第三話
「皆さん、落ち着いて聞いて下さい」
俺はスマホをしまうと、立ち上がってテーブルに両手をついた。
「何かありましたか?」
「まさか恐竜が脱走したわけではないだろうな!」
「それはありません」
「レイヤさん、どうしたんですか?」
「たった今ハラルから連絡がありました。
「「「「ええっ!!」」」」
ハラルによると、飼育室で保管してある恐竜の卵四つのうち、一つにヒビが入ったという。内部透視(レントゲンのようなものだが放射線を使用しているわけではない)で確認すると、恐竜が卵の殻を割って出ようとしているとのことだった。
「すぐに見学棟に行きましょう!」
「陛下、行かなくても私のスマホで映像を確認出来ます。これを会議室のモニターに繋ぐことは可能ですか?」
「このケーブルを使って下さい」
兵士の一人が素早く渡してきたケーブルをスマホの外部接続端子に挿せばいいのだろうが、俺にはその先が分からない。念話でハラルにヘルプを頼む。
『レイヤ様は挿し込むだけで構いません。設定は私が遠隔で行いますので適当に操作しているフリをしていて下さい』
『助かる。ありがとう』
間もなく会議室のモニターに卵のある飼育室が映し出された。クローズアップされた一つが小刻みに動いているのが分かると、陛下や大臣たちはもちろん
「あっ! あそこ! ヒビが!」
和子様がモニターを指さして叫んだ。見ると確かに亀裂が入っているように見える。しかしそこから先がなかなか進まない。皆がやきもきする中、陛下が和やかに言葉を発した。
「卵生生物はだいたいここからが長いのです。場合によっては二十四時間以上かかるかも知れません」
「それではこの後の様子は録画で観るしかなさそうですね」
「
前梶
「本日と明日はご静養となっております」
「そうですか。変更してくれたのですね」
「和子殿下とごゆるりと過ごされることをお望みかと思いまして」
つまり元々あった予定を変更したということか。おそらく陛下の恐竜を観察する時間が一日(正確には半日未満)では短いとの判断からだろう。なかなかに気の利く秘書官のようだ。天皇の秘書官ともなれば、単に偉ぶっているだけではないというわけだ。
「では卵の殻は孵化後早急に防腐処理を施して、明日中にお持ち帰り頂けるようにしておきましょう」
「それは大変にありがたいことです」
「陛下は和子殿下と共に出張所の客室にお泊まりということでよろしいですか?」
「えっ!?」
わざとらしく俺が言うと和子様が恨めしい視線を向けてきたので念話を送る。
『陛下がこちらにお泊まりになられるのに、和子様だけ家に招くわけにはいきませんので我慢して下さい』
『仕方ありません。父がお帰りになったらそちらに泊まりますからね!』
『
『レイヤさんと同室を希望します』
『なるほど。恐竜の飼育地に寝袋で寝たいと』
『もう!』
「学園のお友達もいるそうですし、和子はどうやらヨウミさんのお宅にお邪魔したいようです。ご都合はいかがですか?」
「はい?」
念話のやり取りなど分からないはずの陛下が、和子様の表情から何かを読み取ったようだ。美祢葉のことは聞いていたのか。どうでもいいけど和子様、ガッツポーズはやめて下さい。
「いえ、都合は悪くはありませんが……側衛官の方々はよろしいのですか?」
「ご学友は女性とのことですし、和子殿下はお言葉を曲げられませんので」
側衛官め、俺が困ると思って彼女の滞在中も家に入れないとしたことに仕返ししてきやがった。分かってるのか? 和子様が俺に惚れてたら国民の、いや世界のプリンセスは俺の物になるかも知れないんだぞ。
もっとも明日以降は家に泊まるのだから大して代わりはないのだが、大臣たちも黙ってないで何とか言ってくれよ。それとも皇族のプライベートな会話には求められない限り口を挟めないということなのか?
「ではお父様、私は今夜からレイヤさんのお宅にお世話になることに致します」
「ヨウミさん、ご迷惑かも知れませんが娘をよろしくお願いしますね」
「は、はい。承知致しました」
怪訝な表情を浮かべていた大臣たちには
「ところで卵の様子は客室にいても観ることが出来ますか?」
「ヨウミ君、君のスマホの代わりになるようなものはないかね?」
「猪塚閣下、後ほど受信端末を届けさせます」
「そうかね。頼むよ」
ハラルから念話で持ってくるとの連絡があった。この世界で普及している
「それでは次の質問に移らせてもらう」
総理大臣の杉浦が話題を変えた。
「一般公開を予定しているそうだが、万が一の際の客の避難体制はどのように考えているか教えてほしい」
「先ほど皆さんをご案内した見学棟に一時的に立て籠もってもらうことになります。スパから地下道を通って従業員が迎えに行きますので、彼らの指示に従って避難してもらいます」
「見学棟の強度は十分なのかね?」
「曲がりなりにも恐竜に一番近づける場所ですから、飼育地の壁の倍の強度がありますよ。バンカーバスターでも破壊出来ないでしょう」
「さすがにそれは試すことが出来んな」
バンカーバスターとは地中貫通爆弾や特殊貫通弾のことで、特に硬化されたり地下にある目標を攻撃する航空機搭載の爆弾だ。
ロケットブースターによる加速があった場合は、鉄筋コンクリートの壁を七メートル弱も貫通したとされているようだ。もちろん重力シールドの敵ではない。
ただし爆弾なので周囲への被害は着弾してからさらにシールドを展開しないと防げない。そのため試すと言われても許可するつもりはなかった。シールドの存在を明かすわけにはいかないからだ。
「それと地下道と言ったか? 入り口など見当たらなかったが?」
「見学棟やスパへの侵入を防ぐために出入り口は秘匿させて頂いております。扉の重量は公称では百キロとしますが実際は三倍の三百キロあり、ローラーもありませんので人の力ではビクともしないでしょう」
「視察はさせてもらえるのだろうな?」
「構いませんがスパの営業終了後になります。それまで待つ時間はありますか?」
「私にはないな。島森君、頼めるか?」
島森次官が
「そ、総理のご命令でしたら」
「あー、見るのはいいんですが撮影はお断りします」
「ドイツの国家機密とやらか?」
「お答え出来ません」
「ヨウミさん、先ほどは恐竜や見学棟、壁なども撮影させてもらいましたが、もしかしてよくなかったのですか?」
「いえ陛下。地下道の出入り口とその内部の撮影を許可しないと申し上げているだけですので、陛下が撮影されたところは問題ありません」
「そうですか。安心しました」
そこで会議室の扉がノックされ、兵士が小さな機械を手に入室してきた。飼育室の映像を受信するための端末である。ハラルは部屋に入らずそのまま戻ったというわけだ。
質疑応答はいったん休憩となり、俺のスマホがモニターから外されて受信端末に切り替えられる。受信テストも問題なく終了し、陛下が泊まる部屋のモニターでも飼育室の様子が確認出来た。
質疑応答はさらに続く。
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