第十二話
レイヤが去った後、大日本帝国陸軍高尾駐屯地司令の
つまりアプリの起動からダイヤルパッド操作一つにまでいちいち認証が入るということだ。同時に前面カメラによる虹彩認証も行われている。
「私だジェームズ。至急調べてもらいたい」
「承りまス」
「
「以前に調べた時にはストップがかかっタ……」
「今回はストップなしだ。出身国、家族構成、資産の出所、脅せるネタがあればなおよい」
「いいんですカ? ストップをかけたのは軍のかなり上の方だと聞きましたガ」
「構わん。ただし誰にも勘づかれるなよ」
「陸将閣下や陸将補閣下にもですカ?」
「そうだ」
「それだと私の身にも危険が及ぶんですけどねエ」
「倍額だ」
「……全額前金でお願いしまス。それと
「好き者め。分かった」
「入金が確認出来たら取りかかりましょウ」
通話を切った後も、大佐は苦虫をかみつぶしたような表情を和らげることはなかった。
(若僧が調子に乗りおって! 許さんぞ!)
(陸軍大佐を敵に回したことを後悔させてやる!)
(そう言えばあの男、同居している姉妹を特別扱いしていたな)
(捕らえて目の前で
(くっくっくっ……泣いて許しを請う姿が目に浮かぶようだ)
(確か一等軍曹の岡部があの若僧に煮え湯を飲まされたと聞いた)
「岡部一等軍曹はどこにいる?」
室内の受話器を取り上げ、内線コールをして出た者に尋ねた。通話の相手は高尾駐屯地の者だ。
「射撃訓練中です」
「直ちに日出村出張所に来るように伝えろ」
「承知致しました」
二時間弱で岡部がやってきた。
「遅くなり申し訳ありません」
「いや、構わん。急に呼び立ててすまなかった」
「私に何かご用がおありと伺いました」
「実はヨウミレイヤ、ハラル、ルラハの三人についてなのだが」
「は、はい!」
岡部は一瞬、スパイ行為が密告されたのかと身を固くした。しかしそのような場合に集められる憲兵の姿はない。早まったことを口にしないように、慎重に言葉を選ぶべきだとの結論に達した。
「せっかく手に入れた土地を村に安く買い叩かれたそうだな」
「あ、いえ……はい……」
元々の買値を再確認したということで提示した五百万も嘘がバレて、本当に支払った三百万から百万も減額されてしまった。まさか日出村の役場ごときにそこまでの調査能力があるとは思わず、侮ったのが運の尽きだった。
買い叩かれたのは自分に非があったからだが、損をさせられたのは紛れもない事実である。しかしそのことをわざわざ呼び立ててまで聞いてくるとは考えにくかった。
「それが何か……?」
「ドレイシー柔術」
「はい?」
「貴殿も指南を願い出て断られたそうではないか」
「はい。双子の姉妹の子と彼女たちの祖父が認めた者以外には伝えられないと言われました」
「その道場が建てられた」
「は?」
「まだ極秘なんだが、そこで女性兵士に限ってドレイシー柔術の指南が受けられることになっている」
「それは……」
「しかも道場が建てられたのは貴殿が買い叩かれた土地にだ」
「まさか……!?」
「欺かれたのだよ、貴殿は」
岡部の顔に怒りが表れた。原因となった盗撮行為など、すでに頭の中からきれいさっぱり消え去っていたのである。
「軍人に対する虚偽は些細なことでも偽証罪、あるいは反逆罪に問うことが可能だ。どうするね?」
「しかし証拠が……」
「証拠ならある。村で行われた格闘技大会の動画にははっきりと、件の柔術は姉妹の子供にしか伝えられないとの音声も記録されている」
ドレイシー柔術指南と道場建設は、
姉妹の反逆罪を仕立て上げてしまえば警察ではなく憲兵の出動案件となる。必然的に待っているのは拷問だ。若い女性二人が憲兵の拷問に耐えられるはずはない。
苦しむ姉妹の姿を見せてやれば、あの生意気な若僧も正気ではいられないだろう。実行犯の証拠動画は姉妹と引き換えに処分させる。後から表に出そうとすれば、再び姉妹を捕らえて拷問すると脅せば膝を折るに違いない。
猪塚陸将補には岡部が盗撮行為を咎められ、逆上した彼が暴走したと報告すればいい。本人は知らないだろうが、土地を手放さざるを得なくなった経緯は子飼いの特務、ジェームズによりすでに調査済みだった。
岡部は任地替えでセントルイスかバーミングハム辺りに飛ばされることだろう。いずれも治安が悪いとされている地域だ。
「若僧、誰を敵に回したか思い知るがいい」
高尾駐屯地司令はそう呟くと、ようやく表情から怒りの色が消えるのだった。
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