第二十話
結論から言おう。
しばらくお預けが続くのかと思っていたのだが、シミュレーターで光学迷彩スーツの訓練を行った夜に、ハラルとルラハに焚きつけられた彼女が俺の寝室にやってきたのだ。
それはいいとして、週末の二日間で美祢葉は衣装変更から髪の色や髪型の変更、ドローンの基礎的な操作方法までマスターしてしまったのである。もちろんまだまだ訓練は必要だが、これは嬉しい誤算と言えた。
「思い通りに服装や髪型を変えられるなんて、女の子なら誰だって早くマスターしたいと思いますわよ」
だそうだ。
念話の方も順調で、俺の思考が読み取れるのが嬉しいらしい。約束通りフルアクセスされているようだが慣れるまでは仕方ないと思ってる。
六月の最初の月曜日、学園の食堂にはいつものメンバーが集まって食後の雑談に花を咲かせていた。今週はハラルが道場の番なので、ルラハが俺と一緒に登園している。
「もうすぐ
「来週の月曜日から三日間だったっけ」
「レイヤ君は
「
「レイヤって一夫多妻派なのか?」
世界を股にかける超有名劇団の座長の一人息子、
「派というわけじゃないけど、結果的にそうなるってところだね」
「ハラルさんとルラハさんはレイヤの従者なんだよね?」
「ええ」
この場にいないハラルに代わってルラハが微笑みながら答える。
「従者って主と結婚出来るの?」
「ヨウミ家には身分で婚姻の認否を決めるしきたりはありません。ただ、当主の本妻は伯爵家に見合う身分が求められますけど」
「レイヤは次期当主とかじゃないんだ?」
「一番上の兄が当主だよ。両親は他界してるから」
もちろんそういう設定にしただけだ。
「ごめん、つまらないことを聞いてしまった」
「構わないさ。もうずい分経つし。それに俺はヨウミ家を出て日本に来てるからね。ケンカしたわけじゃないからいつでも遊びに来いとは言われてるよ」
「ドイツだったよね。行ってみたいな」
「劇団で行くことはないのか?」
「何度かは行ったことがあるみたいだけど、今は植民地を回ることが多いね」
そこにはおそらく政治的な絡みもあるのだろう。大日本帝国は植民地の住民を奴隷のように扱うことはないようだ。
貧しい国や地域には膨大な額の支援を行い、鉄道を敷設したり教育を施したりしているらしい。そんなわけで、娯楽の一環として劇団派遣も行っていると翼が言う。
「我が劇団はそういった地域で公用語の日本語の勉強にも一役買っているのさ」
「興味深いお話ですわね」
「
「いえ、ありませんわよ」
「そうだ! 今度渋谷の新帝国立劇場で公演をやるんだ。バルコニープラチナルームを押さえるから皆で観に来ない? もちろん招待だからチケット代はいらないよ」
聞けば十人がゆったり観劇出来るバルコニールームで、一公演十人で五百万円の特別室とのこと。俺にとっても彼らにとっても大した額ではないが、利用するのが十五、六歳の少年少女と考えると何とも贅沢な話である。
「そんなこと言って大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、レイヤ。それにこれはレイヤへのお礼でもあるんだ」
「お礼? 何かしたっけ?」
「勉強会のことだよ。出張所とは言え最新鋭の陸軍施設に泊まらせてもらった上に
「そう言ってもらえると交渉した甲斐があるよ」
「それにね、父がとにかくレイヤに感謝してるんだ。出来ることならどんなお礼でもするって」
「そんなにか!」
「それですと私たちはお金を払わなくてはなりませんわね」
「いいんだよ、在原さん。これは皆へのお礼でもあるんだから」
「それこそ僕らは何もしてないように思うけど?」
「私もそう思います」
不思議そうに首を傾げたのは大手都市銀行頭取の次男坊 、
「浅井さん、私も浅井さんに何かして差し上げた記憶はありませんわよ」
「僕にとってはね、皆とこうして友達になれたことが何よりも嬉しいんだよ」
「それでしたら私たちも同じでは……」
「いいのさ。僕らはこれからも一緒だから、ギブアンドテイクの機会はいくらでもあるよ。ただ、レイヤたち三人は一学期で学園を去るでしょ」
「だから今ってことか」
「そ。まあ、この程度じゃ全く釣り合わないんだけどね」
「すると僕も何かお礼を考えないと……」
「私も……」
「いや、二人とも気にしなくていいよ」
「大日本帝国銀行株なんてどうかな。単元株の百株でいい?」
「焼き芋引換券百枚じゃ足りませんか?」
単元株とは通常の株式取引で売買される売買単位のことである。額面五十円の株なら千株、五百円の株なら百株というように額面換算で五万円が単元となる。この単元に満たない株は
ハラルからの念話によると大日本帝国銀行株(額面五百円)の株価は現在一株で三万円前後を推移しており、百株だと三百万円ほどになるという。高校一年生が気軽に出せる
焼き芋引換券の方はまあ株に比べたら大したことはないが、百個も食ったら飽きるだろ。もっともこっちは
いや、そんなにいらねえし。
「本当に二人とも、気持ちだけありがたく頂いておくから気にしないでくれ」
「私は……」
『美祢葉!』
「ひゃっ!」
俺は念話を送って美祢葉の言葉を封じた。彼女がとんでもないことを口にしようとしていたからだ。
「在原さん、どうしたんだい?」
「レイヤにお尻でも触られた?」
「湊君はいいとして翼君、俺はそんなことしねえよ」
「な、何でもありませんわ。お、おほほほ……」
彼女が言おうとしたこと、それは"夜のお相手をたっぷりいたしますわ"だった。
――あとがき――
次話は第四章のエピローグとして『目を手に入れた陸将補』をお届けします。猪塚陸将補サイドのエピソードとなります。
その次から第五章『恐竜と皇族の姫』に入ります。
もうしばらく"学園モノ"にお付き合い下さい。
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