【3】四択問題

「六日前、ラルコスフィアの城下町に軒を連ねる魔法の欠片の専門店が、欠片泥棒達の襲撃に遭ったのは皆様方も御存じかと思われます。まあ、第一の試練で話した通りの内容でございますから、当然ですね。……では、第二の試練の内容を御伝えいたしましょう。二桁にも上る魔法の欠片が奪われてしまい、現在進行形で実行犯を捜索中ではございますが、さてその時、店内にいなかった人物を、次の中から一名、選択してください」


 どんな状況であったとしても笑みを絶やさないルブレアは、巨大な魔法画面に映し出されたものに目を向け、言葉を失う。


 一、ヒルシュベルクで最も偉大な魔法使い――アヴェッツェ=エフツェット。


 二、メルゼベルクの試練の案内人――イクス=フラクトゥール。


 三、ヒルシュベルク一の魔法使いを目指す無謀で貧乏な魔法使い――エール=ウムラウト。


 四、今話題の二枚目魔法使い――ルブレア=アイレースト。


「あのバカッ、なんでぼくが選択肢の中に入ってるんだ!」


 それもただの貧乏な魔法使いではなく、《無謀な》と付け加えられていた。


「お主、貧乏で無謀な魔法使いじゃったか」

「違うからっ、貧乏だけど無謀じゃないから!」


 ナアが笑い、エールは必死になって否定する。

 だが、エールの悪態がイクスの耳に届くことはない。


「……これが、第二の試練の選択肢なのかい?」

「その通りでございます。……はて、何かお困りの点でも?」


 とぼけた表情を作り上げ、イクスは逆に問い掛ける。その姿に、これ以上は何を言っても無駄であることを悟り、ルブレアはゆっくりと目を閉じる。


 塔内に集う観客の中で、答えを知っている者は一人しかいない。あの時、イクスと共に店内へと乗り込んだ貧乏で無謀な魔法使いだけだ。


 エールは、自分の目で見たものを憶えている。忘れるはずもない。

 だからこそ、第二の試練の答えに気が付いた。


「……きみ達は、本当に……僕への配慮が足りないな」


 ふう、と息づく。

 ルブレアは、堪忍したかのような態度を取った。

 わざと間違うことも可能だが、アヴェッツェを敵に回して、逃げ切れるわけがない。故に、堂々と、そして正直に、答えを言う必要があった。


「一、それが答えだよ」

「正解いいいっ!」


 間髪入れず、イクスが口を開く。

 初めから正解することを知っていたかのような素振りだ。


「いやー、お見事ッ、これで貴方は二つ目の試練を乗り越えることができました! 残す試練はあと一つ、準備はよろしいですか?」


 答えを知ったことで、豚野郎共がざわつき始めた。欠片泥棒に魔法の欠片を盗まれた時、店内にルブレアがいたことになるのだから、それも当然だ。しかしながら全く気にすることもなく、イクスは試練の進行役をこなす。


「では、第三の試練の内容を御伝えいたします! 欠片泥棒の襲撃に遭い、店仕舞いしなければならなくなった魔法の欠片の専門店ではございますが、では実際に魔法の欠片を盗み出し、私の手を掻い潜り、まんまと逃げ遂せた魔法使いは、何方でしょうか?」


 一、ヒルシュベルクで最も偉大な魔法使い――アヴェッツェ=エフツェット。


 二、メルゼベルクの試練の案内人――イクス=フラクトゥール。


 三、ヒルシュベルク一の魔法使いを目指す貧乏で間抜けな青年――エール=ウムラウト。


 四、今話題の二枚目魔法使い――ルブレア=アイレースト。


 再度、四択問題を読み上げる。

 魔法画面に映された文字を見て、ルブレアは下唇を噛んだ。


「あのバカ、試練が終わったら絶対にぶっ飛ばしてやる……」


 怒りを増幅させるのは、エールだ。

 第二の試練だけでなく、第三の試練においても、エールは自分の名前を利用されてしまい、顔が真っ赤になっていた。


 けれども、塔内にはもう一人、心落ち着かない者がいる。


「……アヴェッツェの力の噂は、真実だったんだね」


 ルブレアが、案内人に問い訊ねる。しかし何も答えない。答える必要がないのだ。


「仕方がないな、此処で僕が悪者になったとしても、それはそれで一つの運命なのかもしれないし、そうなればまた興味深い反応を得ることができるだろう……」


 それもまた一興、と言い、ルブレアは観客席へと目を向けた。

 紳士は除くが、淑女の反応がどのように変化するのか。想像するだけで、ルブレアはぞくぞくする。そして、そんな淑女達を《魅惑心》で再び虜にすることができるのだ。


 これほどまでに喜劇と呼ぶに相応しい催し物には、未だかつて巡り合ったことはない。自身が、その中心人物となるのだ。


 だからだろうか、ルブレアの心は揺れない。既に固まっていた。


「答えは四番、……僕だよ」


 塔内に木霊する感性が、戸惑いへと変化する。それは、二枚目魔法使いとして目下売出し中のルブレア=アイレーストが、罪を認めたことに対するものだ。此処にいる誰もが目を疑う事実に、イクスとルブレアのみが、平常心を持ち続けていた。


「お見事おおおおおおおおおおっ!!」


 静まり返った塔内に、イクスの声が響く。と同時に、怒声と悲鳴が交わり始めた。


「今話題の二枚目魔法使いのルブレア氏は、ななななんと! 欠片泥棒の実行犯だったんですね! いやはや驚きました、まさかまさかの真実に私、目ん玉が飛び出ちゃいそうです!」


 からからと笑いながら、惜しみない拍手を送る。

 それを受け、ルブレアは口元を緩めた。


「これで満足かい、イクス=フラクトゥールくん?」


 ルブレアは、自らが犯した罪を認めた。

 だがしかし、魔法の欠片を手に入れる為ならば、罪を認めようが何ら問題はない。既に三つの試練を乗り越えているので、これまでに積み重ねてきた罪が問われることはない。更には、メルゼベルクの試練の案内人を倒すことができれば、アヴェッツェが収集した魔法の欠片の中から《魅惑心》を手中に収めることができる。

 後戻りなど、する必要が無かった。


「ええ、ええ、とんでもなく満足ですとも! 貴方のように表面上だけを取り繕った人を見ていると、虫唾が走りますからね! 二枚目魔法使い、罪を認める! これはもう、明日の見出しは貴方の負け犬顔で埋め尽くされること間違い無しですね!」


 心底嬉しそうに、イクスが笑う。

 その表情を瞳に映し、ルブレアは思わず苦笑する。


「く、……くふっ」


 それは違う、と首を振る。

 すっくと立ち上がり、ルブレアはイクスと向かい合った。


「きみが、載るんだ。二枚目魔法使いに、コテンパンにやられてしまった無様な案内人、という見出しでね」


 首の骨を鳴らし、両肩を回す。

 更なる試練への準備運動を始めたのだ。


「イクス=フラクトゥール、きみを倒すことができれば、僕は《魅惑心》を手に入れることができる。もし、そうなれば、この世に生を受ける全ての女性の心を掴むことだって夢ではなくなるのさ」

「そんなものを使わなければ女性の心を掴むことができないような二枚目なんて、この世に存在する価値がない。……そう御思いになりませんか、豚野郎共? ではでは、一応これも形式となっております故に、御説明いたしましょう! ルブレア=アイレースト氏、貴方は更なる試練にて、私ことイクス=フラクトゥールとの決闘に勝利を収めた際、望む魔法の欠片を一つだけ手に入れることができます。それは《魅惑心》でお間違いありませんか?」

「ああ、間違いないさ。だから早く始めようじゃないか」


 ルブレアは、既に準備万端だ。

 それでは、と口にして、イクスは協力者に合図を送る。すると、舞台裏から数名の協力者が姿を見せ、舞台上を片づけていく。遂に、案内人と罪人の決闘が始まるのだ。

 塔内の興奮が高まるのが、エールには手に取るように分かった。


「メルゼベルクの試練の案内人を倒すことは不可能ではない。現に、きみの前任者は更なる試練で敗北を喫したのだからね。……きみも同じく」

「御託は並べなくても結構ですので、さっさと始めちゃいましょう!」


 左手を前に、ルブレアに手招きした。


「ふん、すぐに終わらせよう」


 一拍、息を吐く。それから一瞬のうちに唇を掠らせ、ルブレアは呪文を唱えた。

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