第二章 エピローグ

「ジェームズ、フルネームはジェームズ・テイラー、三十一歳」


「な、何だこれハ!? くっ、動けなイ!」

「俺に見覚えがあるだろう?」


 ジェームズは暗がりから現れた俺の顔を見てハッとしていた。後ろ手に縛られて椅子に括りつけられているので身動きが取れないが、命の危険を感じるには十分だっただろう。


「ヨウミレイヤ……」

「名前まで覚えていてくれてありがとう」


 彼は俺の後ろの影から歩み出た女性の姿にさらに目を見開いた。


優羽ゆう、どうしテ……? 私はハニートラップに引っかかったというのか?」

「ずい分といい思いをしたみたいじゃないか」


 彼女はハラルが考えたジェームズの籠絡作戦を実行するために作られたドールである。優羽は温泉スパに送り込んだドールと少し違い、戦闘能力ありで内蔵武装もありだ。


 ハラルたちと同じエアバレット砲を両腕に一門ずつで足にはない。両足の砲門は飛行をも可能にし、タキオンマスカーを纏えば宇宙にまで飛び出すことも可能である。


 それが理由で装備させなかったのではなく、ハラルたちだけ楽しそうに飛んでいたから今後はドールへの装備を禁止したのだ。単なる嫉妬だよ。


「何を知りたイ!?」


「まあまあ、そう慌てるな。場合によってはアンタにメリットのある話だ」

「私にメリット?」


「優羽が気に入ったんだろ? くれてやっても構わないぞ」

「な、何だト!?」


「ジェームズ、俺たちの仲間になれ」

「なかマ?」


「行動は今までと変える必要はない。ただ、特務機関として請け負った仕事とその結果を共有してくれるだけでいい」

「極秘任務を漏らせト?」


「アンタに迷惑をかけることはないさ。頭の中にコイツを埋め込ませてくれれば済む」


 俺が見せたのはゴマ粒の半分ほどの大きさで、虹色に光る紙のように薄い小さなチップだった。


「痛みはないから安心しろ。それとこれを埋め込めば俺たちと念話が通じるようになる」

「念話? そんなこと信じられるカ!」


「まあ、信じる信じないは自由だけどな。あと裏切り以外の行動を制限するつもりもないぞ」

「拒否したラ?」


「構わんよ。アンタはここで人生から退場することになるだけだ」

「脅しカ!」


「むしろ良心的だと言えよ。本当なら俺たちのことを探った時点で排除することも考えたんだぞ」


 今回の新高徳しんたかとく大佐から請け負った仕事、つまり俺たちの調査についても成果と認められる程度の情報は与えると付け加えた。


「どうだ? 元アメリカ海軍のネイビーシールズ所属だったアンタがあっさり捕まったのだから分かるだろうが、優羽もなかなかに優秀だと思わないか?」

「それがどうしタ!?」


「仲間になればくれてやるって言っただろう?」

ていのいい監視としか思えないナ!」


「それでもお前の大好きな日本人女性だ。しかも飛びっ切りの美人だぞ。処女もお前が奪ったしな」

「本当ニ……」

「うん?」


「本当に優羽をくれるのカ?」


「ああ。飽きたら言え。また別の女を紹介してやる」

「別の女などいらン! どの道選択肢はないようダ。受け入れよウ」


 脳内チップの埋め込みはわずか数分で完了した。試しに念話を送ってみる。


『聞こえるか?』

「な、何だ、どうなっていル!?」


『声に出さずとも聞こえるぞ』

「まさか、考えていることが全て筒抜けなのカ?」


『だから声に出さなくていいって』

「な、慣れなくてナ……」


『早く慣れてくれ。相手を意識しなければ念話は届かないから安心しろ』

「そうカ」


『優羽、練習相手になってやれ』

『はい、マイマスター』

「複数の相手に送れるのカ?」


『そうだ。まあ当分は優羽を相手にするといい。慣れるまでは必要な情報は彼女から送らせることにする』

「分かっタ」


 束縛を解かれ軽く手首を揉んでから、ジェームズは優羽に歩み寄って念話を飛ばす練習を始める。


『優羽、聞こえるカ?』

『聞こえますよ、ジェームズさん』


『俺のことはジェームズと呼び捨てにしてくレ。それと敬語も使わなくていイ』


『分かったわ、ジェームズ』

『優羽は私でよかったのカ?』


 優羽は意味が分からないという表情を俺に向けてきた。そこはジェームズに聞いてやれよ。


『優羽、彼はお前のような美女が自分には釣り合わないと思っているんだ』

『分かりました、マイマスター。ありがとうございます』


『問題ないわ、ジェームズ。貴方のこと、嫌いじゃないもの』

『そ、そうカ』


『ジェームズ』

「ヨウミレイヤか、何ダ?」


『レイヤでいい。俺にも念話で返せよ』

「優羽と練習してからダ」

『そうかよ』


 俺は彼が新高徳大佐に渡すための情報を与えた。出身国はドイツとし、家は伯爵家ということにする。ただし母親が市井の者のため冷遇されており、すでに伯爵家とは縁を切っている状態だと付け加えた。


 弱みはハラルとルラハの双子の姉妹で、彼女たちは伯爵家に仕えるメイドだったが、俺の専属だったため一緒に家を出たという設定だ。俺が二人を溺愛しているなどと余計なことを付け加えたのはハラルである。


 余談だがハラルを見てジェームズが鼻の下を伸ばすかと思ったが、そんなことはなかった。


「新高徳大佐を殺すのか?」

「さあな。しかしある意味ではそうなるかも知れん」


「ある意味?」

「あの男は俺たちを探る以外にも、やってはいけないことをやってくれたからな」


 その後ジェームズを一度眠らせ、優羽にホテルの部屋に連れ帰らせた。実は移動用ポッドを使用したのである。彼を連れてきたのは浦賀水道に沈む宇宙船ハラルドハラルの船内だったのだ。


「レイヤ様、優羽がドールだということを伝えなくてよかったのですか?」

「俺は生身だろうとドールだろうと気にしないが、アイツにはもう少し段階を踏ませた方がいいと思ったんだよ」


「なるほど。もっとメロメロにさせてから、ということですね?」

「そういうこと」


 優羽が人間ではなくても構わないと思えるようになってから、彼女に一芝居打たせればいいだろう。シナリオを考えるのが楽しくなってきた。

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