第二章 温泉スパと特務機関の男

第一話

――まえがき――

いったん前話で完結させましたが、ちゃんとまだ続くよってことで、二話先出ししておきます。

本日と明日で第二話まで公開した後、また完結設定に戻します。


――以下本編――


「レイヤ様、○国の潜水艦のことですが」

「ああ、前に衝突コースにいたヤツか?」


「同一艦ではありませんが、同型艦が艦隊を組んで接続水域から領海に侵入しようとしてます」

「それがどうした?」


「海底ケーブルのパッシブソナーに発見され、日本国の潜水艦が対応に向かいました」

「そうか」


 出撃したのは『たいげい』という名の、大日本帝国海軍における最新鋭艦とのことだった。これは秘密裏に敵を葬るための作戦である。


「俺たちが初めてきた時も領海侵犯してたよな」

「帝国海軍は捕捉はしていましたが泳がせていたようです」


「何か意味があるのか?」

「侮らせて一網打尽にするためでしょう」


 前回は一隻のみだったが、今回は六隻で来ているそうだ。


 ハラルによると○国の潜水艦は騒音が激しく、対潜索敵能力に優れる帝国海軍の敵ではないとのこと。加えてたいげい型は非常に高い静粛性を有しており、接近していることすら感知されていないらしい。


 一方、敵の潜水艦も○国では最新鋭艦で、これを六隻も失うとなるとかなりの痛手を負うことになるようだ。


「○国の目的は?」


「自国の潜水艦の能力誇示です」

「はあ? バカじゃないのか?」


「海軍が警告せず領海内に誘い込んだのは、撃沈しても○国に抗議させないためですね」

「他国の領海を侵犯したのだから撃沈されても文句は言えないってことか」

 


◆◇◆◇



 その日、○国の最新型潜水艦六隻が大日本帝国の接続水域に潜行したまま侵入した。


 領海は基線から十二海里、およそ二十二キロメートル。接続水域は基線から二十四海里なので単純に倍である。基線とは干潮時に海面から出てくる部分のことだ。


 なお、領海には沿岸国の主権が及ぶが接続水域は公海なのでこの限りではない。ただし潜行したままの侵入は領海を侵犯する可能性が高く、特に○国に関しては間違いなくその意図があると考えられていた。


「前は一隻だったから見逃してやったんだがな」

「あの時に見つからなかったと思って調子に乗ったんですかね」


 大日本帝国海軍の最新鋭艦たいげい型一番艦『たいげい』の発令所では、艦長と副艦長が六つの光点を示すディスプレイに目を向けながら会話している。


「このまま進むと間もなく我が国の領海だ」


「大音響の探針ピンガー音をお見舞いして警告しますか?」

「いや、上層部は前回の東京湾まで入ってきた領海侵犯にかなりご立腹でな」


「まさか……?」

「そういうことだ」


 艦長はそこでニヤリと笑みを浮かべた。間もなく六つの光点が接続水域から領海内に侵入したことを示した。


「現時点をもって我々はを敵性艦とみなし撃沈する。距離五千、一八ひとはち式魚雷、雷速四十ノット、航走四分! 発射用意!」


「一番から六番、ホーミングプログラム入力完了!」


「よし、一番から六番、発射管注水」

「一番から六番、発射管注水!」


 艦長の指令を水雷長が復唱した。たいげい型艦の魚雷発射管は六門。注水が開始されたその全てには当然すでに魚雷が装填されている。


「いくら耳のいいソナーマンでも動いてちゃコイツの音には気づけんだろう」

「というよりあっちの騒音は激しいですね。本当に最新型なんですか?」


銅鑼どらを鳴らしていたようなエンジン音だった以前から比べればかなり静かになってるさ」

「魚雷発射管注水完了!」


「距離二千まで有線誘導! 一番から六番、一八式魚雷発射!」

「一番から六番、一八式魚雷発射!」



◆◇◆◇



 ○国潜水艦隊旗艦発令所では、艦長が海図を眺めて予定進路の確認をしていた。航海の目的は日本帝国の領海内に侵入し○国の優位性を証明する、つまりこの最新鋭潜水艦の能力を誇示することである。


 しかし艦長はあまり乗り気ではなかった。日本の潜水艦技術や対潜能力は自国のそれよりもはるかに高いと考えていたからだ。


 加えて新たに就役したたいげい型と呼ばれる艦の性能は計り知れない。情報を探っていたスパイの悉くが帰らず、謎のベールに包まれたままだったのである。


 制服組は、前回浦賀水道から東京湾に侵入した同型艦が発見されることなく戻ってきたから大丈夫だと言う。果たして本当なのだろうか。単に泳がされただけではなかったのだろうか。


 そんな彼の不安を艦に響いた探針ピンガー音が現実のものにする。


「艦長! 魚雷です! 距離二千!」


「何だと!? どこから撃ってきた!?」

「分かりません!」


「何故今まで気づかなかった!!」

「恐ろしく静かな魚雷です!」


「振り切れるか!?」

「雷速四十! 無理です!」


「マスカー用意! 距離五百まで引きつけて機関停止、同時に囮魚雷デコイ発射だ! 準備急げ!」

「魚雷発射管注水! 囮魚雷に本艦のエンジン音をインプット!」


 僚艦五隻の動向が気になるが、今はそれどころではない。怒号が飛び交う中、着実に探針音の間隔が短くなっているのだ。艦長の額に冷や汗が浮かんだ。


「距離五百! 機関停止! 囮魚雷デコイ発射!」

「あっちを追いかけてくれ! 頼む!」



◆◇◆◇



「艦長、爆発音の後で六隻が遠ざかっていきます」


「ソイツは囮魚雷デコイだ。一八ひとはち式魚雷はそんなものでは欺けんのさ」

「万一逃れた艦がいたら……」


探針ピンガー音が飛んでくる。だが飛んできてないだろう?」


「一発一億の魚雷六発で建造費数百億の艦をきっちり六隻撃沈と」

「我が大日本帝国海軍を舐めているからだ」


「敵さんの遺留品回収は横須賀からですか?」

「ああ。もうこっちに向かっているだろう」


 間もなく現場海域に捜索のヘリが飛んできた。現在周辺海域は軍の規制により一般船舶の航行が禁止されている。航空機も例外ではない。遺留品の回収が終わるまでは規制が続く。


 この遺留品をもって○国に圧力をかけるのが政府の狙いだった。他国の領海を侵犯して返り討ちに遭ったなどという恥を晒したくなければ、相応の賠償金を支払えとでも脅すというところだ。


 仮に賠償金の支払いを拒否して今回の件が明るみに出た場合、○国は国際社会から孤立する可能性が非常に高くなる。最新鋭艦六隻を失った大損害に加えて、泣きっ面に蜂というわけだ。


 それから一週間後、周辺海域の規制は解除されるのだった。



――あとがき――

軍事的な知識に乏しいため、矛盾があったらぜひ教えて下さい。

例えば発射管注水とプログラムの入力のタイミングがおかしいとかです。

『沈黙の艦隊』とかわぐちかいじ先生をリスペクトしてます。

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