第十五話

 ハラルの予想通り、決勝戦はオリンピック候補にもなったという資宗すけむね眞夢まゆめと、インターハイ優勝経験者の若林わかばやしはるかの二人が競うこととなった。


 そしてこの試合に若林が勝てば、打撃を禁じ手とせずにドレイシー柔術の免許皆伝であるハラルとの試合が行われることになっている。ちなみに資宗も勝てばその権利が与えられるとしたのだが彼女は辞退した。


 彼女曰く、他流の免許皆伝と立ち合うにはまだまだ自分は未熟であるとのことだった。


「それではこれより決勝戦を執り行います! 選手は互いに礼!」


 二人が一礼して道場の中心で構える。


「始め!」


 試合開始の合図と共に軽く拳を合わせると、二人とも腰を低く落として相手の出方を探り合う。そこから座るような形を取って胴を両足で挟むような動きに入った。


 腕は相手を引き寄せ、有利な態勢になるように回転したり引き合ったりとせめぎ合いが続く。どう見ても小柄な若林が不利に思えたが、そこで彼女が立ち上がると一瞬のうちに資宗すけむねの首を抱えて押さえ込んだ。


 しかし資宗は体格差を生かして若林を横に払いのけようとする。その態勢からすかさず若林は横四方固め、相手の上体に自分の上体を横向きで乗せて抑え込む技に入った。


 完全に決まったわけではないし、決まったとしても柔道と違いカウントが始まるわけでもない。どちらかがタップ(まいった)しない限り試合は続くのである。


 資宗は懸命に体をよじって逃れようともがいていた。しばらくの膠着状態。だが、それは一瞬の出来事だった。


 体がわずかに離れた隙に、若林が腕ひしぎ十字固めを決めたのである。これには資宗も堪らずタップするしかなかった。


「勝者、若林遥選手!」


 ハラルが若林の腕を掲げて宣言すると、観戦していた選手たちから惜しみない拍手が送られる。負けた資宗も拍手していた。これがスポーツマンシップというものなのだろうか。


「若林さん、優勝おめでとうございます」

「ありがとうございます、ハラルさん」


「この後私との試合ですが、準備もありますので昼食後でよろしいですか?」

「ええ。構いません」


 カメラを片付けたり着替えたりする時間も必要というわけだ。中継はハラルによる若林の優勝宣言で終わらせてある。エンターテイメントではないので、試合後のやり取りまで見せる必要はない。


 軍の出張所会議室では何度も無線で俺に連絡を試みている様子が、光学迷彩で姿を隠した偵察型ドローンから送られてきていた。電源を切っているので繋がりようがないのだが、向こうは機器の故障を疑っているていで道場と俺の家に乗り込むことにしたようだ。


 俺の怖さを知っている猪塚いのづか陸将補はやめるように言っているが、九州勢は収まりがつかないらしい。面倒臭い。


「あー、無線機の故障ではないからこっちに来るのはやめて下さい。猪塚陸将補閣下、説得ではなくご命令をお願い致します」

「な、何だ、繋がるではないか」


「大分駐屯地司令の沼田ぬまた大佐ですね?」

「そうだ。これは大日本帝国陸軍としての命令である。若林一等兵曹とハラル嬢との試合を中継せよ」


「陸軍の命令ですか。猪塚陸将補閣下、もしこの横暴を看過されるのでしたら、次の制裁を実行する他ありませんがいかがなされますか?」

「ま、待て! 今の命令は無効とする!」


「陸将補閣下! 何故です!? 何故あの民間人をそれほど恐れるのです!?」

「ヨウミ君、どこまで明かしていい?」


「閣下がご存じのことは全てどうぞ。ただし、明かすのは沼田大佐のみとして下さい。それと大佐は聞かされた一切を他言無用でお願いします」

「何だと!? 貴様この私に……!」


「沼田君は黙りたまえ! 理由はすぐに分かる。ヨウミ君、承知した。しばらく時間が欲しい」

「お気になさらずに。命令は無効となりましたので」


 沼田大佐は相変わらずが叫んでいたが、俺は再び無線の電源を落とした。次に顔を合わせる時までに改心しておいてもらいたいものだ。


 カメラなどの撮影用機材を撤去してから、ハラルとルラハは一度家に戻ってきた。選手たちには外出の理由を着替えなどの準備と説明したらしいが、それだけなら光学迷彩を切り替えるだけで済む。おそらく九州勢から質問攻めにされるのが煩わしかったのだろう。


「若林選手は昼食を辞退したんだって?」

「はい。多少なりとも空腹の方がコンディションがいいとのことでした」


「モチベーションの問題もあるのだろうな」

「そうですね」


「ハラル……お前まさかその格好で……?」

「何か?」


 ふと彼女に目をやると、なんとかつて日出ひで村で行われた"美人姉妹の愛を勝ち取れ! チキチキ大格闘技大会"において、高尾駐屯地所属の岡部おかべ一等軍曹と対戦した時の衣装を着ていたのだ。


 胸元と袖口、裾の白いレースリボンが愛らしく、大胆に太腿を覗かせる前が大きくせり上がった、鮮やかな青のフイッシュテイルドレスである。


「ハラル、さすがにドレスは相手をバカにしていると思うぞ」

「これはドレイシー柔術の正装です。それに姿形で敵の度肝を抜くのも奥義の一つなのです」


「お前は素人相手に奥義を繰り出すのか?」

「若林さんは素人ではなく軍人です」

「いいからやめなさい」


 しゅんとした(ポーズだけだが)ハラルは可愛い。しかしドレスはやり過ぎである。


 繰り返しになるが、ドレイシー柔術などという流派は存在しない。ハラルが適当にでっち上げ、ルラハが乗っかっているだけだ。まあ、否定していない時点で俺も同罪と見るべきかも知れないが。


 その後も水着だのテニスウェアだのチャイナドレスだのと色々見せられたが、埒が明かないので道着にするよう命令して落ち着くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る