第六章 飼育施設と育成園の少女

第一話

――まえがき――

お待たせしました。

第六章スタートします。




 恐竜飼育施設視察の当日。朝の八時から夕方の五時まで日出ひで村に続く道路は、スパを往復するシャトルバス以外の車両の通行が規制され、配置された多くの兵士と警察官が物々しい雰囲気を醸し出している。


 にも関わらず沿道には野次馬が詰めかけ、配られたうちわほどの大きさの国旗を手に、その時を今か今かと待ちわびていた。


 そんな中、交通機動隊の白いバイクが先導し、前後を陸軍の高機動車に挟まれた装甲車が姿を現し、野次馬が大声援で彼らを迎える。大日本帝国陸軍日出村出張所に視察団一行が到着したのは、予定の午前十時より三十分も前のことだった。


「暗殺者の類いは?」

「いません。ただ、○国のスパイが沿道の野次馬に紛れていますね」


「目的は分かってるのか?」

「恐竜です。○国の飼育施設跡で恐竜の死骸や痕跡が見つからなかったことから、シルバー(が名づけた恐竜)たちを自分たちの恐竜ではないかと疑っているようです」


「当たってるんだけど返してやる気はないしな」


「では予定通りジェームズさんに排除を要請します」

「そうしてくれ」


 ○国のスパイは四人。それぞれが散り散りに情報収集していたため、ジェームズは誰にも知られることなく彼らを仕留めた後、ドールであり彼の恋人でもあるくにさわと共に沿道の野次馬に紛れ込んだ。


「レイヤ様、夕日新聞と読買新聞のヘリが近づいてきてます」


「打ち合わせ通り高尾駐屯地に誘導してやれ。あっちで対処してもらうことになっている」

「はい。マイマスター」


 単に恐竜飼育地から離れさせても政府の規制を無視したことにならないし、罪に問うことも出来ない。猪塚陸将補に相談した結果、無許可で駐屯地上空を飛べば最悪撃墜もあり得るとのことだったので、そちらに誘導する手はずになったのである。


 偵察型ドローンからの映像では、突然コントロール不能に陥ったヘリのパイロットが慌て出し、機内が騒然となっている様子が窺えた。それから間もなく高尾駐屯地の上空に差しかかると、九一きゅうひと式携帯地対空誘導弾を携えた兵士を含む数人が飛び出す。


「当駐屯地上空のヘリに告ぐ! ここは無許可での飛行が禁止された区域である! 誘導に従い速やかに着陸せよ! 従わない場合は撃墜も止むなし! 繰り返す! 従わない場合は撃墜も止むなし!」


 ヘリの中では――


「何やってんすか!? 早く逃げましょう!」


「ば、バカ言わんで下さい! ありゃSAM-2サムツーですよ! 逃げられません!」

「さむつー?」


「誘導ミサイルです!」

「み、ミサイルぅ!?」


「くっ! 操縦不能だってのにどうしたら……んん?」

「操縦が効かないんですよね!? 何とか下に知らせられませんか!? まだ死にたくないですよ!」


「あ、いや、操縦出来るようになりました。ひとまず着陸します」


 兵士の誘導に従って徐々に高度を落としたヘリは、やがて指定された場所に着陸した。パイロット一人と夕日新聞、読買新聞の記者各一名、それにテレビカメラを携えた一人の計四人がヘリから降ろされる。


 彼らは拳銃を構えた兵士数人に囲まれ、カメラを没収された上で建物内に連行されていった。


「夕日新聞と読買新聞はかなりのペナルティを食らうことになるだろうな」


 取り調べの様子は録画で確認すればいいと考えて俺とハラル、ルラハは飼育施設に向かう。そこで天皇陛下ご一行と対面する予定だったからだ。


 敷地を囲う壁の高さは五メートルで厚さは五十センチ。その外側には恐竜の一般公開に備えて厚さ八十センチのコンクリートで造った見学棟があり、いくつか開けられたから厩舎内や飼育地を見ることが出来る。


 見学棟は冷暖房完備で一度に五十人以上を収容可能だ。夏の暑いこの季節でも、高齢のいのづか陸将補の体調に悪影響を及ぼすことはないだろう。


「お初にお目にかかります、なつしののみや天皇陛下。私はヨウミレイヤと申します。この者たちは私の従者でハラルとルラハです」


「夏篠宮きよひとです。ヨウミレイヤさん、娘が大変にお世話になっているようですね。ありがとう」

「こちらこそ、殿下にはとてもよくして頂いております」


 この後、内閣総理大臣の杉浦すぎうら爽治そうち、軍務大臣の北角きたかどとおるの挨拶が続く。二人とも俺が和子様の学友(?)と聞かされていたようで、特に偉ぶった態度は見せなかった。


 猪塚陸将補と軍務次官のしまもりひろは、元々知り合いという理由で名乗りだけで済ませる。他に皇族のそくえいかんと大臣たちの護衛兵がいるが、彼らに発言の機会は与えられなかった。


「和子からヨウミさん個人が恐竜を飼うと聞かされた時には驚きましたが、こんなに早く実現されるとは思ってもおりませんでした」


「ヨウミ君、経緯はドイツの国家機密とのことだが、ここにいる全員は非常に口が堅い。教えてもらえんかな?」

「杉浦総理、申し訳ありませんがお答え出来ません」


「天皇陛下のご命令でもか?」

「杉浦君、私はそのような命令はしませんよ。それより恐竜と卵まで見せてもらえることに感謝しなさい」


「はっ! 失礼致しました」


 和子様が謎のウインクをしてピースサインを向けてきた。なるほど、陛下には俺の性格がきちんと伝わっているということか。実はこのまましつこいようなら視察を中止にするつもりでいたのだ。


「陛下、卵を触ってみたいとこのとでしたが、現状いつするか分かりませんので映像のみとさせて頂きます」

「聞いています。その代わり孵化した後は殻を譲って頂けるのですね?」


「はい。ご存分に陛下の研究に役立てて頂ければ幸いです」

「一欠片も無駄にしないと約束しましょう」


「ヨウミ君はいずれ恐竜を一般公開することも考えていると聞いたが本当かね?」

「はい総理。少しでもエサ代の足しになればと思ってます」


「ふむ。政府としても多少の援助を検討しているところだ。その代わりに研究員を立ち入らせてもらいたいのだが」


「総理、重ねて申し訳ありませんが私の私有地にはドイツの国家機密もありますので、研究員といえどもこの見学棟以外に立ち入らせるわけにはいきません。当然解剖その他のための検体の提供も不可です」

「しかしそれだと援助は難しくなるぞ」


「構いません。私の私財で十分にやり繰りが可能と考えたからこそ、この飼育施設を造ったのですから」

「そう言えばありはら海運と保険の契約のようなものを結んだと聞いたな」


「よくご存じで」

「杉浦君、どういうことですか?」


 島森次官が真っ青な顔で首を左右に振っている。自分は喋っていないというアピールだろう。俺のことを調べればすぐに分かるようにしてあるし、彼が誠実に約束を守っていることなど偵察型ドローンからの情報を見れば明らかだった。


 杉浦総理は陛下に俺と在原海運との間で交わされた百億円の取り引きについて説明していた。ただし細かい契約内容までは掴んでおらず、単にライズ保険組合の真似事をしていると思っているようだ。もっともそう勘違いするよう仕向けたのは俺である。


「そうでしたか。ところでヨウミさん」

「何でしょう、陛下」


「見学棟なら研究員を送っても問題ありませんか?」

「事前にご連絡を頂けるのでしたら構いません。ちなみにその研究員とは陛下ご自身のことでしょうか?」


「はっはっはっ! ヨウミさんは和子の言った通りの人ですね」


 和子様、何言った!?


「さすがに毎回私が来られるわけではありませんが、それも視野に入れておいて下さい。普段は私の研究を手伝ってくれている者に頼みたいと考えてます」

「分かりました。セキュリティの関係であらかじめ来られる方のお名前と年齢、顔写真の提供をお願い致します」


 それからしばらくの間、鉄格子の向こう側の恐竜たちを陛下と大臣たちが眺めながら、安全面がどうだとか研究がどうだとか話しながらの視察が続くのだった。

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