【第二章】

【1】二枚目魔法使い

「二枚目魔法使い特集か……バカみたいだ」


 メルゼベルクの試練の案内人を相手に、喧嘩腰の論争を交わした翌朝、エールは大広間で朝食を取っていた。魔法画面に映し出された人物を瞳に捉えつつ、モグモグと肉を咀嚼する。


「魔法使いなんだから、腕で勝負すればいいのに」


 詰まらないものでも見てしまったと言いたげに、エールの瞼が瞳を細く仕上げていく。

 魔法画面には、二枚目魔法使いとして目下売出し中の人物が、優しげな笑顔を振りまきながら手を振っている。


「それとも、魔法使いとしての腕が無いのか?」


 コップに手を付け、喉を潤す。ふう、とエールは一息吐いた。


 ヒルシュベルクには、魔法の欠片を手に入れずとも、魔力の恩恵に与ることができる。それを可能とするのが、《魔石》と呼ばれる物だ。

 魔族の体の中には魔石が存在し、人々は魔石を扱うことで、生活を豊かにすることができる。


 たとえば、エールの視線の先に見える魔法画面は、魔石を利用することで実体化することができている。魔石に含まれる魔力を介することで、実体化しているのだ。


 魔法の欠片と同じく、魔石にも大小様々な形が存在し、大きさによって使用可能な魔力の量が限られており、魔石に含まれた魔力を使い切ってしまうと、新たな魔石が必要となる。


 だが、魔石さえあれば、体の中に魔法の欠片を取り込まずとも、魔法使いの真似事を許される。それ故、魔法の欠片ではなく、魔石集めを目的とした者も少なくない。


 更には、魔石は物体に魔力を付与することができるので、その効果を利用し、武具を強化することも可能だ。


 かつて、魔族の王の首を獲ったアヴェッツェ=エフツェットも、魔石によって強化された武具を身に付けていた。そうすることで、魔法の欠片が無くとも魔法使いの強さを手に入れ、魔族に対抗する力を身に付けることができるからだ。


 但し、先にも言ったように、魔石に含まれる魔力は枯渇する。継続して利用することができないのが欠点だ。


 一方で、魔法の欠片には魔力が含まれない。人の体を媒体とし、呪文を唱えることで、何度でも魔法を扱うことができる。勿論、使い続けることで疲労が蓄積し、回復までに相応の時間を費やすことになるが、魔力の枯渇を恐れる必要はない。それが、魔法の欠片の強みである。


「……というか、この魔法使いの顔、何処かで見たことがあるんだけどな」


 何処だっけ、と小首を傾げる。が、思い出せない。

 その程度の記憶に過ぎなかったのだろう、とエールは切り替える。


「まだ、あいつの方がマシかな」


 最近の女性は、この手の顔の魔法使いに憧れを抱いているようだが、男性には全く持って理解し難い思考だ。エールは、そう考えていた。


 言葉に出てきたあいつとは、言わずもがな。壮絶な口喧嘩を繰り広げた相手である。

 口が悪いのが玉に瑕だが、腕っぷしの強さは文句の付け所がない。それに加え、昨夜の戦いでは、魔法を扱う素振りすら見せなかった。正に、強者の戦い方と言えるだろう。


「それに、まあ……、こいつと比べたら顔もそんなに……」


 モニョモニョと唇を震わせ、目を瞑った。手の甲にキスされたのを思い出す。

 男同士で何を考えているのかと思ったが、相手はメルゼベルクの試練の案内人だ。ひん曲がった性格の持ち主なのだから、正常でいられるはずもない。


 そんなエールの横顔を眺めつつ、イクスは頭を掻いた。


「朝っぱらから不景気そうな面だな」

「――ッ、き、きみっ、……いつの間に?」


 イクスが声を掛けると、エールは椅子から飛び跳ねるかの如く立ち上がる。そして、イクスに対して身構えた。

 随分と敵視されたものだと、イクスは苦笑する。


「二枚目魔法使い特集に文句をぶつける辺りからだな」

「ッ、きみもバカだけどな!」


 顔を真っ赤にさせたエールは、意識を強引に魔法画面へと移し替える。一方のイクスは、口の端を緩めたまま、エールの向かいに腰を落ち着けた。


「後半には否定するが、前半には同感だ」


 そう言って、イクスは箸を掴む。朝食を取るつもりだ。


「顔の善し悪しで魔法使いの腕が変わるわけでもあるまい」


 他人事のように呟くが、イクスとしても気に喰わないのだろう。


「仮に、こいつがメルゼベルクの試練に招待されたならば、自信に満ちた鼻っ面をへし折ってやることを約束してやろう」

「ふうん、それは楽しみだ。……でも、この人は罪人じゃないだろ」


 肩を竦め、魔法画面に映る魔法使いへと視線を向ける。

 エール自身、実際にそうなれば面白いかもしれないとは考えてみたが、しかしながら二枚目魔法使いは罪人ではない。イクスと戦うことはないだろう。


「さて、それはどうだか」


 相も変わらず、二枚目で名を売る魔法使いは、同じ表情で手を振り続けていた。エールにしてみれば、それはまるで馬鹿にされているかのように思えてならない。同じく、イクスの態度にも苛々していたエールだが、不思議と同種のものではないと感じてもいた。


「オレには、今の素の顔とは別に、案内人としての使命を果たす仮面の顔が存在する。同様に、こいつにも二つの顔が存在したとしても、何らおかしくはないな」


 勿論、お前にも二つの顔があるかもしれない、と付け加えるのを忘れない。

 目線を上げ、エールは思案顔を作り出す。自分にも裏の顔があるのだろうか、と。


「ああ、それともう一つ」


 まだ、何か言い忘れていたことがあったのだろう。イクスは話を続ける。

 エールは、向かいの席に座り料理を口に運ぶ金持ちな魔法使いの顔を見た。


「オレとしても、お前の顔はそんなに悪くない」

「……なんだって?」


 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。だが、すぐに目が覚める。


「は!?」


 真顔で呟いたからこそ、エールは頬を朱に染める。

 そう言えば、イクスは先ほどの独り言を全て聞いていた。エールは、そのことをすっかりと忘れていたのだ。二枚目魔法使いよりも、イクスの方がマシであること、顔も悪くないと考えたこと、それが口に出ていた。


「特に言えば、……目は、見ていて飽きが来ない」


 そう言いながら、イクスはエールの瞳を見つめる。


 別段、エールは万人受けする容姿の持ち主ではないが、長い睫で自然な化粧を施す大きな瞳には、見る者全てを吸い込むかのような熱を感じ取ることができる。


 猪突猛進なのか、それとも単に後先を考えない性格が原因であるかは不明だが、それは瞳の中で意志を持ち、正義の名の許に、常に語り掛けようと挑み続けているようにも思える。


 それが、イクスが見たエールへの印象だった。しかしながら、エールは男だ。


「そ、そんなこと、面と向かって言うだなんて……きみは恥ずかしくないのか!」

「むしろお前の方が恥ずかしがってないか」


 図星だった。

 言われるや否や、エールは下を向く。その仕草をどのように受け取ったのか、イクスは席を立ち、エールの横に並んで視線をぶつける。


「冗談だ、真に受けるな」


 それだけ言い捨て、イクスは再び席に戻る。そして、食事を再開してしまった。

 肩透かしを感じたのは、エールだ。


「……き、きみ、冗談って……」


 わなわなと肩を震わせるエールは、手に握った箸を今にも真っ二つにしそうだ。

 少しばかしの期待を抱かせておきながら、どん底に突き落とす言動に、はらわたが煮えくり返りつつあった。


「なんだ、嬉しかったのか」


 そんなこととも露知らず、イクスは何となしに問い掛ける。

 この男には、羞恥心が欠けているに違いない。と、エールは心中決め付けた。


「このっ、……バカが!」


 足を踏み、反撃を試みる。

 眉根を潜め、イクスは痛みに顔を歪めた。


「……お前、暴力的だな。女にモテないだろ」

「きみが悪いんじゃないか!」


 左右へ頭を振り、思考をぐちゃぐちゃに掻き混ぜる。そうでもしなければ、気持ちが落ち着きそうにない。だが、エールの考えを嘲笑うかの如く、イクスが追撃を仕掛けた。


「……ああ、もしかして経験がな――」

「――死ねッ!!」


 テーブルの下で足を踏み付けたかと思えば、今度は箸を握り締めたまま、イクスの顔面を殴り付ける。しかしながら拳は空を切り、エールはテーブル上に並べられた料理を下敷きに、倒れ込んでしまった。


「まだ、食事中なんだがな」


 第一に、料理の心配をするところが、エールの怒りを増長させる。

 それは、一瞬ではあったが、恥ずかしさの限界値を振り切ってしまった。


「童貞で何が悪いっ!」


 勢いよく起き上がり、顔面に料理をくっ付けたまま、真っ赤に染まったエールは、羞恥に身を隠すこともなく、堂々と宣言してみせる。

 婚約者はいたけど、婚前交渉など以ての外だ。故に経験は無かった。


 イクスとエールの応酬を見物していた大広間の泊り客はエールに視線を向けていた。


「きみは顔も良いし口が上手いからモテるのかもしれないさ! だからぼくのような人間の気持ちなど分かるはずもない!」


 こうなってしまっては、もはや口が止まらない。言いたいことを全て吐き出してしまいたくなったのか、エールには周りが見えていなかった。


「告白か」

「愚痴だよ!」


 そこまで言い切った後、エールは再び拳を握り締める。

 だが、その拳を解き放つ前に、二人の喧嘩は終わりを迎えた。

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