第二話

 昼食まであと少しという時刻。俺は脳内チップに送られてきた偵察型ドローンからの大日本帝国海軍潜水艦と、○国潜水艦隊の交戦時の録画を見終えて思わず息を漏らした。むろん死者には哀悼の意を表する。


「あの『たいげい』って潜水艦は俺たちの地球の博物館にもあったんだな」


「はい。実物をご覧になったことは?」

「いや、ない。チップの情報だよ」


「当時のディーゼル艦としては最高峰だと言われていたみたいですね」

「重力シールドもなしによく潜れるもんだ」


「一度任務に就いたら数カ月は狭い箱の中ですから、レイヤ様はそれだけでも耐えられないのではありませんか?」

「そうだな。精神面ではこっちの人間には敵わないと素直に認めるよ」


 両腕を広げてハラルを誘うと、彼女はすんなりと体を預けて俺の胸に耳を当てた。その背中に腕を回して抱きしめ、伝わってくる柔らかな感触と心地よい体温を楽しむ。鼻腔をくすぐる甘い香りはドールであることを忘れさせてしまうほど艶めかしい。


 ルラハもハラルと二人で俺を挟むように背中から抱きついてきた。二つの果実が背中にも感じられる。


「レイヤ様、今からと変なタイミングで中断させられることになりますよ」

「そうか、今日は自動車が納車されるんだったな」

「はい」


 俺たちの本気の移動には小型ポッドを使う。無反動加速で瞬時に光速の十分の一に達する優れものだ。しかしそんなものをこっちの世界の住人に見られるわけにはいかない。


 生活必需品は居住用ポッドに揃っているし、食料も宇宙船ハラルドハラルで生成された物を運ばせているので、本当は買う必要がないのである。


 しかしそれでは怪しまれる可能性が高いため、コミュニティに買い出しを頼んだりしていた。もちろん廃棄などせず、困窮している児童養護施設に寄付として渡している。


 村とは縁もゆかりもない東北地方の施設だ。


「建ててもらった家に生活感がないのもマズいよな」

「一般的なインテリアはこんな感じです」


「天蓋付きのベッドは一般的なのか?」

「私が寝てみたいんです」


「客があっても寝室に入れるわけはないからベッドは後回しでいいだろ」

「んー、確かにそうかも知れません」


「食器、食卓、家電製品はないとおかしいよな」

「爆発したりしませんかね」

「通電させなければ問題ないさ」


 使う機会があるとすれば来客時だが、今のところ他人を家に入れるつもりはない。村人がやってきて宴会したいと言われても、屋外用のテーブルや椅子とバーベキューセットを揃えておけば事足りるだろう。


 昼を少し過ぎた頃、自動車が納車された。八人乗りのワンボックスカーでエルフォートという車種らしい。こちらの日本では高級車の部類に入るそうで、カーナビなるシステムも装備されている。


 衛星とリンクするようだが、これもまた俺にとっては大昔の遺物でしかない。早々に外側だけはそのままにしてハラルに改造してもらった。


 ディスプレイに映し出される表示は元のものと違いはないが、リンク先はもちろん、浦賀水道の海底に沈めてある宇宙船ハラルドハラルである。


 また車体は重力シールドで覆い、タイヤも特殊素材でパンクや摩耗などを起こさない仕様にした。本当は重力制御で浮かせる要望も出したが、わだちが出来ないのは不自然だとハラルに指摘され、浮遊機能は持たせないことにしたのである。


 なお、もらい事故対策に光学迷彩も施してある。ぶつけられても重力シールドのお陰で無傷で済むが、さすがにこちらの地球ではあり得ないからだ。


 他にもあれやこれやと改造したものの、人の目に触れる部分は変えることが出来ない。その弊害というべきなのだろうか。


 試しに敷地内を走らせて感じたのは、すこぶる乗り心地が悪いということだった。エンジン音も不快で小刻みな振動には頭がおかしくなりそうだ。こんなものを年収以上の金を出して買うこちらの人々の気が知れない。


「レイヤ様、そんな顔をなさらないで下さい」

「慣れるしかないか」


「万が一他人を乗せることになった時、無音に無振動では変に思われるでしょうから」

「分かったよ」


「こちらが運転免許証。交通法規その他は先ほどチップに送った通りです。もっとも運転は自動制御ですからレイヤ様は操作しているフリだけで構いません」


「免許証は運転時には必ず携帯か。自動車は左側通行なんだ」

「はい」


「ジャポン州では右側通行だったし、何から何まで違うと戸惑うよ」

「帰れる可能性がほとんどない以上、この世界の理に従うしかありません。法律や規則も同じです」

「そうだな」


 改造やら何やらで時刻はすでに夕方を過ぎていた。これから買い出しに行ってもゆっくり出来そうにないので、町に行くのは明日にした。その時だ。


「レイヤ様、車が一台、日出村ここを目指してやってきます」

「村の住人じゃなくてか?」


「はい。陸軍一等軍曹の岡部おかべ比依呂ひいろです」

「岡部が? 何しに? まさかハラルが免許皆伝とか適当こいたドレイシー柔術を習いに来たわけじゃないだろうな」


「目的までは分かりませんが……あ、ここの隣の敷地が購入されていますね」

「あ?」


「村に移り住むつもりなのでしょうか」

「あるいは別宅を建てる……軍人はそんなに金に余裕があるのか?」


「岡部軍曹に限って言えば、それなりに資産があるようです」

「ふーん」


 岡部の車がうちの門の前に横着けされた。どうやらここを訪ねてくるつもりのようだ。


 ハラルやルラハを覗き見しようとする不届き者対策として、門の内側にも門を設置して外から敷地内を見ることが出来ないようにしてある。


 壁の高さは全週三メートル。門は鉄格子に木材をはめ込んで、外の様子は監視カメラから脳内チップに送られてくる。カメラはスターライトスコープ仕様で、暗闇でも鮮明に画像を映し出す機能があった。


 車から降りてきたのは岡部本人と夫人と思われる女性、それにタキシードを着た初老の男性だった。そのタキシードの男性が二人の前に立ち、インターホンを押した。


 タイミングを見計らってルラハが応答する。


「どちら様でしょうか?」


笠森かさもりと申します。大日本帝国陸軍一等軍曹の岡部様ご夫婦と共にご挨拶に参りました」

「うちへですか?」


「はい。旦那様からこちらにドレイシー柔術の使い手であらせられるハラル様とルラハ様がお住まいとお聞きしております」

「私たちに会いにわざわざ?」


「実はこの近くに土地を購入致しまして、近々移り住んでくる予定にございます」

「でしたらこちらではなく村長への挨拶が先なのではありませんか?」


 そこでしばらく沈黙があった。とは言っても彼らの動向は筒抜けだ。笠森は主である岡部にどうするか指示を仰いでいたのである。


「仰る通りです。お忙しいところを手間を取らせてしまい、大変失礼致しました」

「いえ。それでは」


 ルラハはカチャッとマイクを切る音をさせて応対の終了を告げた。これ以上続けてハラルたちに会わせろなどと言われても面倒だからだそうだ。うん、その判断は正しい。


 一行を乗せた車が村の方に走り去ったが、すぐにまた停車した。おそらく自警団の検問だろう。少なくともリーダーの八木やぎは岡部の顔を知っているし、すんなり村長の許に行けると思う。


 ハラルがハッキングで得た情報によると、岡部が購入したのはうちの隣にほぼ半分の五百坪とのことだった。しかし彼がそこ住むというのはあまり歓迎出来ることではない。


「申し訳ありません。私のミスです」

「こればかりは仕方ないさ、ハラル」


「いえ、周囲の土地も入手しておくべきでした」


「だが何かの拍子に所有者を調べられれば、不信感を抱かれる結果になったかも知れないだろ」

「はい……」


「あまり気にするな。それより岡部宅の建築計画には注意しておいてくれ。うちの壁より高い建物は許されない」

「プライドですか?」


「いや、敷地内を見られるのはマズいからさ」

「失礼致しました。今夜はお仕置きして下さい」


「ハラル、お前わざとだろ」

「うふふ。楽しみにしております」


 その夜は激しかった。ルラハも参戦してきたので、お仕置きするはずの俺が逆にお仕置きされているような気分だった。


 もちろん、嫌いじゃないから結果オーライだ。




――あとがき――

本作はこれにていったん完結とさせて頂きます。

第十三話のあとがきにも書きましたが、本作はまだ続きます。完結にするのは第6回ドラゴンノベルス小説コンテストの中編部門(2万文字以上6万文字以下)に応募している関係です。

再開はコンテスト受付期間終了後の6/15を予定してます。再開後はまた応援して頂けると嬉しいです(^o^)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る