第三話

 給食は六年生が配膳する。さすがに二年生にはまだ危なくて任せるわけにはいかないそうだ。それでも給食当番というのが決まっていて、お手伝いをすることになっているとのことだった。


「依麻が給食当番だったのか」

「うん! 今週は私!」


 手伝いを終えて戻ってきた依麻と机を並べる。ここにいない他の学年の生徒が普段使っているものだが、さすがに俺とハラルには少し小さかった。


 メニューは米飯に味噌汁という名の海草やら野菜やらが入ったスープ、焼き魚によく分からない野菜の煮物、果物だがまあまあ美味そうではある。ハラルからの念話では俺の味覚にそぐわないことはないそうだ。


 ただ、米飯に牛乳というセンスはよく分からなかった。どうやら学校給食摂取基準というのがあって、それを満たすためにどうしても牛乳を出さざるを得ないとのこと。定められているカルシウム基準値が原因だが、そんなもの補助食品で何とでもなるだろうに。


『子供たちに補助食品はあまりお勧め出来ません』


 ハラルから念話が飛んできた。そんなもんか。


『牛乳は消費してもしなくても搾らなければならないようです』

『牛さんと酪農家のためでもあるわけね』

『そればかりではありませんが……』


 製造や運搬に関わる人たちもいるからな。そこは言われなくても分かってる。


 アレルギーがある子や、そこまでいかなくても牛乳が苦手な子もいるだろう。そういった子供たちには無理に飲食させないというのが、この小学校の方針とのことだった。


「依麻ちゃんは好き嫌いあるのかしら?」

「ピーマン嫌ーい」


「子供はピーマン嫌いな子が多いよな」


「レイヤ様もつい最近まで苦手だったのでは?」

「レイヤお兄ちゃん、そうなの?」


「まあな。あまり食べる機会もなかったし。でも今は好きだぞ」


 体が苦味を危険な食品と認識するから嫌いという感情が生まれるのだと聞いたことがある。調理法などで克服することが可能で、かく言う俺もピーマンの肉詰めを口にしてから嫌いではなくなった。


三妻みつまぁ、このお姉さん誰だよ?」


 食事を終えたところで、数人の男子が俺たちの周りに集まってきた。どうやらハラルが目当てのようだ。ませガキめ。


「ハラルお姉ちゃんだよ」

「育成園の人か?」


「ううん、違うよ」

「そうだよな、見たことねえもん」


「なあボウズ」

「ボウズじゃねえよ! あつしだ!」


「なら淳、まずは挨拶が先じゃないか?」

「う……こ、小武海こむかい淳です」


「俺はヨウミレイヤだ」

「ハラルです、初めまして」

「は、はずめまして」


「で、何か用か?」

「は、ハラルさん!」

「はい」


「お、おいらが大きくなったら……その、おいらの嫁っこさなってくれ!」

「はい?」


 まあ、淳が大人になってもハラルの見た目は今と変わらないけどな。爺さんになっても永遠にだ。


「おいら、ハラルさんに一目惚れしますただ! だから、嫁っこさなってくれ!」

「淳ぃ、ハラルお姉ちゃんはレイヤお兄ちゃんの恋人だから無理だよぉ」


「えっ!? それ本当だか、依麻えま!?」


「あれ、依麻にそんなこと話したっけ?」

「依麻ちゃん、どうして知ってるの?」


「んー、見てれば分かるよぉ」

「すげぇな、依麻」


「すごいですね、依麻ちゃん」

「そ、そうなのか……?」


 淳が落ち込んでしまった。まあ、ハラルに目をつけたことは素直に褒めてやろう。


「だ、だどもおいらが大きくなってレイヤよりカッコよくなればハラルさんだって!」


 俺のことは呼び捨てか。前言撤回だ。


「淳、ハラルは今十八歳だ。例えばお前が二十歳になった時には三十一歳だぞ」


「と、年なんて関係ねえだ! それにその頃までにレイヤがフラれてるかも知れねえだろ!」

「逆に俺とハラルが結婚してないとも限らないぞ」


「うふふ。その可能性の方が高いです。淳君、気持ちは嬉しいですけどごめんなさい」

「うっ……」


 大人げないとか言うな。ハラルだって言ってるじゃないか。


「私はレイヤお兄ちゃんのお嫁さんになるけどねー」

「は?」

「え?」


「レイヤお兄ちゃん、私二号でも三号でもいいよ」


 どこかで聞いたセリフだ。てか依麻、いつの間にそんな言葉を覚えた?


「あはは、依麻が大きくなったら考えようか」

「うん! がんばって大きくなる!」


 胸を押さえながら言うんじゃありません。そしてハラルはジト目で俺を見ない!


 そんなこんなで給食の時間も終わり、俺たちは一足先に帰路に就く。父兄は子供と一緒に帰るものだと思っていたら授業参観に来られない親もいるので、いつも通り子供たちだけでの集団下校となるそうだ。


 そのまま東京に帰ると伝えると依麻は今にも泣きそうな表情を見せたが、必死に涙を堪える姿にこっちが居たたまれなくなってしまった。


「レイヤ様、もう一日くらいゆっくりされてもよかったのではありませんか?」

「そうなんだけどさ、いればいるほど別れが辛くなるから」


「こちらに来る前は考えられない感情の揺れですね」

「そうか? 退化してるのかな」


「いえ、私はそうは思いません」

「なあ、ハラル」

「はい?」

「子供っていいな」


「依麻ちゃんはまだ七歳ですからお相手には早過ぎると思いますよ」

「おい!」


「冗談です。生身のお嫁さん、探されますか?」

「……いや、依麻が成人するまで待つよ」


「まあ!」

「冗談だ」


 そんな会話を交わしながらしばらく自動車エルフォートを走らせ、運搬用ポッドに格納して日出村へと向かうのだった。

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