第四章 エピローグ 目を手に入れた陸将補

「ひーっひっひっ! ヒャーハッハッーっ!」


 ついに、ついに手に入れたぞ! ついに私は手に入れたのだ!


 あのを!

 漆黒の深海を見通せるあの目をだ!


 私はいのづか駿はやし、大日本帝国陸軍の陸将補をやっている。


 ヨウミレイヤが私にこれまでの礼をしたいと言ってきた時、私はダメ元で我が大日本帝国海軍の潜水艦と○国の潜水艦が交戦した時の映像を見られるような目が欲しいと言ってみた。


 それを彼はあっさりと聞き入れたのだ。ただしそのためには私の頭の中にゴマ粒の半分ほどの大きさで、薄っぺらいチップを埋め込む必要があるという。痛みも危険もなく、数分で処置が終わると言うではないか。


 しかも、しかもだ。訓練は必要だが、そのチップを埋め込むと彼らとの念話まで可能になるというのだ。彼は私が恐れて断るだろうと思っていたようだが、断る理由などどこにあるものか!


 私は間もなく六十になる。老い先はもって四十年。だがまともに体が動くのはせいぜいあと二十年もないかも知れない。


 食も細くなり、女を抱く気力も衰えてきた。若く美しい女、例えばあのヨウミレイヤが連れているような姉妹や、そこまでいかなくとも日出ひで村村役場の事務員、確か山岸やまぎし琴美ことみといったか、あのくらいの女が相手であれば性欲も湧く。


 しかし彼女たちのように若い女が老いた私に興味を持つなど考えられない。あるとすれば十中八九地位や財産目当てだ。そんな女は立場的に危険としか言いようがないのである。


 ○国のハニートラップもあり得ると考えると、おいそれと商売女にも手は出せない。それに私は商売女には若い頃から反応しないのだ。


 このドローンの用途は覗き見特化で、ガスを吹きつけたり針を飛ばしたりといった攻撃的な機能は封じてあるという。そんな機能まであることに私は驚きを隠せなかったが、封じられることには何の問題もなかった。


 また、覗きも他人のプライバシーに関わることには使わないと確約させられている。しかしそもそも興味すらないのでそちらも問題はない。破ったらドローンは取り上げられることになっているが、私にしてみれば無用の心配だ。


 それにしてもこのは素晴らしい。技術の詳細は教えてもらえなかったが、貸し与えられたドローンはわずか数秒で地球を一周してしまうのである。実際はもっとスピードが出せるそうだが、現状でも私の肉眼が追いつかないのにそこまで求める必要などない。


 アマゾンに棲む恐竜も間近で見ることが出来た。原住民との戦闘は圧巻の一言だった。ヨウミレイヤに手助け出来ないかと念話を送ると、不可能ではないが自然にはあまり手を出すべきではないと回答され納得させられたのである。


 確かにこれまで原住民は恐竜と戦い、殺し殺されて生きてきた。言わば自然の営みであり調和である。私がそれを乱すことは決して許されることではないだろう。


『ヨウミ君、○国や他の国の潜水艦の位置を教えてもらうことは出来ないかね?』

『他国の軍事機密ですが……閣下の好奇心を満たすだけというのでしたらお教えします』


 彼に念話を送ると、そんな答えが返ってきた。要するに我が国の軍事作戦に使うなということである。


『もちろんだとも。敵性国家の戦略原潜を見つけたとしても、海軍を動かして沈めるようなことはしないと誓う』

『一つお聞きしても?』


『構わないよ。答えられることなら答えよう』

『閣下は陸軍の方なのに海軍に興味がおありのように見えるのですが』


『それはね、君にあの映像を見せられたからだよ』

『ああ、○国の潜水艦とたいげいの戦闘ですか』


 たいげいとは大日本帝国海軍が誇る最新鋭潜水艦のことである。533ミリ魚雷発射管六門を艦首先端上部に搭載している我が帝国の傑作だ。


 排水量三千トン、全長八十四メートルのディーゼル艦である。


 このたいげい型潜水艦に搭載されている一八ひとはち式魚雷は音響画像センサーにより目標の形状を識別するため、囮魚雷デコイに惑わされて誤誘導されることもほとんどない。


 また、アクティブ磁気近接起爆装置は目標に有効かつ最適なタイミングでの起爆が可能となっている。○国辺りの技術では狙われたらまず逃げられないと言っても過言ではないだろう。


 加えて対艦ミサイルはハープーンよりも高性能で対地攻撃も可能な"ハープーン・ブロック2"を搭載出来る。


『うん。戦闘機の戦闘は何度も見たことがあるし、陸戦にしても然りだ。しかし海中の潜水艦同士の戦闘は普通なら見ることなんて不可能だろう?』

『まあ、そうでしょうね』


 海中の戦闘は音で想像するしかない。しかもソナーマンの解説なしには理解することも困難だったのだ。それが今はどうだ。この目で見て潜水艦内の声まで聞くことが出来る。


『海中を潜行する帝国海軍潜水艦の勇姿。それとは裏腹に歴史的価値が非常に高い沈没船などの近くを通っても気づかないか、気づいても何も出来ないもどかしさ。私はね、そういったことにロマンを感じずにはいられないのだよ』

『な、なるほど』


『あの○国の潜水艦との戦闘は目を疑ったが、我が帝国の潜水艦が世界一と言われていることにも心から納得出来た』

『そうですか』


『サブマリナーへの敬意も感じられた。また、不幸にして我が帝国の潜水艦に沈められた○国のサブマリナーには哀悼の念はないが同情はする。原因は領海侵犯だからね』


 何が言いたいかというと、私はこのに感謝しているということだ。そしてこれを授けてくれたヨウミレイヤにも感謝の念が絶えない。


『そう言えば閣下』

『何かね?』


『大腸にポリープが出来ているようです。悪性ではありませんが、念のため医師の診断を受けられた方がいいでしょう』

『な、何だと!?』


 これはまた驚いた。頭に埋め込まれたチップでそんなことまで分かるのか。こうしてはいられない。私は少しでも長く生きて今の幸運を味わい尽くさねばならないのだ。


『忠告に感謝する。すぐに診察を受けるとしよう』

『閣下の健康が一日でも長く続くことをお祈りしております』


 翌日私は軍医を訪ね、確かにヨウミレイヤが言った通り大腸にポリープが発見された。しかしごく初期のもので良性であることが分かったので、投薬治療で様子を見ることになったのである。


 医師から現段階では治療ではなく経過観察のみでも問題ないと言われたが、ヨウミレイヤから治療は有効であると太鼓判を押してもらえた。


 これまで何度か無理難題を吹っかけられたり脅されたりしたが、私はこの命が続く限り彼への協力を惜しむことはないだろう。

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