第四話
やはりと言うべきか。岡部一等軍曹が村役場に提出した建築計画は、うちの敷地を見られる高さの建物だった。当然俺は村役場に行き、事務員の
「軍曹の岡部が村に越してくるそうだな」
「よくご存じね」
「本人が挨拶に来たんだ」
「そうなの?」
「村長より先に訪ねてきたから追い返したがな」
「あら……」
「建築計画書を見せてもらいたい」
もちろん内容は知っているが、ハラルのハッキングによるものなのでここで改めて確認する必要がある。そして琴美のこの反応も予想していた。
「プライバシーに関わることだから無理かな」
「そのプライバシーとうちの土地の日照時間に関わる問題だ。見せられないなら建物の高さをうちの壁の高さ未満に制限してくれ」
「そう言えば二階建てで高さは六メートルだったわ」
「若いハラルとルラハがいる。覗き見の意図がなくてもその高さは認められない」
「確かにそうね。でも……」
「琴美、前の大会で俺たちに多大な迷惑をかけたのを忘れたわけではないだろうな」
「そ、それを今言う? はあ……分かったわよ。担当者に申し伝えておくわ。ただ、こればかりは私の権限では約束出来ないわよ」
「ならその担当者とやらに直接話してもいいぞ」
「うーん、まずは私から。ところでレイヤ、お宅の温泉はどう?」
「温泉? そりゃ快適に決まってるだろ」
「檜造りの大きな浴槽なのよね?」
「それがどうした?」
「入ってみたいなー、なんて」
「村の温泉銭湯と同じだよ」
「知らないの? 檜の香りにはリラックスとリフレッシュの効果があるのよ」
「なら檜の木を嗅げばいいだろう」
「もう! 身も蓋もないじゃない!」
そこで琴美は何かを思い出したようだ。
「そう言えば岡部様の土地への電気やガス、上下水道の敷設なんだけど」
「うん?」
「レイヤのところから延長させるみたいよ」
「あ? そんなこと聞いてないぞ」
もちろんハラルから知らされていた。琴美が言い出さなければこの後抗議する予定だったのである。
「レイヤのところまでかかった費用は半分負担してもらう権利はあるわ」
「当然だ。それより工事でうちの敷地に入ったり壁を壊したりするのは許さないぞ」
「大丈夫。分岐はレイヤの土地の外でするから」
「温泉は?」
「岡部様は温泉のことはご存じないから計画にはなかったわよ」
「ならいいが、温泉まで分岐するというのは金を積まれても了承しないからそのつもりでいてくれ」
「何か岡部様、レイヤに嫌われているみたいね」
「当然だろう。あの男はハラルのパンツを見やがったんだからな」
と言うのは建前で、実際金なんかどうでもいい。問題は岡部の移住目的が分からないことだ。安易に友好的に接するわけにはいかないというのが俺たちの結論だった。
ましてや相手は軍人である。ちょっとでも横柄な態度を取るなら相応の報いを受けさせるつもりだ。
その数日後、岡部から今後のことを話し合うためにうちを訪れたいとの打診が届いた。前回いきなり訪問して門前払いを食らったのが効いたのだろう。使用人の
ただし今回も門の外で立ち話で応対する。
「我が家への訪問は拒否する」
「拒否、ですか……」
「しかし話し合いの必要性はあると認識している。役場の会議室で第三者を交えて、と言うなら応じよう」
「かしこまりました。それでは早速旦那様にそのようにお伝え致します。日程はこちらにお任せ頂けますでしょうか?」
「構わないがいくつか候補を挙げてくれ。会議室も押さえてくれると助かる」
「承知致しました。それではこれにて失礼致します」
笠森が去った後を偵察用ドローンに追わせる。彼は車内からスマートフォンで結果を主に報告していた。ながら運転は危険だからやめろ、というのがこちらの日本での交通法規だったはずだが。
そして翌日、再び笠森がやってきた。実は連絡先交換の申し出があったがそれも拒否したため、こちらに用件を伝えるには訪問するしかないのである。
「明日の午後一番ではいかがでしょうか」
「役場の会議室は空いているのか?」
「はい。すでに仮押さえしてあります」
「分かった。明日の午後一時に会議室で」
「ありがとうございます。それでは私はこれより役場で手続きをして戻ります」
一礼して車に戻る笠森を見送ってから、俺は外門の中に入って閉めてから内門に入った。このように門を二重にしたのはあの大格闘技大会以降、ハラルやルラハを覗き見しようという不届き者が度々現れていたからだ。
村人とのいざこざは極力避けたかったが、だからといって放置していれば一線を越えてくる愚か者が出てこないとも限らない。そこで見せしめのために犯行現場を録画した画像を自警団に渡し、数人が捕らえられた経緯があった。
実はこちらの日本では覗きはスパイ行為と認定されており、労役や内容によっては先日のショッピングモールで捕らえられた母親のように死の運命を辿らされる重い犯罪なのである。
ただし繰り返しになるが村人とのいざこざは望まないので、犯罪を未然に防ぐために二重門扉にしたというわけだ。
その後ハラルから笠森が乗ってきた車の車載カメラのレンズがこちらに向いていたとの報告を受けた。隠し撮りなどと姑息なことをするなら友好的に話し合う必要はない。
その時の映像もしっかりと記録してあるので、流れによっては突きつけてやろうと思っている。
そして迎えた翌日、俺は単身村役場の会議室へと足を踏み入れたのだった。
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