出張所の近くで飼育が始まったんじゃなかったか?」

「私も見てきたよ」

「そうなんですか、北角大臣?」


「さっきは言いそびれたけどね。島森君も一緒だったからてっきり彼が言うと思ったんだが」

「すみません。私も言いそびれました」


 島森次官は単に触れたくなかっただけだ。しかし海将が目を輝かせる。


「で、どうだったんだね、島森君!?」


なつしののみや陛下が大層ご執心であらせられます」

「そうか、陛下もご覧になられたのか」


「一般公開は安全性の試験が終わってからになる予定ですね」

「試験?」


「施設の壁の強度の試験です。戦車から徹甲弾を撃ち込んでも問題ないということでしたので」

「それをやるというのか! いつだ!?」


「現在は万が一壁が壊れた時にも恐竜が逃げ出さないように、内側にタングステン合金の補強板を設置するためのジョイントを設計中です」

「ほう」


「七十トン以上の合金を支えなければなりませんから簡単ではないんです」


 しかも壁が破壊された時にはそのジョイントが締まって、タングステン合金板が残された部分に密着するようにしなければならない。向こう側に倒れたら補強の意味がなくなるからだ。


「ならば日程が決まったら知らせてくれ。私もその試験に立ち合いたい」

「わ、分かりました」


 外務次官の芝も立ち合いたいと言い出した。しかし小声で飼育地の持ち主がヨウミレイヤだと伝えると、彼は身震いして前言を撤回する。


 K国対策の会議はいつの間にか恐竜談議に変わり、予定を一時間以上もオーバーしてようやく解散となるのだった。

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