第二話

 見学棟から陸軍日出ひで村出張所の会議室に移った視察団一行と俺たちは、予定通り昼食を終えて質疑応答に入る。なお大臣たちの視線が気になったので、ハラルとルラハは昼食以降は同行させないことにした。


 この部屋には陛下と様、二人のそくえいかん六名、大臣たちの護衛兵の他に出張所の兵士数人も控えている。


「ヨウミ殿にまずお聞きしたい」


 第一声は軍務大臣の北角きたかどとおるだ。


「飼育地は二万坪で、周囲を戦車砲にも耐える高さ五メートル、厚さ五十センチの壁で囲っていると聞いた。間違いはないかね?」

「はい。間違いありません」


「では戦車砲に耐えるという根拠を聞かせてほしい」

「言葉で説明するのは難しいですね。厚さは五十センチですが材質が特殊なものとなります。実際にてっこうだんでもりゅうだんでも撃ち込んで頂いて構いませんよ」


 徹甲弾とは主に装甲の貫通を目的とした弾丸で、榴弾とは炸裂した破片が広範囲に飛び散ってダメージを与える弾丸のことである。


「それでもし穴が空いて恐竜が逃げ出したらどうするつもりだ?」


「穴なんか空きませんし削れもしません、と言うほかはありませんね」

「いやしかし万が一……」


「万が一が億が一でもです。とは言っても信じられないでしょうから、同じ材質の壁を高尾駐屯地に設置して試射してみますか?」

「可能なのか?」


「もちろん費用は頂きます。試射後は壁を返却頂きますが」

「費用? いくらだね?」

「三億円です」


「さ、三億!? たかが壁に三億だと!?」

「特殊な材質と言いました。これは国家機密の塊ですから当然です」


 何のことはない。面倒だからやりたくないので吹っかけただけである。さすがに三億円は出せないだろう。すでにある飼育施設の壁で試したいというなら構わないが、壊れたら困ると思っているようだからこの話はなかったことになると思う。


 ところが――


「仮に壁が壊れて恐竜が逃げだそうとした場合、殺処分しても構わんか?」


「北角大臣、その考え方は気に入りませんね」

「何だと!?」


「北角君、私もヨウミさんの言われた通り簡単に命を奪うという考えには承服出来ません」

「陛下!?」


「どうでしょう、十分な厚さの鉄板なりを壁の内側に置かせてもらって、万が一壁が壊れてもそれが代わりになるようにするというのは?」


「なるほど、さすがは陛下です。徹甲弾ってどれくらいの装甲を貫通出来るんですか?」

「軍事機密に関わるので正確な数値は答えられない」


「分かりました。では一メートルの厚さならいかがです?」

「ま、まあ妥当なところだ」


 さすがに鉄では柔らかすぎるので、タングステン合金で補強用の壁を設置することになった。場所はスパなどがあるのとは反対側で、周囲は雑木林のようなところなので侵入者でもいない限り人目に触れる恐れもない。


 なお、榴弾を省いたのは今回の試射ではあまり意味を成さないからだ。


「合金は軍の方でご用意頂けるということでよろしいですか?」

「設置までこちらで受け持とう。重機を飼育地内に入れることになるが構わないかね?」


「申し訳ありませんが出入り口に重機が通れる幅はありません。壁の外からでは無理ですか?」

「出来ないことはないと思うが、私にはそこまでの知識はない。一度専門家を派遣して確認しよう」


「うーん、壁にジョイントを設置してそこにはめ込めば済むはずです。そのジョイントの設計をお願いします」

「いや、しかし……」


「北角大臣、私は不用意に飼育地内に人を立ち入らせたくないんですよ。壁の内側では恐竜は自由にさせておりますので」

「作業中は厩舎に閉じ込めておけばいいではないか」


「厩舎の出入り口はそこまで強度を高めていないんです。必要がないから閉めても壊さないだけで、彼らなら簡単にぶち抜けます」


 視察の時に大人しく厩舎内にいたのはあらかじめエサで呼び込んであったのと、恐竜には小学生程度の知能があるためわざわざ痛い思いをしてまで出入り口を壊さないからだと説明した。


「ジョイントも壁の外から設置をお願いします。彼らは獰猛ですが警戒心も強いので、重機の音で近寄ってはこないでしょう」

「その重機を伝って外に出ようとしたらどうする?」


「不可能です。彼らの脚は強力ですが、手には自身の体重を支えるほどの力がありませんので」

「よじ登ってはこられないということか」

「はい」


「それは興味深いお話ですね。強力な脚で壁を飛び越えることは出来ないのですか?」


「陛下、体長五メートルのあの体重ですから、いくら強力とは言いましても五メートルはおろか、壁の高さが三メートルだったとしても飛び越えることは出来ないでしょう」


「なるほど。羽根があっても体重のせいで助走距離が十分でなければ飛び立てない白鳥と、考え方は同じというわけですね」

「それは存じ上げませんでした」


 杉浦総理の言葉に北角大臣と島森次官までが頷いている。本当に知らなかったのか、陛下へのゴマすりなのかは分からない。ちなみに俺は今知ったところだ。


 脳内チップで検索してみると、確かに陛下の言った通り白鳥はその体重から飛び立つために助走が必要とあった。上に柵などがない広い公園でも、途中に木が植えてあると十分に助走が出来ないため放し飼いすることも可能なのだそうだ。


「皇居のおほりにも白鳥がいますよね?」

「あの子たちは手術してあるので飛べないのです」


 俺たちの元いた世界だと皇居の白鳥は老齢化が進み数を減らしていったようだ。こちらではどうか分からないが、陛下が少々悲しそうにしているのでこれ以上掘り下げるのは悪手だろう。


「話を戻しましょう。タングステン合金板はどのくらいの大きさになりますか?」

「壁が壊れた時のことを考えると、最低でも二メートル四方は必要だろうな」


 厚さが一メートルなので容積は四立方メートル。合金の比重が一立方センチ当たり十八グラム(タングステン自体はおよそ十九・三)として、合金板は七十トン以上となる。


「分かりました。ではジョイントの設計が終わった時点で一度確認させて下さい」

「軍主導だから設計図は渡せんぞ」


「構いません。ただ外観だけは見せて頂きたいです」

「承知した」


 壁の強度の件でずい分と時間がかかってしまった。一同も同様に感じていたのか全員がほとんど同時に飲み物のカップを手に取った時、ハラルから念話が届いたので俺はスマホを取り出した。


「失礼、重要な連絡のようです」

「構いませんよ」

「ありがとうございます、陛下」


 念話は全く予想もしていなかった出来事を知らせてきたのである。

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