第十四話

「それではこれよりヨウミ家秘伝のドレイシー柔術門下生、大日本帝国陸軍関東方面女性兵士対、九州方面女性兵士の第一試合です――」


 それは試合開始の二時間ほど前のこと。


「門下生の圧勝で終わるんじゃないか?」


「レイヤ様、彼女たちは稽古を始めてからそれほど経っておりません。さすがに圧勝は難しいかと」

「そうなの?」


「今は技の基礎を学んでいるに過ぎません。今回の試合の目的はいかにして相手に寝技をかけるかを身をもって体験してもらうことなのです」


 柔術と柔道の違いはこの寝技にある。もちろん柔道にも寝技はあるが、投げても一本が取れる。対して柔術は投げてもポイントにしかならず、寝技でタップ(まいった)をさせなければ勝ちとはならないのだ。


 もっともハラルたちが自称するドレイシー柔術には打撃もあり、この打撃のみで相手の命を奪うことも可能なのである。今回の試合では打撃を使うことはないと言うが、すでに野生の熊程度なら倒せる技術は伝えてあるとのことだった。


 え、重力シールドなしの生身でそこまでなのかよ。この短期間で驚きの成果だ。


「ですがそれは打撃ありの話です。打撃なしで寝技での一本となりますと、現状ではあまりアドバンテージがあるとは言えません」

「そんなもんか。ちなみに優勝は狙えそう?」


「どうでしょう。見込みのある人もいますけど、やはり長年の柔術経験には敵わないかも知れません」


 九州勢にはオリンピック候補に挙がったりインターハイ優勝経験者なんてのもいるらしい。どうしてそんなところを試合相手に選んだのかね。そうか、俺が原因だったか。


 実は熊騒動の時に猪塚いのづか陸将補にした相談というのが、試合相手に関することだったのである。道場を建てるという話は、彼から女性兵士にドレイシー柔術の指南を要請されたからだ。


 しかしまさか国内上位の実力者を揃えてくるとは思わなかったよ。ハラルとルラハ、それに門下生には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 ハラルは試合相手を知って、優勝より実戦経験を積ませることを目的にしたらしい。


 そして試合開始。


 この日は第一、第二試合合わせて十五回戦が行われる。まず午前中に十戦して勝者十人が午後の第二試合に進む。一戦の制限時間は五分で、解説のハラルが主審を務め副審は置かない。


 判定に不服があれば選手は直接ハラルへ抗議し、モニター越しに試合を観戦している軍の幹部たちは無線で俺に知らせることになっている。無線は軍が用意したものだ。むろん変な小細工はされていなかった。


 第一試合の結果、次に進めた門下生は体格のいい二人だけだった。なお、試合を間近で見たハラルが念話で伝えてきた優勝候補の筆頭は、二十人の選手の中でも最も小柄な、大分駐屯地所属の若林わかばやしはるかという二十二歳の若手である。


 ショートボブの下の顔は小さいが、クリクリとした大きな瞳が小動物を思い起こさせて可愛らしい。アイドルグループにいてもおかしくないほどで、実際大分では軍の広報に使われるほど人気があるそうだ。


『インターハイ優勝者です』

『オリンピック候補だった人は?』


筑前前原ちくぜんまえばる駐屯地所属の資宗すけむね眞夢まゆめさん、二十九歳の方ですね。彼女は次点と考えますが、実力は若林さんの方がはるかに上です』


 午後の試合は昼食と休憩を挟んで十五時スタートと決まった。試合中は真剣そのものだった選手たちも、食事は和気あいあいとしているようだ。一晩を共に過ごし、バーベキューまでやって親睦を深めた結果ということだろう。


「お待たせしました! これより第二試合を開始致します!」


 解説者兼主審のハラルの宣言により、午後の試合がスタートした。いや、するはずだった。ここでハラルが優勝候補とした若林遥が手を挙げたのである。


「お待ち下さい!」

「若林さん、どうされました?」


「ハラルさんはドレイシー柔術の免許皆伝と伺いましたが間違いありませんでしょうか?」

「ええ、その通りです」


「ドレイシー柔術には打撃もあるというのは?」

「あります。ですが柔術試合においては反則になりますので、試合中は禁じ手としております」


「つまり関東方面の皆さんは全力ではないということですよね?」


「若林さん、勘違いをなさってはいけません。ドレイシー柔術は本来殺人を目的としています。そのため打撃は急所狙い、しかも一撃で命を奪う危険な技です。急所を外す技は教えておりません」

「ですが、私は本気のドレイシー柔術と闘いたい!」


 しばしの沈黙が流れた。どうやら若林はある意味戦闘狂なのかも知れない。それとも何か理由があるのだろうか。


「戦場では銃を持たない相手に銃口を向ければ、まず間違いなく勝つことが出来るでしょう。しかし私はもし自分が銃を持っていなくても、発射された銃弾を避けて相手を倒したいのです!」


「そうですか。ですが教え子たちに手加減は不可能です。試合で死人を出すわけにもいきません」

「でも!」


「若林さんが優勝されたらそのご褒美として私がお相手致します。私なら打撃を使っても急所を外したり手加減することが出来ますから。その代わり痛いですよ」


 "手加減"の一言に若林の眉がピクリと動き、道場がどよめいた。おそらく日出ひで村出張所の面々も驚いていることだろう。どうやら戦闘狂はプライドも高いらしい。


 それにしてもハラルのヤツ、設定上は相手の方が年上だぞ。よくもまああんなに上から目線で煽れるものだ。


「なお、その試合は非公開とします。もちろん選手の皆さんは観戦して頂いて構いません」


 すかさず無線から呼びかけだ。


「ヨウミレイヤ君!」

「はい」


「その試合、公開するように言ってくれ!」


「無理です。私も公開はもちろん、録画などの記録を許すつもりはありません」

「な、何故だっ!?」


「そもそもトーナメントの中継と録画物の提供が最大の譲歩であることをご理解下さい。本来道場内での撮影は禁止ですし、ハラルの参戦は予定外ですから」


「私は若林一等兵曹が所属する大分駐屯地司令、沼田ぬまた迦都兎かつと大佐だ。私には彼女の試合を観る権利があると思うが?」

「お立場は分かりましたがドレイシー柔術は秘伝中の秘伝。たとえ閣下お一人だけだったとしてもお見せするわけにはいきません」


「し、しかし!」

「すみません、交渉には応じませんので」


 俺は無線の電源を落とした。こちらから伝えることはないし、あちらの状況はこんなものを使わなくても偵察型ドローンから送られてくる情報で十分に伝わるからである。


 そうして行われた午後の第二試合。若林の対戦相手となった秋津駐屯地所属の川上かわかみ愛奈あいなは、可哀想なことにタップが間に合わずきっちりと絞め技で落とされていた。



――あとがき――

本日は夕方以降にもう一話公開する予定です(^^)/

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