【2】仮面の女性

「第一の試練では、ルブレア氏が魔法使いとしてどの程度優れているのかについて、検証させていただきたいと思っております」


 左の指を鳴らし、協力者を呼び寄せる。

 舞台裏から姿を見せる二名の協力者は、第一の試練で扱う小道具――否、人間を引き連れてきた。両手を腰に縛られた人物は、仮面を付けているので表情を覗くことはできない。しかし、服装や体格等から、その人物画女性であることは、容易に推理可能だ。


 そしてもう一つ、エールは目を凝らした。


「……きみ、レディーの扱いが酷過ぎるのではないかな」


 眉間に皺を寄せたまま、ルブレアが口を開く。だが、心なしか勢いが無くなったように思えるのは、恐らく気のせいではない。


「そうですか? ……うーん。でもなー、この女性は罪人なんですよね」


 女性の許へ近づいた後、イクスは仮面に手を触れる。肩を震わせ反応を示す女性は、助けを求めて、仮面の下の瞳をルブレアへと向けた。


「今から六日前、ラルコスフィアの城下町で魔法の欠片の専門店が、何者かの手によって襲撃されたのは御存じですか?」

「いや、……知らないな」

「ふーん、へえー、まあ別に構いませんけども、実は私、あの時あの時間あの場所にいたんですよね。で、あろうことか欠片泥棒と対峙して、捕まえてやろうだなんて正義感丸出しの行動に出てみたんですよ。……でも、残念ながら取り逃がしちゃったんですけどね」


 小首を傾げ、自身の失敗を笑いの種に変えていく。

 それが、ルブレアの心に焦りを生み出していた。


「しかしながら私、こう見えてもメルゼベルクの試練の案内人を仕っております。欠片泥棒は、実行犯の他に、もう一人存在することに気付いた私は、協力者の総力を結集し、見事にその人物を捕まえることに成功いたしました! それが、この仮面を身に付けた女性です!」


 その言葉を聞いて、エールは仮面を付けた女性の姿を確認する。確かに、その仮面には見覚えがあった。あの時、欠片泥棒が身に着けていたものと全く同じ形状の物だ。


「第一の試練の内容ですが、この女性……欠片泥棒の片割れを、十秒以内で縛り上げてください! 勿論、縄は御用意いたしておりません。ルブレア氏が扱う魔法で、完璧に縛り上げていただきたいのです! ……当然、できますよね?」


 できないわけがない、と言いたげな口調で、イクスは問い掛ける。それがまた塔内に集う観客達に対する演技として、影響を及ぼす。


「……女性に手を掛けるのは、僕の美学に反する行為だ」


 深い溜息を吐く。

 ルブレアは、両手で目を覆った。


「おや、ということはつまり、試練を乗り越えられないということですかね?」


 イクスの問いに、ルブレは首を横に振る。

 既に、現実から目を背けたくなっているのかもしれない。だが、メルゼベルクの試練の舞台に一度でも上がってしまえば、取り返しなどつくはずがない。後戻りはできないのだ。


「でもね、僕は此処に来てくれた美しい女性の方々を平等に満足させる為に、第一の試練を乗り越えることを宣言するよ」


 傷を付けることはない。ただ、縛り上げるだけでいい。

 それを知っているから、そして可能とするから、ルブレアは承諾する。


「恰好付けるのは済みましたか? それでは今話題の二枚目豚使い……ではなくて、二枚目魔法使いのルブレア氏による、第一の試練を開始いたします!」


 手を上げて、イクスが合図を送る。

 と同時に、仮面を付けた女性が、ルブレアの前に押し出された。


「いつも通りだ、痛みは感じない」


 歩み寄り、イクスの耳に届かないほどの小声で呟く。

 優しげな言葉を投げ掛けた後、ルブレアは唇を震わせ、呪文を唱えた。


「《抜け縄の罠》――ッ」


 空気の流れと物理法則を自在に捻じ曲げることで、何もない空間に新たな存在を創造する行為は、魔法の欠片を持つ魔法使いであれば、誰もが知ることだ。


 ルブレアは、呪文を唱えることによって、人の目で視認可能な縄を作り出し、体の一部であるかのように、巧みに操っていく。


「優しく、彼女を縛り付けてあげよう」


 にこやかに笑い掛け、仮面を付けた女性を対象に、縄を仕向ける。

 すると、ルブレアによって具現化された縄は、自らの意志を持って動き始め、見る見るうちに女性の体を縛り上げていく。


「これで満足かい?」


 十秒どころか、それは僅か二秒足らずに出来事だ。紳士淑女問わず、塔内は大歓声に包み込まれていく。それを背で受け止め、イクスは口元をニンマリと緩ませた。


「お見事ッ! ルブレア氏は第一の試練を無事に突破することができました! いやはやさすがと言うべきか否か迷いどころではございますけれども、伊達に二枚目魔法使いとして引っ張りだこなだけはありますね! 腕もそこそこ備わっているみたいで一安心です!」


 憎まれ口を叩き、淑女とは名ばかりの豚野郎共の批判を存分に堪能する。

 後に、彼女達の想いが一変するであろうことを想像し、イクスは心の中で罵倒し尽くしていた。勿論、それを知るのはイクス本人のみ。


「御時間も余ってはおりませんので、サクサクと進行させていただきます! あらかじめご了承くださいね! では、これより第二の試練を開始いたします! まずはそちらの席にお座りください」


 仮面の女性は、ルブレアの魔法で縛り上げられた後、協力者に引きずられて舞台裏へと消え去った。その姿に気を取られていたルブレアは、イクスの台詞を耳にすることで我に返り、自身が置かれた立場を再認識する。


「第二の試練の始まりか。……さて、次はどんなことをすればいいのかな」


 あくまでも、平常心で振る舞うつもりだ。

 イクスは、ルブレアの様子を見やり、内心ほくそ笑んだ。

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