第九話

 大会の会場は俺たちの歓迎会でも使われた集会所前の広場に設営されていた。雨天でも開催出来るようにサーカステントのような屋根があったが壁はない。


 なお、参加人数が予想を超えたため事前に予選が行われ、決勝にはハラル側とルラハ側でそれぞれ八人が選抜されている。実は噂を聞きつけた近隣の村からも参加者が集まったのだ。


 近隣とは言っても徒歩なら三時間はかかる。もちろん移動には車が使われるが、俺たちからしてみたら乗り心地も輸送力も骨董品レベルだ。


 その村の名は成瀬なるせ村。日出ひで村とは一本の山道で繋がる、人口およそ五百人の村である。


 なぜそんなところから参加者が集まったかというと、たまたま作物の取り引きに来ていた者が大会の話を聞きつけ、さらにたまたまハラルの姿を見かけて村に情報を持ち帰ったからだ。つまり偶然が重なったというわけである。


 日出村としても日頃から交流のある村だし、参加費も取れるので断る理由はなかった。ちなみに日出村以外から参加する場合の参加費は一万円。琴美ことみのヤツめ、ちゃっかりしてやがる。


 加えて当初は選手全員に出される予定だったハラルとルラハの手料理が、決勝トーナメント進出者と俺、佐伯中尉と大会関係者のみへの提供となった。


 増収分から少なくともハラルとルラハにはギャラを出せと言ったら、現金だと予算を申請しなければならないとのことで何か記念になる物を贈るそうだ。いらないけど。


 ちなみに試合開始は午後二時で、その前に対象者に二人の手料理が振る舞われることになっていた。



◆◇◆◇



「来ました。佐伯智徳とものりと軍関係者の車列です」


 常時偵察型ドローンで監視を続けていたが、肉眼でも捉えることが出来た。大会当日、よく晴れてはいるが真冬並みに気温が下がった午前八時を少し過ぎた頃のことだ。


 村の入り口ではすでに村長を始めとする役場の職員たちが出迎え体制を取っている。


「中尉殿の姿が見えないな。装甲車の中か」


「はい。内装は居住性に優れた空間となっているようです。もちろんにしては、ですが」

「大きく見えるのはソファやらベッドやらがあるせいだろうな。もっともあれじゃいい的になるぞ」


「戦車の大砲が直撃しても耐える構造です」

「あんなにタイヤがついてるのは重さのせいか」


 装甲車は片側六輪、そのうちの後方三輪はダブルタイヤになっているので、全部で十八輪ものタイヤに支えられていることになる。しかもその全てがパンクレスとのこと。


 もっとも俺のエアバレットガンやハラルたちのエアバレット砲なら楽に貫通出来るだろう。戦闘型ドローンのバルカンレールガンは言わずもがなだ。


 間もなく車列は村の入り口に到着、一度停止して先頭の高機動車から拳銃を手にした兵士が二人降りた。村長と職員たちは両手を挙げ、ボディチェックに応じているようだ。その中に琴美がいなかったのは、これがあるのを知っていたからなのかも知れない。


「中尉殿の様子はどうだ?」

「不機嫌です。顔には生気も感じられません」


「そうか。そこまで効果があるとは思わなかったよ」


「目の下にはクマも出来てますので、十分な睡眠も摂れていないのでしょう。レイヤ様の目論見通りですね」

「酒を煽って寝ると、実際は睡眠ではなく気絶したのと同じらしいからな」


 しかもあの巨体だ。もはや女性をいたぶる気力さえ残っていないだろう。実際ここ数日、彼の寝室に呼ばれた女性はいない。呼ばれても麻酔薬を嗅がせて眠らせてしまうだけなのだが。


「さて、そろそろ俺たちも準備を始めるか」


 再び動き出した車列が村に入るのを確かめてから、俺とハラル、ルラハの三人も会場に向かう準備を始めるのだった。



◆◇◆◇



「まずは佐伯智徳帝国陸軍中尉閣下、多額の協賛金を賜り感謝致します!」

「「「「ありがとうございます!」」」」

「ああ……」


 中尉以外の着席していた全員が立ち上がって深々と頭を下げたが、どこか上の空の反応しか返ってこなかった。俺は理由を知っているから何とも思わなかったが、他の面々は驚いた表情を隠せずにいる。


 こういう時、いつもはここで恩着せがましいが始まるほが通例だった。


「そして閣下、ヨウミレイヤさん、選手の皆さん。改めまして本日は"美人姉妹の愛を勝ち取れ! チキチキ大格闘技大会"にご参加下さりありがとうございます!」


 気を取り直した山岸琴美が、集会所に用意された長テーブルの端で和やかに挨拶して再び頭を下げた。上座の位置には中尉が座り、その左右と背後を銃を持った兵士が控えている。集会所のあちらこちらにも然りだ。


 テーブルの左右にはそれぞれ俺と選手八人ずつ、村長を始めとする役場の役員たちが席を連ねている。ただし村長はまあいいとして、役員たちが手料理を味わえるのを俺は納得していない。


 琴美に言うと、彼らも大会に向けて尽力したからとのことだったが、それは役場としての職務のはずだ。ご褒美を受け取れる理由にはならない。だからハラルとルラハの二人には、彼らの分だけ味を数段落とすようにと指示を出しておいた。


 余談だが中尉の椅子だけは軍が持ち込んだ物で、どこかの王様が座るのかと思えるほどに大きく豪華だった。


「これよりお待ちかねのハラルさん、ルラハさんによる手料理を楽しんで頂きます!」


 本当ならここで歓声が上がるところなのだろうが、仏頂面を崩さない陸軍中尉の前では盛り上がれるはずがない。ホント、器の小さい男だよ。


 それは俺もだって? ほっとけ!


「皆さん、一生懸命作りました」

「お口に合うといいのですが、どうぞお楽しみ下さい」


 配膳が済んだところで琴美の横に立ったハラルとルラハが微笑みながら言うと、選手たちはもちろん役場の職員まで顔を上気させながら拍手を送った。


 二人の実物を見た中尉も、仏頂面から鼻の下を伸ばしただらしない顔になっている。見れば彼を護る兵士たちも同様だった。


 しかし残念だな、二人はすでに俺のものだ。せいぜい妄想をはかどらせるがいい。器が小さいとか言うな!


 そして始まった昼食会。メニューはカレーライスだったが、味と匂いを感じることが出来ない智徳の顔には落胆が浮かび、村長と琴美以外の職員たちは微妙な表情をごまかそうと頑張っている。


 もちろん選手たちは美味そうにカレーを平らげ、俺も含めた全員がお替わりしていた。

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