第三話

「大きな物は配達してもらうしかなさそうですね」


 俺はハラルと共に早速購入した自動車、エルフォートで立川市にあるルルポートというショッピングモールに来ていた。わざわざこんなところまで来たのはここが出来て間もないとのことで、ハラルの強い希望があったからだ。


 館内の至る所に銃を持った軍人の姿が見える。こちらでは万引きなどの窃盗は重罪で、犯人はその場で射殺されることも珍しくないという。他にも相対的に犯罪に対する刑罰は重いようだ。


 例えば婦女暴行は未遂であっても男性器を切り取られる。殺人は一部正当防衛などが立証出来た場合などの例外はあるが、基本的には一親等が連帯責任で財産没収の上全員死刑。


 横領や詐欺など金銭絡みの犯罪は、三十年間の兵役または労役を課せられるといった感じだ。


 もちろん、軍人に逆らえば最悪はその場で処刑。こちらは正当な理由があっても認められないこともあるという。


 とは言え市民団体の力もそこそこあるので、拷問の末に処刑された佐伯さえき元中尉のような横暴を働く者はそれほど多くないらしい。


「そこの二人、止まれ!」


「ん? 俺たちですか?」

「そうだ! 身分証を見せよ」


「身分証……免許証でも?」

「構わん」


 突然背後から声をかけられて振り向くと、二人の軍人が銃口をこちらに向けていた。言われた通りに免許証を差し出すと、無線のようなマイクに向かって話している。どうやら情報を照会しているのだろう。


「レイヤヨウミ、カタカナ氏名か。うん? 日出ひで村から来たのか?」

「ええ、そうですよ」

「そっちの女もか?」

「はい」


「名は何という?」

「ハラルです」


「ハラル……日出村のハラル……もしや貴女は高尾駐屯地の岡部一等軍曹を格闘技で負かしたと噂の……?」

「噂は存じ上げませんが、私がそのハラルで間違いないと思います」


「これは失礼した。レイヤ殿、免許証をお返しする」

「あの、噂って……」


 場合によっては力ずくで揉み消す必要があるかも知れない。俺はそう考えて身構えた。


「いや、毎年春と秋に行われる帝国軍武闘会で、我々空軍立川基地の者がこれまで彼に勝てたことがないのだ」

「はあ……」


「岡部一等軍曹は言わば宿敵。それをこのように細く可憐な女性が、無傷どころか何度も足蹴にして意識まで刈り取ったというではないか!」

「お、おやめ下さい! 恥ずかしいです」


 気づけば何事かと集まっていた野次馬たちが、ハラルの武勇伝を聞いて彼女に羨望と好奇心の眼差しを向けていた。


「あの美少女に足蹴にされただって!?」

「「「「羨ましい……」」」」


 ちょっと待て。最後の一言はなに!? しかも複数人だった。


「重ねて失敬。どうだろう、我らにモール内を案内させてはもらえないだろうか。もちろんレイヤ殿も一緒にだ。買い物の邪魔はしないと約束する」


「ハラル、どうする?」

「えっと……」


「野次馬たちも追い払おう」


 それは願ってもない。今日は普通に買い物に来ているだけだし、兵士は邪魔だが干渉しないというなら許容範囲内だ。ただでさえハラルの可愛さは注目の的だったので、防波堤の役割も果たしてもらえばいい。


 ところがハラルは二人の背後に視線を向けている。そこには四人の家族連れ、両親と二人の子供が仲良く手を繋いで歩いていた。


「私たちの案内もいいのですが、あちらに他国のスパイがいます。取り締まった方がよろしいのではありませんか?」

「す、スパイだと!?」


 彼女は兵士たちだけに聞こえる小声で囁いたので、野次馬たちに混乱は起きていない。


「あの家族連れの母親がそうです。夫と子供たちは無関係です」


「待て、どうしてそう言い切れる!?」

「いや、岡部軍曹を倒したほどの武人だ。雰囲気やら気配やらで分かったのだろう」


『勝手に解釈されてるが間違いないのか?』

『はい。撃沈された潜水艦の国、○国のスパイです』


『そうか。あと武人認定されてるみたいだぞ』

『そこは心外です!』


 ハラルに念話を飛ばすとすぐに答えが返ってきた。


「情報感謝する」


 二人の兵士が家族連れに声をかけると、いきなり母親が逃げ出した。妻の行動が理解出来なかった夫は呆けてしまい、子供たちは不思議そうに父親を見上げている。


「何があったの?」

「父さんにも分からない……」


 話しているのは日本語ではないが、音声を拾ったハラルが翻訳して伝えてくれている。野次馬の目もそちらに向いたので、俺たちはこっそりその場を離れることにした。


 なお、この後母親は逮捕され、夫には事情説明がなされたが納得しなかったそうだ。間もなく妻を返せ、子供たちから母親を奪うなとの悲痛な叫びがモール内に響き渡ってきた。


「旦那と子供たちは可哀想だな」

「もう会うことは出来ないでしょうね」

「拷問か……」


「そんな手間をかけることはないと思います」

「うん?」


「スパイには拷問に耐性を持つ者も多いようですので」

「いきなり殺すのか?」


「いえ、自白剤です。国際社会では非人道的とのことで使用を禁じられていますが」


 こちらの世界の自白剤は、成分的に使われた者は例外なく廃人になるという。つまり禁止薬物の投与が明らかになってしまうため、結局殺されて焼かれるのだとか。


 もっともそれを知ったところでどうすることも出来ないし、するつもりもない。そんな薬を使わなくても俺たちなら秘密の全てを明らかにするのも容易いが、干渉すべきことではないからだ。


 その後は素早く買い物を済ませ、兵士に見つかる前に俺とハラルは帰路に就くのだった。

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