第十三話
「レディと先ほどの彼女は双子と聞いていたが、確かに見分けがつかないな」
「右目の下にほくろかあるのが私ハラルで、ないのが妹のルラハです」
「そうか。それで君も色違いの同じドレスで戦うんだね?」
「禁止手は使いませんのでご安心を」
「あっはっはっ! あれには驚かされたが戦場では禁止手などないから私が油断しただけだ。妹君には気に病まないようにと伝えてくれ」
対戦前に少し会話したいと申し出たのは岡部だ。
「君にはすまないが、戦えばその細い腕を折ってしまうかも知れない。私としては先ほどの彼同様、棄権してくれるとありがたいのだが」
「あら、脅すわけではないんですね?」
「脅す? そんなことをするものか……まさかレディの彼氏は……?」
「ご存じなかったのですか? 佐伯閣下から棄権するよう賜ったそうですよ」
「あの方は……」
「もっともレイヤ様との対戦は私の方が棄権するつもりでしたから」
「レディは私に勝てるとでも?」
「さあ、どうでしょう」
「あのー、そろそろ始めてもよろしいでしょうか」
会話が長引いていたので琴美が間に入った。
「私は構いません」
「ああ、済まなかった。始めてくれ」
「ありがとうございます。それではこれが最終戦になります。よろしいですか、ファイッ!」
一見無防備に立っているハラルに拳を突き出そうとした岡部が、次の瞬間大きく後ろに飛び退いた。会場の誰もが不思議そうな顔をしていたが、彼はハラルの凄まじい殺気を感じたのである。
(何なんだ、このレディは!? あのまま突っ込んでいたら私の拳、いやこの腕がどうなっていたことか)
「どうかされましたか?」
「どうやら女性と侮っていたようだ。悪いが本気でいかせてもらう」
「そうなさるのがよろしいかと。こう見えて私もルラハもドレイシー柔術の免許皆伝ですので」
「ドレイシー柔術? 聞いたことがないな」
俺も初耳だ。ハラルめ、適当に作りやがったな。
「秘伝の柔術です。ご存じないのも当然でしょう」
「秘伝なのにこんなところで披露していいのか?」
「そうでした。でも問題ありません。皆さんには……貴方様にもお分かりにならないでしょうから」
「ならばその秘術、解き明かして見せよう!」
微笑みながら優雅に立つハラルに向かって、岡部がジグザグに動きながら距離を詰める。そこから突きを繰り出し彼女が避けたところに後ろ回し蹴りが襲いかかった。
その光景を目の当たりにした誰もが目を疑わずにはいられなかった。確かに岡部の回し蹴りはハラルの上腕辺りを捉えたかに見えたからだ。しかし仰向けに倒れていたのは岡部であり、ハラルは相変わらず微笑んでいたのである。
「柔術というなら押さえ込むところではないのか?」
「そうすると私の体が不用意に貴方に触れてしまいます。私はレイヤ様以外の殿方には極力触れたくありませんので」
「なん……だと……!?」
「それにスカートがめくれて下着を見られてしまうかも知れませんし」
「下着もあの男以外には見られたくないと?」
「当然です。私の下着は安くはありません」
岡部はゆっくりと立ち上がると、口元にニヤリと笑みを浮かべた。
「その割にはずい分と前が短いスカートのようだが」
「可愛いでしょう?」
「お陰で堪能させてもらった。白だったな」
「白? 何を……はっ!」
「倒されたのでな!」
思わずスカートの裾を押さえたハラルめがけて、岡部が蹴りを飛ばす。今度こそ彼女の腹に長い足が突き刺さったと、俺以外の皆が思った瞬間だった。
ハラルは誰の目にも止まらない速さで、爪先と踵を両手で掴んでいたのである。その目は涙目だ。
「よくも……よくも私の下着を……!」
「なっ!」
「岡部軍曹のえっち!」
「どわっ!」
ハラルは掴んだ足を回転させ、うつ伏せに倒れた岡部の背中を思いっきり踏みつけた。しかも何度も何度もである。岡部は呼吸することさえ困難なようで、ずっとされるがままうめき声だけが聞こえてきていた。
しかしそれも止んだところで、審判がハラルを止める。岡部は気絶しているようだった。
『ハラル、やり過ぎだ』
「この方に下着を見られてしまいましたぁ。もうお嫁に行けません!」
俺が送った念話には答えず、彼女は(わざと)声に出した。しかしこのやり取りで男たちが色めきたたないのは、先ほどのハラルの容赦ない踏みつけを見ていたからだろう。一部からは需要がありそうではあるが。
「しょ、勝者ハラルさん!」
「「「「うぉーっ!!」」」」
「「「「ハラルちゃーん!!」」」」
ここでようやく会場が湧き上がった。一方佐伯中尉の方はというと、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
予想通りいくらあの男でも、自分から仕掛けた勝負に負けて横暴を通すのはさすがにマズいと考えているのだろう。思惑が外れて岡部が負けたのだ。打つ手など残されているはずがなかった。
◆◇◆◇
「それではこれより表彰式を執り行います!」
陽が傾きかけた頃、集会所前の広場には簡易テーブルが置かれ多くの料理が並べられていた。酒もビールに日本酒、ワインにウイスキーと種類が豊富だ。
「優勝はハラルさんです! 皆さん、盛大な拍手をお願いします!」
「「「「わぁーっ!!」」」」
「「「「ハラルちゃーん!!」」」」
「「「「結婚してー!!」」」」
「皆さん、ありがとうございます。結婚は無理ですがこの村に温かく迎え入れて頂いたこと、本当に感謝の気持ちでいっぱいです!」
ハラルは対戦時と同じ青いフィッシュテールドレス姿だった。傍らのルラハも同じデザインの赤いドレスを着ている。もちろんそれらは光学迷彩による賜物だが、ご丁寧に下着まであしらっているとは思わなかったよ。
「ハラルさん、ありがとうございます!」
「はい」
「続きまして大日本帝国陸軍中尉、佐伯智則閣下より賞金の授与ですが、先ほど閣下は急用が出来たとのことでお帰りになられました」
メンツが潰れて留まれなくなったのかと思ったが、偵察型ドローンより情報を得たハラルからの念話ではそうではないとのことだった。どうやら彼は彼で自滅の道を歩んでいたようだ。
「従いまして代理のルラハさん組優勝、ハラルさん組準優勝の岡部
壇上に控えていたハラルの前に岡部が立つ。彼の表情には少々の緊張が窺えた。
「レディ、先ほどは失礼した」
「私も取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」
「ところで頼みがあるのだが」
「何でしょう?」
「ドレイシー柔術の指南をお願い出来ないだろうか」
「すみません。あれは秘術ですので、私たち姉妹の子とお祖父さまが認めた者以外には伝えられないのです。そしてお祖父さまはすでにこの世にありません」
「お父上は?」
「重ねてお詫び致します。私たちの出自やそれに関する詮索はご遠慮下さい」
「そ、そうか。すまなかった」
「いえ」
ハラルの口から出た出任せのような受け答えは、実は事前に相談されたものだった。岡部の申し出が予想されたからだ。
これにて表彰式と賞金の授与が終わり"美人姉妹の愛を勝ち取れ! チキチキ大格闘技大会"は、以降の宴会も含めて成功裏に終了するのだった。
――あとがき――
本作は次話(第十四話)にていったん完結とさせて頂きます。
本作には続きがありますが、第6回ドラゴンノベルス小説コンテストの中編部門(2万文字以上6万文字以下)に応募している関係です。
再開はコンテスト受付期間終了後の6/15を予定してます。再開後はまた応援して頂けると嬉しいです(^o^)
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