【4】未来が視える
「《生真面目な突風》」
両手を重ね合わせ、イクスへと標準を合わせる。
すると、ルブレアの手の平を中心に空気が集束し、一直線に放出される。それは突風へと変貌し、更には槍へと姿を模す。
「ッ、なるほどなるほど、伊達に二枚目魔法使いを名乗ってはいませんね」
前回の試練では、エドリアードが炎の矢を生み出し、それを解き放っていた。
だが今回は異なる。ルブレアが作り上げた風魔法は、エドリアードの火魔法を遥かに凌駕する威力を持ち合わせていた。技術面でも、そして魔力の高さにしても、同様のことが言える。
「避けるだけでは、僕を倒すことはできないよ、イクスくん?」
右へ左へ、重ねた手の平を動かす。
それに連動するかの如く、風の槍はうねりを伴い、攻撃を続けていく。
「ふむ、確かにこのままでは埒があきませんね。ではこちらも応戦させていただきましょう」
そう言って、イクスは右手を横に振り、ゆっくりと引き抜く。
何もない空間から真っ黒な粒子が迸り、紳士淑女の目を一瞬にして虜とする。これが、エドリアードの首を落とした黒剣だ。
前回は、初めから持っていた。しかしながら、今回は何らかの魔法を扱うことで、得物を取り出してみせる。その姿に観客達は驚き、そして興奮する。
「さあて、これでどうですかね」
逃げ回るのを止めたイクスは、黒剣を盾に迎え撃つ。
剣身に突き当り、風の槍が威力を失う。黒剣が、ルブレアの風魔法を吸収しているかのように見えるのは気のせいではない。
「……ふむ、魔石かな」
「御明察通りです」
ルブレアの問いに、イクスが肯定する。
黒剣には魔石が付与されており、魔法に対抗可能となっていた。
「いい武器を持っているけど、油断は禁物さ」
けれども、そう簡単には驚かない。ルブレアには、魔法使いとしての腕が備わっている。予め予想していた通りの結果になっただけのこと、と笑みを浮かべる。
「――おっ、おおうっ」
重ね合わせた手を離すことで、《生真面目な突風》を左右両方の手から発動する。
これにより、二つの槍と化した風魔法が、イクス目掛けて襲い掛かることになった。
「ほらほら、結局はまた逃げる戦法に逆戻りさ。メルゼベルクの試練の案内人が聞いて呆れてしまうじゃないか」
接近戦に持ち込まれないように、中距離型の風魔法を巧みに扱う。
全く同じ風魔法とはいえ、二つ同時に扱うのは、相当な技術を必要とする。それを、ルブレアはいとも容易く実現していた。
「――では、《鬼や天狗の隠れ蓑》は如何ですかね?」
黒剣一つでは防御し切れなくなったイクスは、遂に呪文を口にする。
これまでよりも少し長めの呪文を唱え、土と風の混合魔法を完成させた。
「へえ、随分と面白そうな魔法じゃないか」
イクスは《鬼や天狗の隠れ蓑》と言う名の混合魔法を発動した。それは術者の壁の役割を担う異形を具現化するものだ。
地の鬼と、空の天狗、見たことのない異形が一瞬にして姿を現し、塔内には悲鳴が上がった。
魔族が紛れ込んだのか、と勘違いしているのだろう。
「ルブレア氏、貴方はヒノモトと言う大陸を御存じですか? 昔々、ヒルシュベルクでは全く歯が立たないほどの技術力を要した大陸の名でございます。その大陸に存在したと言われる異形の者が、彼等なのです」
憤怒の形相の鬼が塔内を怒号で包み込む。更には、長い鼻を天高く突き伸ばす天狗が、術者に言われずとも舞台上を旋回し、標的を定める。
「自らの意志を持つのか、興味深いね」
余裕の表情を崩さないのは、ルブレアだ。自身が扱う《生真面目な突風》が異形の者の手によって防がれたことを視認し、これ以上は無駄な行為であることを理解する。
「……それなら、次はもう少しだけ強い風を贈ってあげよう」
重量級の巨体を捻らせながら突進する鬼を前に、ルブレアは唇を動かす。呪文を唱え間違えることは、決して有り得ない行為だ。
「ああ、きみは観客席へ吹き飛ばされるといい。――《破れ風の仕返し》発動ッ」
右手の指先から腕に掛けて、刃を模した風が具現化を始める。ルブレアは、右手を軽く前へと振った。ただそれだけで、鬼をも追い返す強烈な風を繰り出す。
「さあ、鬼退治は終わりだ。次は天狗の鼻に狙いを定めようかな?」
風の刃を一身に受けた鬼は、遥か後方へと吹き飛び、観客席に衝突する。鬼の背中に潰された紳士淑女は、無事に済むのか。眼前で繰り広げられた凄まじい光景に、エールは唾を呑む。
「ぼさっとしている暇はないよ、イクスくん?」
再度、ルブレアは《生真面目な突風》を発動する。両方の手の平から風の槍が生み出され、一方はイクスに向けて襲い掛かり、もう一方は天狗へと牙を向ける。
「天狗、空から迎え撃て」
指示を出すと、天狗はイクスの命に従う。
黒剣を盾に《生真面目な突風》を受け止めたまま、イクスは一気に距離を詰めていく。
「イクスくん、きみが持つ魔法の欠片も欲しくなってきたよ」
空を舞う天狗に視線を向けながら、ルブレアは目を輝かせる。
両手は《生真面目な突風》によって塞がっているので、距離が詰まると首を獲られるかもしれない。しかしながら、ルブレアが何の対策も持たないはずもない。
「だけど、今は要らないなあ」
ぽつりと、呟く。
それからすぐに唇を掠らせた。
「《一時的な洗脳術》――対象者は、あれだね」
新たな魔法を扱う為に、ルブレアは呪文を唱える。視界の中に天狗の姿を映し込み、二度の瞬きをしてみせると、徐々にではあるが、天狗の瞳が虚ろになっていく。
「ほほう、洗脳型も扱えるんですねえ? となると、それを扱い裏で随分とあくどいことを続けていたんじゃないですか?」
空中で構えを解く天狗を見やり、イクスは嬉しげに話し掛ける。
ルブレアが発動したのは、対象の存在に瞬きを二度繰り返すことで、数秒間に限り、動きを封じ込める風魔法だ。
「イクスくん、きみは何を言っているんだい? 僕が此処にいるのは、これまでに数え切れないほどの罪を犯してきたからに決まっているじゃないか」
もはや、隠すことはない。それは愚問でしかなかった。
「鬼と同じように天狗も姿を消すといい。ほらっ」
鬼退治した時と同様に、ルブレアは《破れ風の仕返し》を発動する。上空に浮かんだまま身動きが取れなくなった天狗は、成す術も無く攻撃を許す。
「ふうむ、天狗もやられてしまいましたか。……いやはや、さすがは二枚目魔法使いとして売れるだけのことはございますね」
何があろうとも、隙を見せることはない。鬼と天狗が返り討ちに遭い、自身を守る盾を失くしたとしても、メルゼベルクの案内人は、笑みを絶やさないのだ。
「……ですが、御存じですか? 私が何故、メルゼベルクの試練の案内人に抜擢されたのか」
「何が言いたいんだい?」
時間稼ぎをしている風ではない。そんなことをしたとしても、呪文を唱えなければ意味がないのだから、ルブレアは余裕を持って言葉を返す。
だが、何かがおかしい。
ラルコスフィアの塔内で、その異変に気付いた者は、術者を除いて誰もいない。
「メルゼベルクの試練の案内人の前任者、ユベイン=イルギレイ氏は、御客様との一騎打ちに敗れ去り、任を解かれることとなりました。しかしながら幸い中の不幸という、おかしな言葉を用いれば、その時の御客様は唯一の例外であり、罪人ではございませんでした。……それが誰なのか、塔内に集う紳士淑女の皆様方であれば、容易に想像することができますよね?」
メルゼベルクの試練に招待される者の中には、例外的に罪人ではない者も存在する。そのほとんどが、アヴェッツェの計らいによるものだ。
そして、それが意味することは、ただ一つ。
「……はい。私、イクス=フラクトゥールのことでございますとも」
イクスは、自身が持つ魔法の欠片の強さを認められた。新たな案内人としての地位を確立することができるか否か試す為に、アヴェッツェに招待されたのだ。
「……ユベインくんは、ヒルシュベルクにおいても五指に入るほどの腕を持っていた、と記憶しているよ。しかし奇妙なことに、きみとの戦いでは、彼はその力を存分に発揮することができなかった。それは何故かな、イクスくん?」
言葉に、言葉で返す。
言われるがままで終わらずに、ルブレアは会話を成り立たせる。
「僕の予想を言わせてもらうとだね、あれは完璧な出来レースだ。きみ程度の腕の魔法使いは、掃いて捨てるほどに存在する。その事実を、きみは自覚しなくてはならない。そう、この僕に敗れることによってね……」
眉を潜め、明らかに挑発とも取れる言葉を紡ぐ。けれどもイクスは、その通りです、と満面の笑みで頷くばかりだ。
「私程度の魔法使いは、ヒルシュベルクには星の数ほど存在いたします。ですがもう一つだけ付け加えさせていただけるのであれば、私のように稀有な魔法を扱う魔法使いは、それこそ数えるほどにしか存在いたしません。その意味が、貴方には理解できますか、ルブレア氏?」
挑発に乗ったイクスは、不用心にもルブレアの許へと歩み出す。
それを見て、ルブレアは唇を震わせた。
「――《我が身の変わり身》」
少し長めの呪文を唱え、袖の下に隠しておいた小袋から、土を舞台上にばらまく。すると、ルブレアと同じ姿形をした土人形が、土魔法によって生み出された。
「なるほど、それがあの時の分身でしたか」
黒剣を突き刺したはずが、感触を得ることが適わなかった存在が、イクスの前に生み出され、立ちはだかる。土でできているが、風魔法と掛け合わせることで、ただの土人形よりも一段階上の分身を作り上げていたのだ。
土魔法と風魔法の混合魔法は、イクスが扱う《鬼や天狗の隠れ蓑》と同種だ。しかしながら、その根底は明らかに異なり、ルブレアの《我が身の変わり身》は、魔石によって生み出される魔法画面のように、姿形がおぼろげであった。
「きみは浅はかな存在だね。そんなにも地位と名誉が欲しいのかい?」
ルブレアから指示を出された分身は、イクスへと両手を向ける。同時に、ルブレア自身も同じ構えを取り、新たな呪文を唱え始めた。
「四つから成る風の槍に、串刺しとなるがいい」
二回分の呪文を唱え終えると、その中の一つ分が、分身の体へと移された。分身自体が魔法を扱うことはできないが、ルブレア本人が唱えた魔法を分身に扱わせることは、不可能ではない。それ故、今度は四つの槍がイクスへと牙を剥く。
この攻撃を避けることは、常人には不可能と言えよう。だが、
「――残念です」
一直線に伸ばし、四つの槍で攻撃を仕掛けたルブレアではあったが、イクスの体に直撃することはおろか、掠りもしなかった。フラフラと無防備に歩き、距離を詰めるイクスに、攻撃が一度も当たらないのだ。
「ッ、……な、なんだ? 何なんだ……ッ!?」
手の動きを変えることで、軌道を読み難くしているのだが、四つの槍は一向に当たらない。
そして、徐々にではあるが、イクスとルブレアの距離が縮まっていく。
「言い忘れましたが私、貴方の未来が視えるんです」
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