第七話

 大日本帝国陸軍中尉の佐伯さえき智徳とものりは悩んでいた。それは日出ひで村で大格闘技大会が開かれる一週間前のこと。


 突然目の前が暗転して意識を失ったあの日以来、男性としての機能が全く働かなくなってしまったのである。医師は体には全く異常が見られないと言った。


 しかし以前は若い女性を見るだけで元気に反応していたもう一人の自分が、どんなに美しい裸体や、刺激が強すぎるとの理由で押収されたその手の動画や書籍を見てもピクリともしないのである。


 それどころか触れられても何も感じなくなってしまった。倒れた時に頭を打ったかも知れないと検査を繰り返しているが、どこにもおかしいところはないという結果しか出てこない。


 彼の顔からはいつの間にか覇気が消え、たるんだ頬の肉はまるでブルドックのようだった。


「あれだけ酷いことをしてたから呪われたんじゃないか?」

「時々閣下の周囲に変な光の歪みが見えたりするんだよ」


「マジかよ!? それ本当に亡霊だろ!」

「おー、こわ」


 屋敷内に住まわせている護衛兵士たちのヒソヒソ話が聞こえてくるが、それにすら怒る気力も湧いてこない。以前なら即刻粛清していたところだし、そもそも自分に向かってそんなことを言う者はいなかった。


 本当に呪われたのだろうか。いや、軍事力、科学力で世界のトップをひた走る大日本帝国の陸軍中尉であり、名門佐伯家の次期当主と目される自分が呪われるなどあり得ない。あり得るはずがないのだ。


 彼はそう自分に言い聞かせようとしたが、眠ろうとすると聞こえてくる女たちの悲鳴が頭から離れなくなっていた。それどころか昨夜はとうとうベッドの周りを亡霊に囲まれた夢を見たのだ。


「あれは夢だ、夢に違いないのだ!」


 慌てて明かりを点けたが誰もいなかった。このところおかしなことが続くので夜間部屋の扉の外と内に兵士を立たせているが、彼らは何も異常はなかったと言う。試しに人員を変えてみたが、やはり結果は同じだった。


 兵士たちにも恨まれていて彼らが口裏を合わせいるのか、自分がおかしくなってしまったのか。いや、そんなことは絶対にない。


 そうだ、あの美人姉妹だ。彼女たちの実物を見れば失われた気力も蘇るに違いない。


 思わず違法と知りながら、軍のアカウントを使って戸籍の写真を手に入れた双子の姉妹。あの女たちに奉仕させれば元に戻れるに違いないし、亡霊も悲鳴も消え去ることだろう。


 彼はそう自分を奮い立たせ、日出村行きは予定通り行うとの指示を出すのだった。



◆◇◆◇



「しぶといな」

「ええ、あれだけやられれば廃人になってもおかしくないと思うんですけど……」


 偵察用ドローンから送られてくる佐伯中尉の様子を眺めながら、俺とハラル、ルラハの三人はため息をつくしかなかった。


 中尉の男性機能を奪ったのも、悲鳴も亡霊もドローンを使った俺たちの仕業である。死んでもらうというのはまず男性として役立たずにした上で、可能なら廃人に追い込んでしまおうということだった。


「あの薬は性犯罪を犯した者でも特に悪質な犯罪者に対して投薬されるものです」


「一滴で一生役に立たなくなるスグレモノか。間違っても俺に吹きかけるなよ」

「解毒薬もありますからご心配なく」


「試す気にはならないけどな。それはそうとして、廃人にこそならなくてもあの年で女性を抱けないとなれば次期当主としては致命的だろう」

「四十一歳で妻子なし。この先跡取りが望めないなら当主にはなれないでしょうね」


「レイヤ様、これで終わりになさるのですか?」


「ルラハ、ヤツを捕らえて生き残った女性たちに石打ちさせるのも一つの案なんだが、俺はそれよりももっと絶望を味わわせてやりたいと思ってる」

「「……?」」


「人間、性欲がなくなれば楽しみは食うことくらいしかなくなるだろ」


 ギャンブルなんかもあるかも知れないが、気力が落ちていれば楽しめる要素は少ないと考えられる。


「まさか、食べられなくするのですか?」

「いや、それだとすぐに死んでしまうじゃないか」


「では何を……?」

「味覚だよ。味覚を奪うんだ」


 中尉のあの体型だ。食べることしか楽しみがなくなれば肥満は加速するだろう。そうなれば健康が害され早死にするのは想像に難くない。だが――


「余生を楽しませてやる必要はない」


「味覚……私たちにはないものですね」

「成分は分かりますので、レイヤ様が何を美味しいと感じるかは分かりますが」


 ドールは共に食事を摂ることも出来るし、作ってくれる料理は美味い。しかし彼女たちは本来食事を必要とせず、当然味覚もないのである。


「食い物の味を感じなくなれば食欲も薄れる。むしろあの中尉の体からすれば健康的にはいいかも知れないが、逆に痩せ衰えて絶望しながら死んでいくのも悪くないかと思ってさ」

「確実ではありませんね」


「まあな。しかし絶望するのは間違いないだろ」

「殺されたり酷い目に遭わされた女性たちのことを思えば温いような気もしますが」


「確かに。だが責める相手が誰もいないということも重要なんだ」


 例えば女性たちに秘密裏に石打ちの機会を与えて復讐させたとしても、いつか何かの拍子に軍や警察に知られれば取り返しのつかないことになる。対して手を下した者がいなければ彼女たちが捕まることもないのだ。


 それでもまだピンピンしているようなら視力を奪えばいい。五体満足に生きてきた者は、四肢を失うより目が見えなくなる方が嫌だと聞いたことがある。言われてみれば腕や足を失うのも困るが、視力を奪われるのは本当に勘弁してほしい。


 もっとももし俺がそんなことになっても、宇宙船ハラルドハラルに戻ればすぐに再生することが出来るが。


「決行はいつになさいます? 大格闘技大会の当日にしますか?」

「いや、それだと村が疑われる可能性がある。大会の三日前くらいでいいだろう」


 大会当日は選手を鼓舞する意味も含めて、ハラルとルラハが手料理を振る舞うことになっている。その日に変調をきたせば、料理に何か仕組んだと疑われないとも限らないからだ。


 加えて彼女たちが作った美味い料理を味わわせてやる必要もないだろう。

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