第二話
――まえがき――
今話と次話はちょっとだけほのぼのです。
――まえがきここまで――
「あっ! レイヤお兄ちゃんとハラルお姉ちゃんだ!」
「よう、元気にしてたか?」
「うん!」
二月のある日、俺は駆け寄って飛びついてきた女の子を抱き上げた。
そこは俺たちが住む
依麻は育成園の園長の娘というわけではない。まだ赤子の時に園の庭に置き去りにされ、置き手紙に名前しか書かれていなかったので三妻の姓を与えられたに過ぎないのである。
この三妻育成園には最年少の依麻の他、上は十四歳までの児童が男女合わせて十人暮らしている。
「まあ! レイヤ様にハラル様、よくおいで下さいました」
彼女は三妻
「寿菜さん、お久しぶりです」
「寿菜さん、園長先生はいらっしゃいますか?」
「すみません、父は外出しております」
「お忙しいみたいですね」
「大した用事ではないのでもうすぐ帰ってくると思うんですけど」
「ハラル、持ってきた食料を降ろしておいてくれるかな?」
「分かりました」
「依麻も手伝ってくれるか?」
「うん! ハラルお姉ちゃん、行こっ!」
「はい」
「いつもすみません。どうぞ中にお入り下さい」
俺とハラルは購入した自動車、エルフォートで園を訪れている。と言ってもバカ正直に東京から走ってきたわけではない。
ポッドから
ところで俺がこの三妻育成園に食料などを寄付するようになったのは、貧しいばかりが理由ではない。同じような経営状態の施設はいくらでもあるだろうし、それら全てに寄付など出来るわけもないのだ。
ここは彼女と彼女の父親であり園長の三妻
そんな彼らだが少しでも子供たちに不自由させないようにとの懸命な姿に共感を覚えたのである。もちろんこれも似たような施設はあるだろう。ここを見つけたのは単なる偶然だった。
寿菜について園の事務所に入ると、彼女は手早く茶を用意してからローテーブルを挟んで俺の向かい側に座る。間もなくしてハラルに手を引かれた依麻もやってきた。
「他の子供たちは?」
「母と一緒に畑に出てます」
「レイヤ様、依麻さんのクラスが明日、授業参観とのことで私たちに来てほしいと言われました」
「依麻さん! そんなことお願いしてはいけません!」
「だってぇ……」
依麻がハラルの腰に抱きついた。
「依麻さんに聞きましたが明日は園長夫妻も寿菜さんも予定がつかないとか」
「そうなんですか?」
「はい。ですがそんなことをお願いするわけには……」
「俺たちなら構いませんよ。ハラル、特に用事はなかったよな?」
「はい、ありません」
「本当に、ご迷惑ではないのですか?」
「ええ。日本の小学校の授業風景に興味もありますし」
「レイヤ様は外国から来られたんでしたね。それではお言葉に甘えさせて下さい」
「分かりました。依麻、明日は俺とハラルが授業参観に行くからな」
「ほんと!? やったー!!」
その日俺たちは育成園に泊まることになり、夕食はバーベキューとなった。食材は町まで買いに行ったことにして、密かにハラルドハラルから取り寄せる。
新鮮な肉や野菜もそうだが特筆すべきは海鮮だ。何せ水深六百メートルの海底にいるのだから、魚は獲り放題である。バーベキューコンロで赤く燃える炭が、雪深い東北の夜を暖かく染めるのだった。
◆◇◆◇
他の生徒の両親はほとんどが顔見知りらしい。住民の少ない田舎なので不思議ではないだろう。
「お二人がが三妻依麻ちゃんの二年生の授業を参観される――」
「ヨウミレイヤです」
「ハラルと申します」
「三妻園長さんから伺っております」
俺は紺の背広、ハラルは白と水色のストライプ柄のハイウエストワンピース姿である。スカートは膝下十センチの長さで清楚なイメージが彼女によく似合っている。ただし中身まで清楚かどうかについてはノーコメントだ。
『レイヤ様、今夜はお仕置きです』
ハラルから念話が飛んできた。これは寝かせてもらえないヤツだ。
むろん途中で会った父兄や男性教師も彼女を見て振り返るほどだった。とにかく見た目は超を通り越すほど可愛いからな。
『うふふ、ありがとうございます。たっぷりサービスして差し上げますね』
やっぱり寝かせてもらえないらしい。
「今日は四時間目の授業を観て頂いた後、給食も一緒に食べて頂くことになってます」
「はい、そう聞きました」
「四時間目は十一時半から始まりますので、三時間目が終わる十一時二十五分までには教室の前にお集まり下さい」
二年生の生徒は十二人で、普段は他の学年の生徒と一緒に授業を受けているそうだ。俺たちを迎えたのは教頭先生で、頭が寒そうだがおっとりとして優しげな雰囲気だった。
時間になったので二年生の教室に行くと、依麻が俺たちに気づいて満面の笑みで手を振ってきた。
「アンタら三妻さんとこの人かあ?」
「ええ」
話しかけてきたのはそのまま農作業に出られそうなもんぺ姿の老女だ。
「
「ああ、いえ、たまたま東京から遊びに来ていただけですよ」
「
「ご存じでしたか」
「いやあ、たんまげたなぁ。まさかこげな
「あはは、授業が始まるみたいですよ」
チャイムが鳴り、教室に入ってきたのは先程の教頭先生だった。どうやらあの人が授業を受け持つようだ。教科は算数である。
脳内チップに必要な知識がある俺にとって、この風景はなかなかに興味深いものがあった。不確かでしかない記憶に知識を詰め込んでいくなんて効率が悪いことこの上なさそうだが、子供たちは皆楽しそうだ。
先生の出す問題に元気よく手を挙げ、後方にいる父兄の方をチラチラと見ている。親に少しでもいいところを見せたいのだろう。もちろん依麻も例外ではなかった。
偶然か俺とハラルへの配慮からか、教頭先生から答える機会を与えられた依麻は見事に正解を口にする。偉いぞ依麻。
そうして授業は無事に終わり、給食の時間が訪れるのだった。
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