第十話

「お集まりの皆さん、お待たせ致しました! ここで改めてルールを説明致します! 武器の使用、目や金的への攻撃、致命傷となり得る後頭部や首への攻撃は禁止します。また、今後の生活に支障が出るような障害を負わせる攻撃も禁止です!」


 進行役は山岸やまぎし琴美ことみ、この大会の主催者である。彼女は今回に限らず、役場での事務の傍ら村で行われるイベントを仕切るイベントプランナーも担っているとのことだった。


「勝利条件は相手を降参させるか気絶させるか、審判が見て戦闘続行不可能と判断させることです。また、リングアウトすると負けと判定されます。敗者復活戦は行いません!」


 マイクの音声が響き渡ると、会場のボルテージは頂点に達した。


「それでは選手たちの入場です!」


 先頭をハラルとルラハが務め、その後ろを二列になって選手が進む。俺は最後尾で、佐伯さえき中尉は別口で最後に会場入りすることになっていた。


 優勝候補と目されるのは四人。ハラル側に松井まついたく一人と、ルラハ側に高辻たかつじ才河さいか須藤すどう颯真ふうま森本もりもとまさしの三人だ。


 ハラル側の松井卓は成瀬なるせ村の住人で、何としても彼女を俺から奪って村に連れ帰ると意気込んでいた。迷惑だが力を見せつけるためには相手をしてやるしかないだろう。


 ハラルはこの二十九歳の青年との格闘を棄権し、結果を俺に委ねることになっている。分析では彼が決勝に進出することが明白だったからだ。ルラハは優勝者と戦い、圧倒してねじ伏せる予定である。


「最後に大日本帝国陸軍中尉、佐伯智徳とものり閣下にご入場頂きます。佐伯閣下、お願い致します!」


 軍の楽隊による軍歌の演奏が始まる。確かに軍歌というだけあって、勇猛さを感じさせるメロディだ。音楽に合わせて拳を掲げる者や、演奏に感動して涙する者までいた。


 それにしても中尉殿は相変わらす仏頂面のままだった。


 なお、智徳本人も参加することになっていたが、一般市民が陸軍中尉と格闘するわけにはいかないとのことで、兵士の一人、岡部おかべ比依呂ひいろ一等軍曹が代役として戦うそうだ。


 賛否両論だったが、軍の決定に正面切って抗議出来る村人などいるはずがなかった。


 もちろん軍曹は最後の決勝戦のみ参戦だ。トーナメントを勝ち抜いた者が倒してくれればいいのだが、正規の軍人に一介の村人が敵うわけがない。ハラルの分析でも実力は雲泥の差とのことだった。


 逆に勢い余って村人が殺されないかが心配である。もっともそうなれば大会規定上軍曹は敗北となり、上司である中尉の顔に泥を塗る結果となる。心配は杞憂に終わることだろう。


「さあ! 大会も大詰めとなってまいりました! まずはルラハさんの愛を勝ち取る権利をかけた決勝戦! 優勝候補の二人を危なげなく倒した須藤颯真さん! 対するは大日本帝国陸軍一等軍曹、岡部比依呂様です! 皆さん、盛大な拍手をお願いします!」


 琴美がルラハにマイクを向ける。


「ルラハさん、正直なお気持ちを聞かせて下さい。どちらに勝ってほしいですか?」

「どちらでも。最後に私に勝てたらお望みを叶えて差し上げます」


「「「「うぉーっ!!」」」」

「「「「ルラハちゃーん、行かないでくれーっ!!」」」」


「おーっと! これは爆弾発言です! 決勝戦で勝ってルラハさんに勝てば彼女のお持ち帰りが確定しましたぁっ!」


 ルラハのヤツ、煽ってるなぁ。負けてやる気なんてさらさらないくせに。


 しかし彼女の言葉で佐伯中尉の顔色が変わった。部下の勝利を信じて疑わない彼は、ルラハの入手が確実と考えてにわかに生気を取り戻したようだ。


 安心しろ。すぐにまた落胆させてやる。


「それでは両者向き合って! ファイッ!!」


 先に動いたのは須藤だった。柔道五段、体格も参加者随一の彼が岡部の奥襟を掴みにかかる。道着を着用しているわけではなかったが、痩身に見える岡部の軍服も道着同様にしっかりとした縫製だ。そのまま捕まれば岡部でも危ういかも知れない。


 しかし一等軍曹の対応はさすがと言うしかなかった。威圧感が肌で感じられる須藤の懐に飛び込み、肘で鳩尾みぞおちに一撃入れると、下がった顎にアッパーカットを放ったのである。


 勝負は一瞬だった。無防備に脳を揺さぶられた須藤はスローモーションのように膝をつき、そのまま前のめりに倒れ込んでしまったのである。


 意識はあるので何とか立ち上がろうとするが、そこで審判が試合終了を告げた。的確な判断だ。あれはすぐに動かしてはいけない。試合を続ければ須藤は脳に深刻なダメージを負うことになっただろう。


「勝者、岡部比依呂様ぁ!」


 歓声は起きない。何故なら彼の次の対戦相手はルラハだからだ。つまり彼がそれに勝ってしまえば、彼女を村から連れ去られてしまうのである。そして男たちには彼女が勝つ未来が想像出来なかった。


 巨漢の須藤を肘打ちとアッパーカットの二発で難なく倒した大日本帝国陸軍の一等軍曹。ハラルからの情報によれば、彼は軍の中でも五本の指に入る武闘家なのだそうだ。


 三十分ほどの休憩の後、男たちの一部から一際大きな歓声が上がった。それは次第に全体に広がり、女たちの溜め息も聞こえてくるようになった。


「ルラハさん、その衣装は……」

「似合いませんか?」

「そ、そうではなく……」


 ルラハのヤツ、何を考えているのやら。再び村人の前に姿を現した彼女が纏っていたのは、鮮やかな赤のフイッシュテイルドレスだったのである。胸元と袖口、裾の白いレースリボンが愛らしい。


 さらに下着が見えそうなほどにせり上がった前の部分から見える太腿は、男たちの視線を釘付けにしていた。もちろん俺の視線もである。


 元々が完璧なスタイルのドールだ。それは腰からツンと上を向いた尻、ほどよい肉付きの太腿からキュッと締まった足首にかけてまで男を魅了して止まない。


 もちろん胸も極端な巨乳というほどではないにしろボリュームは十分である。何度も彼女と肌を重ねた俺でさえ、思わず息を呑む美しさだった。


「すまない、レディ。その格好ではさすがに戦いにくいのだが……」


「どうぞお気になさらずに。破けるものなら破いて頂いても構いません」

「降参するつもりはない、と?」


「私も姉のハラル同様、レイヤ様に心酔しておりますので」

「ほう?」


 待てルラハ、どうしてそこで俺を引き合いにを出した!? 一瞬で会場に集まった男たちの敵対心ヘイトを稼いでしまったではないか。彼らの憎々しげな視線が痛い。


 よし、今夜は泣いて許しを請うても容赦せずに責めてやろう。

『あら、楽しみにしてますね』


 ルラハから念話が飛んできた。訂正、一方的にやられるのは俺の方だ。今夜俺は体力が尽きるまで彼女に搾り取られ続けるに違いない。嫌いではないが。


 ところでドールは元々戦闘用に開発されたものだ。愛玩専用に作られた個体は別として、普段は人間と同等になるよう力を制御しているに過ぎない。解放すればその戦闘力は凄まじい。


 重力シールドのない陸軍のあの装甲車程度なら、素手で簡単に破壊してしまうだろう。


『ルラハ、くれぐれも言うが殺すなよ』

『はい、分かってます。骨の一、二本は砕いてしまうかも知れませんが』


『出来ればそれもやめてやれ。アイツの生活に支障が出るからな』

『そういう攻撃は禁止でしたね。承知しました』


 改めて念話を送ってよかった。彼女は骨を折るのではなく砕くつもりだったようだ。粉砕骨折なんかさせたら、こちらの地球の医療では元通りに治すのは困難だろう。


『では金的を一撃で』

『待てルラハ! それは……』


 彼女から念話が飛んできたのと、試合開始の合図は同時だった。直後、股間を押さえて倒れ込む岡部は泡を吹いていたのである。


『ルラハ……』

『大丈夫です。潰してはおりません』


 和やかにガッツポーズを決めている姿は可愛いとしか言えないが、あれは絶対に忘れているよな。


「ルラハさん失格により、勝者岡部様!」

「えっ!?」


「ルラハさん、最初に金的への攻撃は禁止と言ったはずですが……」

「あ……」


「わはははっ! よくやったぞ、岡部!」


 眉間に指を当てて困り果てる琴美と静まり返る会場の中、佐伯中尉の歓喜に満ちた声だけが響き渡るのだった。

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