第十話

「君がヨウミレイヤ君だね?」

「はい」


 会議室では猪塚いのづか陸将補、新高徳しんたかとく大佐の他、数名の護衛兵士が待っていた。コの字型に並べられた長テーブルを挟んで、俺の左右に重田しげた村長と琴美が着席したところだ。


佐伯さえき智徳とものり元中尉が大変な迷惑をかけたと聞いた。私からも詫びよう」


 迷惑を被ったのは村だと思ったのだが、もしかしたら棄権しろと脅しされたことを言っているのかも知れない。


「十分な罰を与えられたとお聞きしましたので問題ありません。わざわざの謝罪、ありがとうございます」

「うん? 罰のことは公表されていないと思ったが、誰から聞いたのかね?」


「岡部一等軍曹様からです」

「岡部……そうか。ところで我が軍への土地の提供にも感謝する。ヘリポート用の土地まで使用させてもらえるそうだな」


 先日打診があった件だ。やはり断れないと言われたので許可するしかなかったのである。


「夜八時以降の離発着は控えて頂けるとのことでしたので」

「緊急時以外は厳守させると約束しよう。よいな、新高徳君」

「はっ!」


「ところでヨウミ君」

「はい」

「このスパリゾートは君の発案らしいね」


「ええ。村には温泉があるのに観光資源として使われておりませんでしたので」

「なるほど。大盛況らしいではないか」


「お陰様で向こう三カ月は前売り券が完売したと聞いております」

「我が軍の貸し切りは毎月十五日だったか」


「はい。ただし今月はオープンしたばかりですので、ご利用は来月からとさせて頂きました」

「無理を通してすまぬな」

「いえ」


 その自覚があるなら飲食費や土産物などを二割引きにせよというのは撤回してほしいものだ。


「個人的なことを聞いてもいいかな?」

「お答え出来る範囲でお答えします」


「うむ。ヨウミ君は若いのに大変な資産家のようだね」

「親から譲り受けました」


「ご両親は?」

「他界しております」


「そうか。つまらんことを聞いてしまったようだ」

「どうぞ、お気になさらずに」


 すでに調査済みで分かっているだろうに。調べたらそう出てくるようにハラルがデータベースを改ざん済みだったからだ。


 もちろんある程度から先は、他国の高度な技術に阻まれたように見せかけて追えないようにしてある。それを突破することが大変に危険であることも含めてだ。


「兵舎の建物に高さ制限をかけたのは何故かな?」


「すでにお話ししたと思いますが、うちには若い女性が二人おります。彼女たちのプライバシーを守るためです」

「ハラル嬢とルラハ嬢だったか。美しい娘だったな」


「閣下とお会いしたことはないはずですが?」

「大格闘技大会の動画を観させてもらったよ」

「あー、なるほど」


 混乱を防ぐ意味でも一般向けの動画では、ハラルとルラハの顔はモザイク処理されている。琴美が言うには二人の容姿を世間に晒せば、間違いなく芸能事務所などからスカウトがやってくるだろうとのことだった。


 しかし軍には極秘資料扱いとすることを条件に、モザイク処理前の動画が渡されているのだ。陸将補はそれを見たのだろう。


「反則負けになったとは言え我が軍の中で五本の指に入る武闘家たる岡部を金的への一撃で倒したルラハ嬢といい、その岡部を何度も足蹴にして失神させたハラル嬢といい、実に痛快だった」

「彼女たちはあれでも乙女なので出来れば忘れてやって下さい」


「岡部は三度も紛争地域の前線に立って、無傷で帰ってきた男だったのだがな」

「それは知りませんでした」


「その猛者を事もなげに倒した二人の乙女。是非とも我が軍の女性兵士への指南を頼みたい」

「ご冗談を」


「冗談などではない。二人ともドレイシー柔術とやらの免許皆伝だそうではないか」


 陸将補がこんなことを言うのには理由があった。それは女性兵士へのセクハラが横行しているからだそうだ。しかも被害に遭った女性は不名誉だからと、届け出ていないケースが山ほどあるのだと言う。


「二人が軍籍に入らずとも道場に女性兵士を通わせてもいい。ここに建てるなら建設費用は軍で持つ」

「ドレイシー柔術は秘伝の技です。彼女たちの子以外では二人の祖父が認めた者以外には伝えられないようですよ」


「そこを押して頼んでみてはもらえないか」

「分かりました。少しお待ち下さい」


 俺はスマホを取り出すと、通話するフリをして念話でハラルとルラハを呼び出した。ただし俺が話す内容はここにいる者たちに聞こえるように声に出してである。


「と言うことなんだけどどうする?」

『では条件を』

「うん」


『道場は岡部軍曹から村が買い上げて手に入れたあの土地に』

「道場はうちの隣にだな?」


『はい。次にレイヤ様以外の男性の道場への立ち入りは禁止です』

「俺以外の男子禁制と」


『外から見えないように壁で囲んでもらって下さい』

「覗き見防止の壁だな」


『スマートフォンなど携帯端末の持ち込みは禁止された方がよろしいと思います』

「撮影や音声記録可能な機器の持ち込みは秘伝の技という性質上、持ち込みは禁止と」


『稽古は平日のみ、十三時から十七時までの四時間として下さい』

「平日の十三時から十七時までか」


『教えるのはドレイシー柔術の基礎だけとしておきましょう』

「奥義は教えられない。基礎だけだな」


『条件は以上です』

「分かった。ありがとう」

『いえ、マイマスター』


 スマホを切る仕草をしてからポケットにしまうと、俺は陸将補に目を向けた。


「お聞きの通りです。今の条件で月謝は二人それぞれに二百万。それと土地の使用料として毎月百万の合計五百万円とさせて頂きます」

「むっ! 少々値が張り過ぎなのではないか?」


「そもそもは秘伝の技です。こちらとしては本当はお断りしたいところなのですが、猪塚閣下のお顔を立てたつもりです」

「うっ……それで、何人まで指導してもらえる?」


「十人までですね」

「たった十人……」


「ドレイシー柔術には基礎だけでも人を瞬殺する技があります。それどころか熊でさえ素手で倒せます」

「本当か!?」


「だから大人数に教えるわけにはいかないんです。もちろん熊を素手で倒せるかどうかは習う本人次第ですけどね」

「男性兵士にも取り入れたいものだ」


「道場は私以外の男子禁制ですし、そもそも男性兵士に二人を会わせるつもりはありません。取り入れたいなら習った女性兵士に稽古をつけてもらうようにして下さい」

「その手があるか」


「ただそうなるとセクハラの被害が減らなくなると思いますけど」

「言われてみれば確かに……」


 男性兵士のセクハラ対策で女性を強くしようとしているのに、対象が同じように強くなってしまっては本末転倒もいいところである。


「どうされますか? この条件でよろしければ建物の周囲に一周三百から五百メートルになる砂場もお願いします」


 これは後から念話で送られてきたハラルからの提案だった。なるべく深く掘って、砂浜の砂を敷き詰めるというものだ。砂場を走らせて基礎体力や筋力の向上を図るらしい。


「午前中はみっちり二時間走り込みだそうです」

「ビーチランニングのような効果を期待しているのか」


「女性的な美しさが損なわれないよう、筋肉のつきすぎには細心の注意を払うとのことでした」

「分かった。条件はそれでいい。敷地の確保を頼む」


 数日して提出された建築計画書には不可解な部分がいくつか見られた。もっともハラルにかかれば小細工などお見通しである。要するに隠しカメラを設置しようとしていたのだ。


「レイヤ様、どうされますか?」

「気づかないフリをしておこう」

「はい?」


「携帯端末の持ち込みを禁止したんだ。電波が届かなくても文句は言えないだろう。遮断してやればいいさ」

「では道場完成後に電磁シールドを展開します」


「それまでは自由に通信させておけ」

「レイヤ様はイジワルですね」

「こちらを欺こうとしてるんだ。正統な報復だよ」


 何かの時に脅せるネタはあった方がいい。


 隠しカメラの設置が新高徳大佐の独断ということは分かっていた。高尾駐屯地の兵力の底上げを狙ったのか、自身の功績を狙ったのかまでは判明していないがいずれこのツケは払わせるつもりだ。

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