第十三話
「あの程度の暗号化で……せっかく警告に留めたのに無駄でしたね」
「
「
「そうだな。ところでジェームズってのは前に色々と探ってきてたヤツか?」
「はい。特務機関の者ですが、特定の将校から子飼いにされているようです。裏の汚れ仕事も請け負ってますね」
「元はアメリカ海軍のネイビーシールズ所属なんだ。やはり手強いのか?」
「私たちの敵ではありません」
「だよな」
「殺しますか?」
「飼い慣らすことは?」
「可能ですがチップを?」
「ああ。特務機関、なかなか面白そうじゃないか? こちらの世界の人間が身内にいれば役に立つこともあるだろう」
「分かりました。ではこういう手でいきましょう」
ハラルが考えた作戦は間違いなく成功するだろう。
◆◇◆◇
大日本帝国政府の特務機関に所属するジェームズは待ち合わせ場所として指定されたバーで、新高徳大佐が手配した日本人女性を待っていた。
しかしこれまでの経験上、容姿には全く期待が持てない。日本人女性、年齢は二十五歳以下、痩身、胸は大きめという指定はかろうじて守られていたが、本当は女優やアイドルクラスを望んでいたのだ。
ところが何度かの取り引きでやってきた女性は、それらとは程遠いものばかりだった。どう見ても素人ではなかったし、報酬をケチったとしか思えなかったのである。
だが今回の依頼には相当な危険な香りが感じられたため、指定を一つ追加した。軍上層部が情報収集にストップをかけるほどの、いわゆるアンタッチャブルと言える案件なのだ。一つ間違えば自分の命さえ危うい。
その指定とは処女であること。容姿が期待出来ないのだから、せめてそのくらいは満たされないと危険を冒してまで任務を遂行するモチベーションが保てないというものだ。
「ジェームズさんですか?」
ところが声に顔を上げた彼は思わず言葉を失ってしまった。
(何だ、この美少女は!?)
「人違いでしたか?」
「い、いや、私がジェームズで合ってル」
「よかったです。初めまして、
「君ハ……」
「ジェームズさんにお会いしたら新高徳って名前を出せと言われました」
念のための合言葉のようなものだった。子供だましにしか思えないが、ないよりはマシである。スパイが成り代わっていないとも限らないからだ。
そして目の前に現れた少女もとい、二十一歳の女性はこれまでからするとむしろスパイの成り代わりと言われた方が納得出来るほど美しかった。
日本人らしい黒く艶やかな肩甲骨までのストレートヘア。なで肩は妙に庇護欲をそそるが、その下にある二つの膨らみは細い首や四肢、括れた腰からはかけ離れたと言えるほど暴力的である。
何より栗色の大きな瞳と長い睫毛、桜色に透き通る唇も濡れているようで艶めかしい。彼が愛して止まない日本の女優やアイドルさえ霞むほどの愛らしい顔は、最近はまり始めたアニメのキャラクターさえ軽く凌駕していた。
前回途中で打ち切られ、再び情報収集のターゲットとなった三人の内の二人の姉妹と変わらないレベルである。
あの時も心躍ったが、まさかこの短期間にこんなに美しい女性と出会えた奇跡に、彼は神に感謝せずにはいられなかった。
「隣に座っても?」
「あ、うん、どうゾ」
「私にも彼と同じ飲み物を」
それから一時間ほど二人でグラスを傾け、ジェームズが宿泊しているホテルへと向かう。部屋に入ると自然に抱き合い、そのまま唇を重ねた。
「慣れているのカ?」
「うふふ。キスは初めてではありませんから」
「信じられないナ。君のような美しい女性が
「正真正銘処女ですよ」
「子供を産んだことがない女性を処女と呼ぶと聞いたことがあるガ?」
「いつの時代ですか?」
優羽がクスクスと笑っている。そんな姿もジェームズには扇情的に見えた。
「詳しくは言えませんが、私はわりと高貴な家の娘なんです」
「そうなのカ?」
「ですから男性とお付き合いした経験もありません。お付き合いイコール結婚が前提でしたから」
「しかしキスは初めてではないと言っタ」
「お付き合いする直前まではありますので」
「そうカ」
「ジェームズさん」
「うン?」
「優しくして下さいね」
◆◇◆◇
確かに優羽は処女だった。証拠は鮮やかにシーツに残っている。しかし痛がられずに済んだのには安心した。酷いとそこから先に進めなくなってしまうからだ。今まで一度だけだったが、そんな悲惨な目に遭った経験がある。
あの時は辛かったと、彼は思い出して身震いした。
「初めてだったのに五回もしてしまって済まなイ」
「いいんですよ。私もよかったですから」
毛布を掴んで顔の下半分を隠しながら恥ずかしそうに言った彼女が愛おしい。彼は生まれて初めて手放したくないと思える女性に出会ってしまった。
高貴な家の娘と言ったが、どうして体を差し出す報酬の役目を担ったのか。親が事業に失敗して大きな借金を背負い、彼女が助けるためにそうなったのか。あるいは親が借金の形に娘を売ったのか。
理由は分からないが、彼女が今回と同様に他の男にも抱かれる姿などジェームズには考えられなかった。優羽を自分だけのものにしたい。彼女を遣わしたのは
それを可能にする程度には自分は貢献してきたはずだし、今後もそうするつもりだ。
彼は隣で静かに寝息を立てる優羽の髪をそっと撫でていると、自らも眠気が差して心地よい眠りに就く。するとそれを察した彼女が目を開き、ベッドから出てベランダに出るサッシを開けた。
間もなく二人の姿が部屋から消え、吹き込んだ風がカーテンを揺らすのだった。
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