第十二話

 休憩が終わり、琴美がマイクで来場者に佐伯中尉からの提案と、俺たちが了承した旨を伝える。佐伯本人も悦に浸っているようだ。すでにハラルとルラハを手に入れた気になっているのだろう。


 二人が拒否すれば終わりのはずだが、そうさせないつもりなのは明白である。ま、ヤツがどう考えようと関係ないんだけどな。


 そうして改めての準決勝、松井まついたく岡部おかべ比依呂ひいろ一等軍曹の戦いが始まった。


 松井はこれまで一貫して相手に攻撃させてから反撃で仕留めるという戦法を取っていた。実力を正しく判断し、極力相手に怪我を負わせないようにする強者の余裕だったのだろう。


 だが、岡部に対してその余裕はなくなったようだ。始めから突きや蹴りを繰り出し、岡部を防戦一方に追い込んでいた。


「やれやれーっ!」

「岡部さーん、負けないでー!」


 いつの間にか女性の黄色い声が岡部に向けられている。スラリとした長身に甘いマスク、戦闘時以外は佇まいも優雅だし、何より帝国陸軍一等軍曹の肩書きは将来の安定を意味している。女性たちに人気なのも肯けるというものだ。


 そして彼が勝てば男性の視線を一手に集める二人の美女、ハラルとルラハがいなくなるかも知れないのだ。女性の嫉妬とは恐ろしいものだよ。


「彼女たちには軍曹が劣勢に見えているんだろうな」


「でしょうね。松井さんの攻撃が当たりそうになる度に悲鳴を上げてますから」

「松井自身は分かっているか」


「少しでも攻撃の手を緩めれば、最悪一撃で負けると考えているのでしょう」

「松井が金的にフェイントをかければ逆転出来るんじゃないか?」


「レイヤ様、私たちは何とも思いませんが、その作戦は人としていかがなものかと」

「いや、すまん。よくない考え方だ」


 松井が後ろに飛んで距離を取った。涼しい顔の岡部に対し、彼はかなり消耗しているように見える。


「どうした、もう終わりか?」

「さすがは帝国陸軍一等軍曹様だ。僕の攻撃がこんなに防がれるとは……」


「聞いているぞ、松井。インターハイ優勝経験者にも関わらず我が軍への入隊を断ったそうだな」

「僕は村から離れたくないんでね」


「佐伯中尉閣下の許に来れば高尾駐屯地配属となる。村への里帰りも難しくないと思うが?」

「僕は生活そのものを村でしたいんだよ!」

「そうか、残念だ」


 次の瞬間、岡部は一気に距離を詰めてガードを固めた松井の腕に構わず拳を叩き込んだ。嫌な音が聞こえて会場が静まり返る。


「ぐあっ!」


「審判、彼の腕の骨が折れた。続行は不可能だ」

「ま、まだだ……」


「やめておけ。単純骨折だが暴れると悪化するぞ。軍医を同行させている。話を通しておくから診てもらえ」

「くっ……」


「勝者、岡部様ぁ!」


 あの岡部という軍曹、なかなか粋なところもあるようだ。こちらの日本では通常、軍医が一般市民を診ることはない。そして軍医のレベルは一般の医師よりもはるかに高いのである。


 おそらく一カ月もかからずに、松井の腕は完治することだろう。


 次は決勝戦ということで俺は一人で控え室に向かった。すると間もなくしてドアがノックされる。偵察型ドローンからハラルを通じて脳内チップに送られてきた映像を見る限り、訪問者は軍人のようだ。


「どうぞ」


「失礼する。私は大日本帝国陸軍佐伯中尉閣下直属の部下、但馬たじま裕二ゆうじと申す。貴殿がヨウミレイヤ殿で間違いないか?」

「ええ。間違いありません」


「佐伯中尉閣下からのお言葉を伝えに参った」

「はあ……」


「棄権せよ」

「はい?」


「この後の決勝戦を棄権せよとのことだ」

「えっと、俺に不戦敗しろと?」


「そういうことだ。逆らえばどうなるかは分かっているな?」

「いえ。どうなるんです?」


「反逆者として捕らえられ拷問を受ける……可能性がある」

「ひえっ!」


 可能性があるなどと言い切らないのは、後々不都合が起こった時に備えてのことだろう。俺はわざとらしく驚いて見せる傍ら、ハラルに念話を送った。


『こんなこと言ってるけどどうしたモンかね』

『棄権されても構いませんよ。私が岡部軍曹を倒しますので』


『金的はやめておけよ』

『あれはルラハがやったことです』


『中身は同じで常時同期してるじゃないか。わざとやらかした上にしおらしくしていたのもどうせ演技なんだろ』


『バレましたか。さすがはマイマスターです』

『で、本当のところはどうなんだ?』


『棄権がよろしいかと。逆らって睨まれるより他の人たちと同様に、軍を畏れていると思わせた方がこの先も無難だと思いますので』

『分かった。そうしよう』


 そうして俺はガタガタと震えて見せる。


「き、棄権します! 棄権しますからどうか拷問はお許し下さいーっ!」


「うむ。閣下のご命令に背かないのであれば心配は無用だ。早々に主催者に棄権を伝えて参れ」

「ははーっ!」


 慌てたフリをしてつんのめって見せてから、俺は琴美の許に向かった。


「レイヤ、棄権ってどういうこと!?」

「いや、だから……」


「見損なったわ! ハラルさんがどうなってもいいって言うの!?」

「いや、しかしハラルも強いから……」


「ルラハさんが勝てたのは禁止手を使ったからよ! あの岡部軍曹の実力は分かっているわよね!」

「そうなんだけど……」


 俺が遠くで談笑している中尉の方に視線を送ると、彼女も気づいたようだ。


「もしかして脅されたの?」

「ああ、そういうことだ」

「許せない! 抗議してくる!」


「やめておけ。惚けられたら終わりだし、琴美の身が危ない」

「でも……」


「心配してくれて感謝する。しかしハラルなら大丈夫だから任せておいてくれ。それに……」

「それに?」


「ハラルが勝てばルラハも難を逃れるだろ」

「実は私たちも脅されていて、ルラハさんには同行を断らせるな、と……」


「なら問題ない。ルラハの権利と引き替えに岡部を決勝戦に送り込んだのは向こうだ。負けてそれを反故にしようものなら、さすがにメンツを保つことは出来ないだろう」


「そんな理屈が通るかしら」

「大丈夫だと思う」


 俺の棄権が知らされると会場では大ブーイングが巻き起こったが、誰かがそのせいでハラルが俺に愛想を尽かすかも知れないと言い出すと、途端にブーイングは止んだ。


 決勝戦はハラルと岡部軍曹との対戦に変わった。

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