【5】裏切り

「さあっ、よくぞいらっしゃいました! こちらに御越しいただいた二名の御方、エドリアード氏のことを、とてもよく知る人物なのです。それでは紹介いたしましょう、ライチェック盗賊団所属の、アリアド氏とエドワーガ氏でございます!」


 眉間に皺を寄せるエドリアードを尻目に、イクスは余裕の表情を持って話を進めていく。


「第二の試練の中身に関しましてですが、実に喜ばしいことに、この御二方の協力を得ることができました! 我らが同志、メルゼベルクの試練の協力者達は、どのようにして彼等との接触を試み、舞台上に登場していただくべきか、紳士淑女の皆様方が持たない知恵を振り絞り、有能な脳味噌を全力で掻き混ぜ続け、悩みに悩みました」


 彼等二人が此処に来ることを、エドリアードは知らされていなかった。家来の二人は、辺りを見回しながらも舞台の中央へと移動し、エドリアードの横に並んだ。


「で、最終的には連れて来ればいいだけじゃん! と言った感じの味気ない結論に辿り着いてしまいましたので、エドリアード氏の御得意の炎の矢を真似つつ、ライチェック盗賊団の棲家に火を放ち、辺り一面を火の海と化した後、こいつらだけ拉致っちゃいました!」


 全く悪気のない笑みを作り込み、塔内に笑いの木霊を生み出す。罪人には、たとえ何をしようとも全ての罪が赦される。それを今此処で、イクスは実現しているのだ。


「お、おい? ……ちょっと待て、今なんつった?」


 寝耳に水なのは、エドリアード本人だ。

 エドリアードは、メルゼベルクの試練への参加を承諾したものの、罪人として捕まったわけではない。今ある現状でさえも、窮地に陥っているとは考えていなかった。


 ライチェック盗賊団を率いる頭領として、たった一人でも逃げ切る自信があったからこそ、メルゼベルクの試練を受けることにした。


 だが仮に、試練を無事に終えたとしても、帰る場所が無くなっていようとは思わなかった。


「今なんつったのかは、口を動かすのが面倒なので無視することにいたしましょう。それでは、引き続き第二の試練の内容をお伝えいたします!」

「ッ、この野郎……」


 人の話に効く耳持たず、イクスは楽しげに進行していく。それがエドリアードの怒りを誘い、更には家来達に不安を募らせる。


「ライチェック盗賊団の頭領、エドリアード氏の両腕として、活躍もとい悪行をこなしてきたアリアド氏とエドワーガ氏ではございますが、実はこの御二方の中に、過去に貴方の暗殺を目論み、ライチェック盗賊団を手中に収めんと試みる反乱分子が存在するのです! さて、それは果たしてアリアド氏でしょうか? それともエドワーガ氏なのでしょうか? 各々が犯した罪を口頭でお伝えいたしますので、正解だと思われる方を御選択ください!」


 開いた口が塞がらないとは、正にこのことであった。エドリアードは、第二の試練の内容を知り舞台上へと連れて来られた二人の家来を睨み付ける。


「一、アリアド氏。ライチェック盗賊団がサトエナ村を襲撃した時、エドリアード氏の後頭部に狙いを定め、背後から氷の弾丸を解き放ち、暗殺を試みた。しかし、氷の弾丸は軌道を逸れ、狙い通りにはいかなかった」


 言葉が、罪を解き明かす。

 アリアドは、選択肢の一つに名を語られた。エドリアードから視線を逸らし、全身を震わせているではないか。


「二、エドワーガ氏。同じくサトエナ村を襲撃した日の夜、貴方が床に就く時間帯を見計らい、誰にも気づかれないように忍び寄り、寝首を掻こうと試みるが、小さな鈴を括り付けた紐に足を引っかけ、敢え無く退散した」


 今すぐにでも、舞台の上から姿を消してしまいたい。そうでなければ頭領に殺される。

 そう考えているのは、エドワーガも同じだ。


「回答時間は一分間ッ、それでは思う存分に思考してください!」

「……その必要は、ねえな」


 低い声が、笑顔を振りまく案内人へと向けられた。

 ほんの僅かな時間を持って、エドリアードは第一の試練を再現してみせる。


「――ッ!?」


 またしても、エールは目を見開く。

 炎の矢が、アリアドの体に突き刺さっていたのだ。


「あ、……あがっ、助け……て……ッ」


 喉から声を絞り出し、アリアドは助けを乞う。しかしながら誰一人、手を貸す者はいない。


 此処に足を運んだ人々は、皆一様に楽しんでいた。これが見たくて高い金を払っているのだと言わんばかりの表情を浮かべ、次なる悲劇を待ち侘びている。


 その光景が、エールには信じられないことのように思えた。


「エドリアード氏、貴方が選択したのは、アリアド氏でよろしいですか?」


 やがて、アリアドの全身が燃え尽くす。

 火の粉を散らし、燃え滓となってしまった。


「いいや、違うな。俺様が選択したのは、アリアド一人じゃねえ……」


 首を振り、否定する。悪夢が終わってはいないことを案内人に伝えると、エドリアードは残る一人の家来を視界に捉えた。


「……次はてめえだ、エドワーガ」

「やめ、てくれっ、気の迷いだったんだ! もう二度とあんなことはしないって誓う!」


 死への恐怖に、エドワーガは身を包み込まれてしまった。


 その場にへたり込み、赦しを請う。だが、アリアドが炎の矢に貫かれたように、塔内にはエドワーガの味方は存在しない。これが必然であるかの如く、死を受け入れるしか道はない。


「死ね、裏切り者が」


 三度、炎の矢が舞台上を真っ赤に染め上げる。


 エドワーガの悲鳴と、肉が焦げる臭いが入り混じり、塔内が狂気に満たされていく。この行為を見たいが為に、観客達は此処にいる。


 目を逸らすことができない。彼等の姿を見ずにはいられない。罪人が裁かれる場に立ち会う喜びを生で味わいたい。


 誰もが同じことを考える。考えながら足を運ぶ。

 何が正しく、何が間違っているのか。自身が信じてきたものは偽りの正義であり、これこそが人の本性とでも言いたいのか、と。


 もはや、エールはまともに思考を巡らせることができなくなっていた。


「おおーっと、なんとなんと、エドリアード氏が選択したのは、アリアド氏とエドワーガ氏の御二方でした! これはつまり、御二方が貴方に成り変わろうと試みた、ということでよろしいのでしょうか?」

「当然だ」


 エドリアードには、身に覚えがあった。


 日常的に盗賊行為を繰り返していたので、一つ一つの村の名前をはっきりと記憶しているわけではないが、サトエナ村を壊滅させた時、エドリアードは背後から魔法による攻撃を受けたことを憶えている。


 小さな村とはいえ、魔法を扱う者が一人もいないのは珍しく、それ自体は別段不思議には思わなかった。


 けれども、それにしては狙いが正確であり、それなりに訓練された腕の持ち主がいたにも関わらず、攻撃を受けたのは不意の一撃のみ、更には魔法を扱う人物を見つけ出すこともできなかった。


 そしてその日の夜、焼け残った民家の一室を占領し、エドリアードは眠りについたのだが、予め設置した罠に引っ掛かる間抜けがいたことも、忘れてはいない。


 あれは、殺し損ねた魔法使いが寝首をかきに来たと思い込んでいたが、そうではなかった。


「ほほう、ではつまり、疑わしきは罰すればいいということではなく、エドリアード氏は確信を持って御二方を火達磨の刑に処したのですね?」


 その通りだ、と言い捨て、エドリアードは舌を打つ。

 両腕として信頼を寄せた家来に裏切られていたことを知り、言いようのない怒りに支配されていく。その怒りを発散する手段は、もはや一つしか残されていない。


「お見事ッ、正解です!」


 間髪入れず、イクスが声を張り上げた。それが合図となり、第一の試練を終えた時と同じく、塔内には盛大な拍手が鳴り響く。


「実のところ、第二の試練には二つの選択肢など初めから必要ありませんでした。アリアド氏とエドワーガ氏、御二人共に貴方を無き者に仕立て上げようと試みていたのですからね。しかし裏切り者を見つけ出すことができて本当によかったですね! 二名にも及ぶ罪人が死することで、私達も一安心ってものですよ。ついでにぶっちゃけて言いますが、ライチェック盗賊団も貴方一人を残して壊滅させることができましたので、万々歳でございますね!」


 一言一句忘れることがないように、エドリアードは心を落ち着かせる。


 怒りを発散する時は、あと少しだけ待つ必要があった。それさえ無事に終えることができれば、エドリアードは全ての罪を黒から白に覆すことが許可される。


 更には、死をも恐れぬ魔法使いになることができるのだ。


 仲間を殺し、仲間を殺され、今此処で暴れてしまっては、全てが水の泡と化す。だからこそエドリアードは、今だけだと耐えていた。


 当然のことながら、イクスはその思考に気付き、ゆっくりと口角を上げて反応を示す。


「二つの試練を乗り越え、次に貴方は三つ目の試練を受けることになります。……さて、心の準備はよろしいですか」

「早くしやがれ」


 それでは、と息を吐く。

 イクスは舞台裏から協力者を呼び寄せ、炎の矢によって焼かれた張子を運ばせる。


「第一の試練において、貴方が射抜いたイリーナちゃんの張子でございます」

「んなことは、見りゃ分かるだろ」


 そうですか、そうですね、当然ですよね、と心底嬉しそうに、イクスは何度も頷く。


「だとすれば、第三の試練も貴方にとって簡単なものと成り得ることでしょう……」


 塔内の興奮度は、異常なほどに上昇している。エール自身、それを肌で感じていた。

 異質な雰囲気を正常であるかのように錯覚してはならない。呑みこまれてしまってはいけない。エールは、気を確かに持ち、イクスの姿を目で追う。

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