第六話

「レイヤ君、済まない。大変なことになった」


 大格闘技大会を十日後に控えた肌寒い日に、村長の重田しげた恒夫つねおと役場の事務員山岸やまぎし琴美ことみが、俺たちの新居を訪ねてきた。と思ったら二人して目の前でいきなり土下座を始めたのである。


「村長、琴美もまずは頭を上げて。いきなりそんなことをされても意味が分からないですから」

「いや、そうじゃったな」


 村長の話はこうだ。大日本帝国陸軍中尉の佐伯さえき智徳とものりが大会に参加するという。それだけならどうということはないが、どうもこの中尉は無類の女好きとして知られているらしい。


 そして軍人至上主義で、一般市民を平気で銃で撃つろくでもない男なのだそうだ。


「彼に逆らって実際に殺された人もいるんじゃ」

「それでもお咎めなしなんですか?」


「ああ。佐伯閣下の伯父上が陸軍中将でな」

「揉み消されると……」


「噂では最近、伯父の中将閣下も困っているとは聞いたのじゃが真相は分からん」

「でも別に大会に参加するくらいなら問題ないと思いますけど?」


「大ありじゃ。目的はハラルさんとルラハさんなのじゃから」

「そうは言っても俺も彼女たちも格闘技では負けませんよ」


「それが問題なのじゃよ。勝ってしまえば必ず難癖をつけられるからの。最悪は連行されて……」

「帰ってこられないかも知れない、と」


 琴美によるとすでに協賛金の名目で金が振り込まれており、大会を中止にすることも出来ないという。俺たち三人の棄権も許されないそうだ。


「中尉はどこからこの話を聞きつけたんでしょうね」


「私のせいなの。催しは軍に届け出なければならないんだけど、タイトルを"美人姉妹の愛を勝ち取れ! チキチキ大格闘技大会"なんてのにしちゃったもんだから」


「なんだそりゃ! それで中尉殿の目に留まっちまったってわけか」

「本当に……ごめんなさいぃ」


 涙目になりながら再び彼女は土下座した。


「レイヤ君、佐伯閣下の前では敬称は様か閣下のみにせんといかん」

「面倒臭い軍人ですねえ」


「とにかく言葉には気をつけた方がええ。特にレイヤ君は今回目をつけられていると思うからの」

「分かりました、気をつけます。とは言えいちいちそんなので参加してたらキリがないでしょう。ハラルとルラハに会ったこともないはずですし」


「戸籍か何かで確認したんじゃろ。土地を登記する際に提出したはずじゃ」


 確かにハラルが登記で戸籍が必要だったので作ったと言っていた。写真入りと聞いたが、まさか軍のリソースを使って調べたわけじゃないだろうな。


 村長と琴美が帰ってから、俺はハラルとルラハの三人で対策を練ることにした。


「事故に見せかけて殺しましょう」

 とはハラル。


「犯罪をでっち上げて犯人にしちゃいましょう」

 とはルラハ。


 いや、ルラハも中身はハラルなんだからどっちもハラルの意見と言えばそれまでなのだが、選択肢は中尉の排除以外にないらしい。


「善良な市民を苦しめてきたんですから相応の報いを受けるべきです」

「しかし実際に見たわけじゃないからさ。もし聞いたことが事実なら懲らしめてやりたいとは思うけど、命まで奪うのは後味が悪いよ」


「レイヤ様のその優しさは魅力ですが、偵察型ドローンからの情報では村長たちの話はほぼ事実ですよ」

「そうなのか?」


 ハラルから脳内チップに送られてきた情報は酷いものだった。視察という名の女漁りで訪れた村で走り出した小さな子供にぶつかられ、ひたすら謝る母親ごと銃剣で突き殺した映像記録があった。


 さらにその光景を目の当たりにして泣き叫ぶ父親を捕らえて銃殺。震え上がった村人たちが何も言えないでいると、若い女性を数人連れ去ったのである。その中には間もなく結婚を控えた者もいたようだ。


 彼女たちは逃げ出したり自殺したりすれば村を焼き払うと脅され、逆らうことも出来ずに今も辛い日々を送っていた。


「この記録はほんの一部に過ぎません」

「うん、死んでもらおう」

「あっさり気が変わりましたね」


「まあ、直接手を下すのは簡単だが、それよりも長期間苦痛や絶望を味わわせてやりたいよな」

「確かに」


「出来れば先に女性たちを助けたい」

「捕らえられているのは十数名です」


「ん? やり口を聞く限りではずい分少ないように思うんだけど」

「飽きたり気に入らなかったりしたらガス室に送られるんです」


「ガス室? ガス……まさか!?」

「毒ガスです」


「ハラル、楽に死なせてやる必要はない」

「私もそう思います」


「何かいい考えはあるか?」

「ではこういうのはいかがでしょう」


 ハラルが提案してきたのは中尉を捕らえ、被害者の女性たちに石打ちさせるという内容だった。なるほど、それなら簡単に死ねないし苦痛と恐怖も与えられそうである。


「しかし全員が参加するわけでもないだろうし、死んでしまえば終わりだよな」


 俺としてはもっと長期間絶望に苛まれてほしいと思う。


「そうだ、こういうのはどうだ?」



◆◇◆◇



 レイヤたちが佐伯中尉の処遇を決めたのは大格闘技大会開催の一週間だった。その日の夜、キャミソールのみを身につけた若い女性を前後から挟むようにして、二人の兵士が重厚な扉の前で立ち止まった。


「佐伯閣下、ご指名の女を連れて参りました」

「…………」


「閣下? いらっしゃらないということはないよな?」

「さっきまでいらっしゃったぞ」


「女、ここで待て」

「はい……」


「閣下、安全確認のため入らせて頂きます!」


 蝶番が軋む音すらなく扉が開かれる。その先には胸とだらしなく出た腹、脛に清潔とは思えない毛を生やした男が、パンツ一丁で仰向けに倒れていた。


「閣下? 閣下!?」


 駆け寄った兵士が男を揺すると、全身の脂肪が波打つ。その口から聞こえたのは――


「いびき?」


 無呼吸症候群のように時折途切れたりしているが、それは紛れもなくいびきだった。ただし揺すっても起きないのは危険である。兵士は二手に分かれて一人は女を牢に戻し、もう一人は医師を呼びに向かった。


 むろんその部屋に光学迷彩で姿を隠す、中尉に麻酔薬と共にある薬を嗅がせた直径五センチほどの球体、偵察型ドローンがいたことに気づく者はいなかった。

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