第十九話

「今日来てもらったのは、に俺たちの秘密を明かそうと思ったからなんだ」


 日出ひで村の家に着いてルラハが四人分の紅茶を用意してから、リビングのローテーブルを挟んで俺たちと美祢葉は向かい合った。彼女は未だに先ほどの興奮が冷めやらぬようだったが、本来の目的を忘れるわけにはいかないだろう。


「秘密、ですか?」

「うん」

「もしかしてあの凄い力に関することですの?」


「あんなのは序の口だよ。ただ、これを聞いた後は俺との付き合いも婚約も解消出来なくなる」

「婚約はまだ先と仰いませんでしたか?」


「言った。しかし婚約が前提の付き合いだからね。俺は美祢葉と婚約から結婚までを考えている。しかし今ならまだ間に合う。聞きたくなければこのまま寮に送り届けるよ」


「もし聞かなければお付き合いの話はどうなりますの?」

「残念だけどなくなる」


「そんなの嫌ですわ! レイヤのこと、こんなに好きですのに!」

「ありがとう。俺も美祢葉のことが好きだ。だけど俺たちの秘密はそれほどに重いものなんだよ」


 美祢葉の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。○国の巡洋艦を沈めた攻撃がどれほど異質なものなのか彼女にも分かっているのだろう。それを序の口と言われてしまっては、何を聞かされるのか恐れるのも無理はない。


「聞いたら後戻りは出来ないということですのね?」

「そうだ。そして裏切れば君だけではなく、君の父上にも死んでもらわなくてはならない。だから怖ければ今のうちに言ってくれ」


「私が秘密を聞かなければ私も父上様も、今まで通り暮らせるのですか?」

「これまでのことを黙っていてくれるならね」


 やはり十六歳の少女には荷が重かったようだ。自身と父親の命がかかると言われれば尻込みするのは当然のことだろう。俺はそう考えて少し残念な気持ちになってしまった。どうやら俺も本当に彼女に惚れてしまったようだ。


 ところが――


「分かりました。私も在原ありはら家の長女です。覚悟を決めることに致しますわ」

「へ?」


「レイヤの秘密を聞かせて下さい。ですがその前に」

「うん?」


「私をちゃんとお嫁さんにすること。ハラルさんとルラハさん以外のお相手と浮気をしないこと。これを誓って頂けますか?」

さん、私たちとは浮気ではなく本気ですよ」


 そこ、指摘するところかよ。


「そうでした、失礼しました。とにかく、ここにいる三人以外との浮気は禁止です。よろしいかしら?」


 美祢葉も納得しちゃうんだ。


「それなら美祢葉さんにも私たちと同様の権限を与えることにしましょう」

「「権限?」」


 俺と美祢葉がハモった。


「レイヤ様へのフルアクセスです」

「ちょっと待て!」

「フルアクセス?」


「それについてはこの後説明します。美祢葉さん、秘密をお聞きになるというのはファイナルアンサーでよろしいですか?」

「え? ええ、もちろんですわ」


 そう言って姿勢を正した美祢葉は改めて体を硬くしていた。緊張が戻ってきたのだろう。


 俺は秘密を語り始めた。


・確認する術はないが俺たちがこの世界とは異なる時間流、パラレルワールドからやってきたこと。

・そちらの世界はこちらよりはるかに技術が進んでいること。

・おそらく元の世界に戻ることは出来ないこと。


・ハラルとルラハは人間ではなく、精密な人工知能を積んだドールであること。


 その他もろもろの全て――


「脳内チップ……ですか?」

「うん。これによって念話による意思疎通が可能になる。さっきフルアクセスと言ったのは俺の思考に対するものなんだけど、これについては激しく抗議する必要がありそうだ」


 ハラルとルラハがそっぽを向いてごまかそうとしている。まあ、二人は言ってもどうせ聞かないだろうけど、美祢葉にフルアクセスされるのはちょっと困る。具体的には彼女に抱く劣情を知られるのは少しバツが悪いということだ。


『レイヤ様はえっちですからね』

 ハラルが念話を飛ばしてくる。


『二人にはもう今さらって感じだけど、美祢葉にはちょっと刺激が強いんじゃないかと思ってさ』


『でも好きな相手からそういった思いを向けられるのは嬉しいものですよ』

『そうなの?』


『だってそれだけ自分のことを考えてもらえてるってことですから』


「念話……もしかして思ったことが相手に伝わるということですの?」

「そうだよ。てか、ハラルとルラハがドールってところは疑問に思わないんだ」


「だって美しすぎるお二人ですもの。ドールと言われた方が自信を失わなくてすみますわ」

「自信?」


「な、何でもありません。とにかく気にしませんわ。それよりいつでも思ったことが伝わってしまうのですか?」


「うーん、本来は意識して念を送らないと伝わらないけど、フルアクセスだと常に読み取られるかな」

「えっ!? でしたら私はレイヤのことが何でも分かって、レイヤは私が念を送らないと分からないってことですの!?」


「そうだけど、どうしてフルアクセス前提なんだよ」

「レイヤのこと、何でも知りたいですもの」


「俺の頭の中で何度も犯されるかも知れないぞ」

「レイヤなら構いませんわ」

 即答かよ。


「それに私にどんなことをしたいのかも興味がありますし。そもそも殿方ってそういう生き物ではありませんか?」


『ほら、ね?』


 ハラルが勝ち誇ったように念話を送ってきたが、もうそっちは無視することにした。


「じゃ、脳内チップはいいんだね?」

「痛みもなく安全なのですわよね? 逆にお願いしたいくらいですわ」


「後はこれ」

「!!!!????」


 俺が光学迷彩スーツを脳内チップで操作してその場にいたまま衣装を替えると、ハラルとルラハも同様に色んな衣装に変更を加えて見せる。これにはさすがに美祢葉も驚きを隠せないようだった。


「透明にもなれるし髪の色や顔も変えられる」

「ええっ!!!!????」


「もちろん今は顔も髪の色も俺の本当の姿だよ」

「そ、そうですか……」


「光学迷彩スーツっていうんだ。使い方はが必要だから、しばらくはシミュレーターで訓練してもらうことになるけどね」


 さらに偵察型や攻撃型、居住用に運搬用など様々な用途のドローンがあることを伝えると、○国の巡洋艦を沈めたのがそのドローンであることに気づいたようだ。


「納得がいきましたわ」

「脳内チップでドローンも操作出来るから、シミュレーターで慣れたら偵察型を一機あげるよ」


「あ、ありがとうございます……?」

「何故疑問形?」


「そんなものを頂いても使い途が分かりませんもの」

猪塚いのづか陸将補は大いに楽しんでるよ」


「えっ!? 陸将補様にもチップを!?」

「本人のたっての希望でね。もっともあっちのドローンは機能を限定してるけど」


「光学迷彩スーツを使いこなせば重力シールドを纏えるようになる。核兵器の爆風にすら耐えられるし、水中や宇宙空間での呼吸も可能になるんだ」

「し、信じられませんわね」


「脳内チップで健康状態もチェック出来るから、基本的に老衰以外で死ぬことはなくなるよ」

「もしかして病気も治せますの?」


「もちろん。もっともそっちはチップではなく俺たちの持つ医療技術の方になるけどね」

「では父上と母上、あと妹たちにも同じものを……」


「美祢葉、先に言った通り他言無用の極秘事項だ。気持ちは分かるけど家族にも知らせてはダメだよ」

「そ、そうですか……」


「その代わり美祢葉の家族はちゃんと守るから安心してほしい」

「分かりましたわ。では、お願い致します」


 この日から、ありはらは俺たちの完全なる仲間となったのである。


 そして待ちに待ったベッドイン――


「レイヤ……申し訳ありません!」

「ん?」

「あんなことを言っておいて、あの……」


「あ、えっと、怖くなった?」

「そうではなく、その……月のモノが……」

「ん?」


「レイヤ様、美祢葉さんは女の子の日になってしまいました」

「へ? それじゃまさか……」


「ほんっとうに申し訳ありません!」


 お預けになってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る