第十一話
道場が完成した。建坪は約三百坪、合宿が出来るようキッチンと、温泉ではないが浴室も完備だ。浴槽は二メートル×三メートルと大きめで、精神的にリラックス出来るように檜造りとした。
また、建物の周りには百メートル×五十メートルの砂場がある。当初は一周五百メートルを計画していたようだが、良質な砂を集めるのに時間がかかるためこの大きさになったらしい。
砂場の周囲は俺たちの土地と同様に高さ三メートルの壁で囲まれ、電波シールドがすっぽり覆う形で展開してある。シールドは道場の竣工式か終わった夜に起動した。
その際道場内からスパイカメラで撮影したデータを送ろうとしていた者がいたので、画像だけをブロックしてやった。受信側が何も情報を得られていないことはハラルのハッキングで確認出来ている。
「スパイ行為は重罪だ。バレないとでも思ってるのかね」
「首謀者はやはり高尾駐屯地司令の
「どうするのがいいと思う、ハラル?」
「殺せばよいかと」
「それは最終手段にしよう。相手は駐屯地の司令だから、いきなり死んだら困る人も少なくないだろう?」
「ではすぐに決めずに貸しにしておくのがよろしいと思います。もちろん、本人には認識させておく必要があるでしょう」
「実行犯はどうする?」
「処分を司令に委ねる形でよろしいかと。それと日出村とスパへの出入りは今後一切出入り禁止が絶対条件です」
実は実行犯は一度捕らえ、新高徳司令の命令で動いたことを自白させてある。こっちの日本にある、効果が疑わしい自白剤などと呼ばれている薬を使用したわけではない。
実行犯を一度睡眠状態にしてから半覚醒させ、脳に電気信号を送って聞き出したのだ。質問には素直に答えるし嘘も言わない。加えて覚醒後は訊問された事実さえ記憶に残っていないのである。
この時の証拠動画があるので新高徳を脅すのは造作もない。
というわけで俺は今、大日本帝国陸軍
もっとも彼らは俺がこの土地の地主であることを知っているし、滞在中の新高徳司令の客ということであからさまな敵意は向けられていない。しかし部屋に通されてからかれこれ三十分は経過している。いつまで待たせるつもりだろうか。
司令が別の部屋で茶を啜りながら寛いでいるのは、偵察型ドローンからの映像をハラルが脳内チップに送ってきているので分かっているのだ。来たらキツめのお灸でも据えてやろう。
そこからさらに十五分ほどして、ようやく彼が応接室にやってきた。
「待たせたな」
それに対する謝罪はなしか。
「お忙しいところをお時間頂き感謝しております」
「道場に関することだと聞いたが?」
「はい。少し込み入っておりますので、人払いをお願いしたいと存じます」
「護衛を下がらせろと? 冗談を言うために来たのならすぐに帰れ!」
「よろしいのですか? この者に関するお話なのですが」
俺は彼にだけ見えるように手のひらの中で一枚の写真を向けた。その瞬間に司令の顔色が変わる。だがあくまで平静を装っていた。
「この者が何だと言うのだ?」
「ご存じないと?」
「いや、顔は知っている。竣工式で会って言葉も交わした」
「なるほど……ではカメラ、と言えばお分かり頂けますか?」
「……!」
即座に護衛兵たちが応接室から出された。彼らは口々に危険だ何だとごねていたが、上官の命令と言われては従うしかなかったのである。
「それではまずこちらをご覧下さい」
俺はスマホを取り出し、道場を撮影した実行犯訊問の様子を見せた。動画が進むにつれて司令の顔が怒りでどんどん赤く茹で上がっていく。
「知らん! 私は知らん!」
「道場内の撮影は固く禁止したはずです」
「だから私は知らんと!」
「閣下も竣工式にお立ち合い下さったので、撮影の禁止はご存じですよね?」
「それはもちろんだ」
「写真はうまく撮れていましたか?」
「知らんと言っているではないか! だいたい画像は送られてこなかったのだ!」
「画像は……他のデータはいかがでした?」
「空ファイルのみだ。データなど……」
これで駐屯地の司令とは情けない。さすがに彼も気づいたようだが口から出た言葉は戻らないのである。空ファイルが送られてきたことを知っているということは、撮影の事実も知っていたと自白したようなものだ。
「貴様、望みは何だ!?」
「今は何も……」
「今は、だと?」
「新高徳司令、この件は一つ貸しにしておきます」
「貸し?」
「スパイ行為は重罪です。その首謀者が陸軍の大佐だったなんてことが知れたら軍法会議どころでは済まないのではありませんか?」
「私を……脅すのか……?」
「民間の新聞社辺りに売ったらかなりの額になるでしょうね」
「貴様! 私が外の兵に命じて反逆罪で処分することも可能なんだぞ!」
「なるほど。やってみたらどうです?」
「護衛兵! この者は反逆者だ! 即刻銃殺せよ!」
だが、応接室の扉が開かれることはなかった。慌てた司令はドアノブに手をかけるが、ガチャガチャと音がするだけで扉はビクともしない。
「貴様! 何をした!?」
「無駄ですよ。座りませんか?」
それからもしばらくは扉を叩いたりノブを回したり引いたりしていたが、ようやく諦めて元の席に戻ってきた。
「貴様は何者だ?」
「外国からやってきた資産家ですよ」
「惚けるな!」
「事実です。まあ、隠してることはありますけどね」
「その隠してることを……」
「舐めるなよ、オッサン」
「な、何だとっ!!」
「この状況でまだ分からないのか? 自分の置かれた立場をよく考えろ! 俺はアンタを殺そうと思えばすぐに殺せるんだぞ」
「くっ……」
「一つ貸しだと俺は言った。金が欲しいわけではない。受け入れろ」
「わ、分かった……」
「万が一暗殺者を差し向けてきたら返り討ちにして、この件も含め
「私を殺すのではないのか?」
「陸将補に訴えて軍法会議にかけられれば、スパイとして裁かれるはずだ」
「まさか……!?」
「スパイ罪は連座制、アンタ一人じゃ済まないだろ?」
「貴様には血も涙もないのか!?」
「護衛兵に俺を銃殺させようとした本人がよく言う。土地を貸した。後付けで打診されたヘリポート用のものもだ。さらに秘伝であるドレイシー柔術の指南も引き受けた。アンタのこともひとまずは見逃す。感謝されこそすれ、鬼畜のように言われる謂れはないと思うんだがな」
「……」
「話は以上だ。兵士さんたち、入ってきていいですよ」
新高徳司令は扉に向かって声をかけた俺にギョッとした目を向けた。間もなく、何事もなかったように護衛兵たちが戻ってくると、俺は一礼して応接室を後にするのだった。
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