【7】公開処刑

「死ねえっ、糞野郎が!」


 エドリアードは、この時を今か今かと待ち侘びていた。

 鐘の音を耳にした直後、何もない空間から一瞬にして炎の矢を作り出し、間髪入れずにイクスへと解き放つ。


「おぉっと、危ない危ない。もっとよく見て攻撃しましょうね、そんな攻撃の仕方では、いつまで経っても命中しませんよ?」


 くるりと体を反転し、軽やかに立ち位置を移動する。それに伴い、標的を失った炎の矢は、一直線に観客席へと向かう。


「そんな、なんてことを……ッ」


 悲鳴が、塔内に鳴り渡る。観客の一部が、エドリアードが放つ魔法の餌食となったのだ。


 エールは、全身を火に包まれた人の姿を瞳に映し込み、息を呑む。協力者であろう人物が観客席へと駆け寄り、魔法による治療を施し始めるが、すぐには回復しそうにない。


 こんなにも危ない目に遭うというのに、すぐ隣に座る人々の意識は、舞台の上へと釘付けになっていた。


「ちっ、どうせ死ぬんだから避けんじゃねえっ」


 両腰に差したククリナイフを二つ同時に引き抜き、エドリアードは一気に距離を詰める。

 その姿をのんびりと眺めたまま、イクスは独り言を口にした。


「無駄無駄、御得意の魔法は自動追尾型じゃないんだろう? だとしたら、今後一切オレには当たらないさ」


 誰に向けた言葉か、それは言わずとも分かることだ。

 しかしながら、その言葉を耳にすることができた者は、一人もいない。猛然と駆けるエドリアードの気迫に誰もが目を奪われてしまい、イクスの声に耳を傾ける余裕などなかった。


「はいっ、残念でした」


 距離を詰めて飛び上がり、エドリアードは宙から両腕を振り下ろす。

 けれども、イクスには相手の動きが文字通りに視えていた。


「……ぐううっ、てめえ!」


 鋼と鋼が擦れ合い、周囲に不快な旋律を刻み込ませる。エールは、エドリアードの勢いに気を取られていたが、イクスはいつの間にか黒に染まる長剣を両手で握り二つのククリナイフを寸でのところで受け止めていた。


「くくっ、仕留めたと勘違いしちゃいましたか? こう見えても私、メルゼベルクの試練の案内人に抜擢される程度の腕は持ち合わせていましてね。……あれ、もしかして、そんなことも忘れちゃっていましたか?」

「勝負の最中にごちゃごちゃと減らず口を叩きやがってッ」


 顔を合わせた時から、いけ好かない野郎だとは理解していた。魔法の欠片を手に入れるついでに、塔内に集った観客共に殺戮劇を見せつけてやろうと考えていた。


 だが、エドリアードの計画は、初めから破綻していたのだ。


「おらあっ」


 ククリナイフを差し戻し、弓を引く態勢を整える。

 再度、エドリアードは炎の矢を解き放った。


「ふう、一度目の攻撃で当たらないことは実証済みなのですがねえ、盗賊団の頭領というのは、そんな簡単なことも忘れてしまうものですか?」


 上半身の力を抜き、胡坐を掻いて座り込む。その僅かな間を持って、炎の矢がイクスの頭上を通り過ぎていった。


「仮に、貴方の思考回路が正常な働きをしているのであれば、第一の試練を終えた段階で既に気付いてもおかしくはないのですがね。そんな雑魚魔法が私相手に通用するはずがないってことにね」


 これまでに戦ってきた相手には通用したかもしれない。

 だが、敵の腕が上がった時、それはエドリアード自身が持つ魔法にも影響を与える。


 これまでは通用したはずの魔法が、標的に当たらない。それがエドリアードに焦りを生み出し、まともな思考をさせまいとしていた。


「問題点、その一。貴方が得意な炎の矢を生み出す魔法ですが、呪文を唱えてから解き放つまでの時間が致命的なほどに長すぎます」


 その場から立ち上がることなく、イクスは左手を前に手招きする。

 明らかな侮辱に、エドリアードは再びククリナイフを手にした。


「一瞬にして炎の矢を解き放つかのように思わせる技術は中々のものですが、肝心なところが抜けていいますよね。相手の隙を見て呪文を唱えていることぐらい、私にはお見通しです」


 エドリアードの魔法は、数多ある魔法の欠片の中でも、限りなく下位に等しいと言えるだろう。魔法を扱うには呪文を唱える必要があり、更にはエドリアードの場合、弓を引く仕草を取らなければならないことも致命的であった。


 一秒にも満たない差で、優勢であったはずの者が死に追い込まれることがある。それが、魔法使い同士の戦いだ。それら全てを承知の上で、魔法使いを相手に下位の魔法を切り札として戦いを挑むのは、哀れであるとしか言いようがない。


「問題点、その二。ぶっちゃけて言いますけど、貴方の魔法は全く怖くありません。ククリナイフを戦いの軸に挑まれた方が圧倒的に恐ろしいですよ」


 ククリナイフを両手に持ち、勢い任せに襲い掛かる方が、相手にとって脅威となる。しかしながら、エドリアードは忘れていた。自身が持つ本来の力を半分も発揮していなかった。


「なまじっか魔法の欠片を手にしたことで、魔法の力に溺れてしまう間抜けな点に関しては、さすがはライチェック盗賊団の頭領になるだけのことはございますがね。でもそれが貴方に隙を与える結果に繋がることを理解していないようでは、御話になりません」


 くつくつと笑い、胡坐を掻いたまま、イクスはエドリアードの攻撃を受け流していく。


 何度も何度も、エドリアードはククリナイフを振り下ろす。その一方で、足元が疎かになっていることに気付いていない。


「問題点、その三。今までに貴方の前に立ちはだかった者の中に、不幸なことに貴方よりも力を持つ人物が存在しなかったこと。井の中の蛙と言う言葉を御存じですか?」


 ほら、と付け加え、イクスは黒剣を横に一閃。

 両足を斬り捨て、エドリアードを地に伏せる。


「がっ、……ぐ、ぐそっだれがあっ」


 ククリナイフを握り締めたまま、エドリアードは足を押さえる。だが、血は止まらない。


 そもそも何故、攻撃が当たらないのか。どうして動きを読まれてしまうのか。


 もう、身動きが取れない。このままでは死んでしまう。

 これまでに一度も対峙したことのない戦い方を見せる相手を前に、いつしかエドリアードの心は恐怖に支配されていた。


「あれ、攻撃は終わりですか?」


 すっくと立ち上がり、右へ左へと首の骨を鳴らす。

 無様に倒れたエドリアードの姿を見下ろし、詰まらなそうに呟いた。


「ライチェック盗賊団の頭領が聞いて呆れますねえ。こんなに弱いとは思ってもみませんでしたよ。こんなことならメルゼベルクの試練に招待しなければよかったですかね」


 侮蔑の意味を込め、エドリアードを口撃する。

 それが案内人の務めだと言いたげな表情で、楽しげに唇を動かす。


「今だから正直に言いますけど、貴方の家来のアリアド氏、彼の方が貴方よりも多少なりとも強いと思います。資料によりますと、何やら氷の弾丸を飛ばすことができますから、貴方が持つ魔法の欠片の効果と比べてみても、明らかに上位互換に当たりますよね。……まあ、彼の魔法の欠片は、私達が責任を持って頂戴いたしますので、どうでもいい話ですけども」


 体内へと取り込まれた魔法の欠片は、自らの意志で取り出すことが可能だが、それとはまた別の方法が存在する。それは、死を迎える時だ。


 魔法使いが死する時、体内に取り込まれた魔法の欠片の一つ一つが、次なる所有者を求めるかの如く、強制的に排出されていく。


 これは、誰にも留めることのできない現象として認識されており、この瞬間を迎える為に無差別な魔法使い狩りが行なわれることもある。


 それ故、つい先ほど、エドリアードの手によって火達磨となったアリアドは、自身が持つ魔法の欠片を強制的に取り除かれている。


「ぐ、ぐそおおおっ、こんなはずじゃながったんだ……俺様はライチェック盗賊団で……」


 もはや、満足に動くこともできなくなり、エドリアードは得物すら手放す。

 その姿を見下ろしたまま、メルゼベルクの案内人は、冷徹に言い放つ。


「問題点、その四。貴方は罪人だ。それ以上でもそれ以下でもない。死を持って償え」

「ま、待てっ、てめえと俺様が組めばっ、ヒルシュベルクを支配するのも不可能じゃな――」


 最後まで言い切ることはできなかった。


 黒に煌めく軌道が残滓となって、数多の瞳に映し出される。かと思えば、エドリアードの首から上が、音も無く宙を舞っていた。


 とんっ、と舞台上に落ち、転がり続けるエドリアードの表情は、死を理解することも出来なかったに違いない。目を瞑ることも赦されず、光を失った両の目が、舞台から観客席へと向けられていた。


「死人に口無し、さようなら」


 余裕を感じさせる口調で呟くと、黒剣を十字に振り抜く。剣にこびり付いたエドリアードの血糊が、綺麗な模様を描いて飛び散る。


 それから僅か数秒の間に、塔内には鼓膜を破らんばかりの歓声が上がっていた。


「――さて、今回の御客様は私との戦いに敗れ去り、残念ながらメルゼベルクの試練を乗り越えることができませんでした。しかしながら私の腕前を生で見ることを許された紳士淑女の皆様方は、次なる試練へ向け、胸を躍らせていることでしょう」


 その言葉に、嘘偽りは存在しない。


 ラルコスフィアの塔に足を運び、今宵より案内人を務めることになった青年――イクス=フラクトゥールが戦う姿を生で見ることができたという事実は、今此処にいる観客達の心を鷲掴みにしたに違いない。


 メルゼベルクの試練の内容はともかく、エールもまた同じく、イクスの語り口や、剣技に目を奪われた一人である。


「それでは、そろそろ御時間のようですね。また次回のメルゼベルクの試練にて、再びお会いすることにいたしましょう。ではっ、本日はメルゼベルクの試練へと御越しいただきまして、誠にありがとうございました!!」


 帽子を手に取り、深々と一礼する。

 それを合図に、舞台上を照らし出す明かりが、ゆっくりと消えていった。

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