【4】盗賊団の頭領

「おおお……、すげえぜ……」


 明かりに照らし出され、両開きの扉が自動的に開かれる。その中に立っていたのは、髭を生やした中年男性だ。彼がライチェック盗賊団の頭領、エドリアードその人だ。


 自身が置かれた立場に満足気な表情を作り出し、塔内を見渡している。


「エドリアード=ライチェック氏、今宵はメルゼベルクの試練へようこそおいでくださいました。私、案内人を務めさせていただきます、イクス=フラクトゥールと申します。以後、お見知り置きを」


 恭しく頭を垂れて、紳士的な振る舞いをしてみせる。それがエドリアードを図に乗らせることに成り、立場を勘違いさせていく。


「おう、俺様がわざわざ出向いてやったんだ。ありがたく思いやがれよ」


 くかか、と下品な笑いを披露し、塔内に集まった人々が眉間に皺を寄せる。


「それではこれより、メルゼベルクの試練を御存じない方の為に、簡単な説明を行ないたいと思います。……とはいえ、ヒルシュベルクに存在する方々の中に知らない者は誰一人としていないであろうことは想定の範囲内ではございます。が、それら全てを含めた上で、メルゼベルクの試練としての形を担っておりますが故に、予めご了承いただけますよう、お願いいたします。と言うわけでして、少しばかし態度が気に喰わないから個人的に舞台裏でぶっ飛ばしてやりたい奴として名の上がったエドリアード氏は、こちらにお座りください」


 イクスの言い草に不快を感じたのか、エドリアードは舌打ちをしてみせる。それでもイクスは何食わぬ顔で所定の席へと案内し、自身が請け負う使命を淡々とこなしていく。


「ヒルシュベルクで最も偉大な魔法使い――アヴェッツェ=エフツェット氏によって考案されたメルゼベルクの試練は、御客様としてお越しいただいた方に、三つの試練を受けていただく催し物となっております。試練の内容についてですが、都度、お客様に関連したものとなっておりまして、見事三つの試練を耐え抜いた時、これまでに犯した所業の数々を罪に問わないことを御約束いたします」


 罪人を舞台上へと招き入れ、試練と言う名の公開処刑を執り行う。それがメルゼベルクの試練の謳い文句だ。


 極々稀に、罪無き者が招待されることもあるが、塔内に足を向けた観客のほとんどが、罪人が追い詰められていく姿を生で見ることに快感を得ていることは、もはや言うまでもない。


 これだけでは、罪人に利益はない。

 だが、メルゼベルクの試練に招待された罪人が、三つの試練を乗り越えることができた時、これまでに積み重ねた全ての罪を白紙とし、黒から白にすることが許される。


 つまりは、両者に見合った価値が備わっていることになる。

 そして、だからこそ、罪人はメルゼベルクの試練への招待を受け入れる。


「更には、三つの試練を耐え抜いた御客様には、更なる試練として、メルゼベルクの試練の案内人こと、私、イクス=フラクトゥールを相手取り、一対一の決闘を申し込むことも可能となっております」


 メルゼベルクの試練には、三つの無理難題が待ち受けているが、その全てを耐え抜いた罪人は、案内人との決闘を行なうことが許される。


 三つの試練を乗り越えた罪人の大半が、更なる試練を受けることを望むのだが、その理由は至って単純だ。


「更なる試練において、お客様が私こと、イクス=フラクトゥールを打ち負かし、見事勝者となったあかつきには、メルゼベルクの試練の考案者アヴェッツェ=エフツェット氏がこれまでに収集してきた魔法の欠片の中から、お客様が望む魔法の欠片を一つだけお譲りいたします」


 その台詞に、エドリアードは口角を上げた。


 魔法の欠片には、七つの属性が存在する。

 火属性、水属性、土属性、風属性、以上の四つが基本属性とされており、更には特殊な属性として、光属性、闇属性、無属性の三つに別けられる。


 魔法の欠片は、大きければ大きいほど価値が高く、より強力な魔法を扱うことができる。


 通常は、基本属性の魔法の欠片がほとんどで、残りの三属性の魔法の欠片を手中に収める者は滅多にいない。また、この世には一つとして同じ魔法の欠片は存在せず、全てが異なる。


 魔法の欠片には属性が備わり、体に取り込んだ魔法の欠片が火属性の場合、その者は火属性の魔法を扱うことが可能となる。


 だが、自在に取り出すことができるとはいえ、魔法の欠片の取り扱いには注意が必要である。

 それは、初期属性が原因だ。


 初期属性とは、その者が初めて体に取り込んだ魔法の欠片の属性によって固定されるもので、二度と変更することが許されない。


 火属性の者は、火属性の魔法の扱いに長けるが、苦手属性の魔法の欠片を体に取り込んだとしても、上手く扱うことができず、完璧に扱えるようになるまでに時間が掛かる。


 それ故、たとえ魔法の欠片を手に入れたとしても、すぐに体へと取り込むのは考え物である。


 これによって、ヒルシュベルクに存在する魔法使い達は、一つでも多くの魔法の欠片を探し求め、世界中を彷徨い続けている。


 そんな中、最も偉大な魔法使いとして名を馳せたアヴェッツェ=エフツェットが考案したメルゼベルクの試練は、案内人との決闘に勝利を収めるだけのことで、希少な魔法の欠片を手にすることが許される。


 それこそが、メルゼベルクの試練が成り立つ最要因だった。


「エドリアード氏にお尋ねいたしましょう! メルゼベルクの試練を全て乗り越え、私との決闘を制した際、此処に並べられた魔法の欠片の中から、どの魔法の欠片を欲しますか?」


 エドリアードは、土台の上に置かれた表に視線を向け、熱心に思考を巡らせる。

 彼等の頭上には、魔法によって生み出された巨大な画面が出現し、舞台を中心にぐるりと繋ぎ合い、エドリアードが眺める表に書かれた文字を、鮮明に映し出していた。


「俺様が欲しいのは、こいつだ! これがあれば何も怖くなんてねえからな!」


 考えを纏め終えたのか、エドリアードは表に並んだ魔法の欠片の中から一つを選択し、それをイクスに伝える。エドリアードの許に歩み寄り、イクスは表を確認すると、ほんの少しだけ口角を上げた。


「畏まりました。エドリアード氏が私を打ち負かすことに万が一にも成功した場合に限り、メルゼベルクの試練の案内人たる私の権限を思う存分に行使し、アヴェッツェ=エフツェット氏の秘蔵品の中から、【黄泉がえり】をお渡しすることを誓いましょう!」


 数多の魔法の欠片の中からエドリアードが選び抜いたのは、【黄泉がえり】と言う名の魔法の欠片が一つ。これは、アヴェッツェが収集した魔法の欠片の中でも、特に珍しい部類として認識されており、その効力は死者を蘇らせることが可能だという。


 闇属性の【黄泉がえり】の所持者は、魔法の欠片を体内へと取り込んだまま、一度の死を体験することになったとしても、黄泉の世界より舞い戻ることが可能となる。それ故、死をも恐れぬ存在となることができるのだ。


 但し、魔法の欠片としては珍しく、一度限りの使い切りなので、何度でも蘇ることができるわけではない。


「今宵も、メルゼベルクの試練の開始を宣言いたします!」


 塔内に向け、喉の奥から声を張り上げる。

 裏返ろうとも構うことはない。恥ずかしさに身悶えすることもありえない。ただ、そこに存在することが、案内人に課せられた使命だ。


 深々と御辞儀をし、顔を上げたイクスの瞳には、エールの姿が映し出されている。


「貧乏で幸運な魔法使い、オレの気紛れに感謝し、ゆっくりと楽しむがいい」


 小声で、エールに唇を震わせる。その動きを捉えた者は、誰一人としていない。

 勿論、エールは視線の先に自分が映っていることを知る由もなかった。


「それでは早速、第一の試練をエドリアード氏にお伝えいたしましょう」


 振り返り、イクスはニンマリと笑い掛ける。それがまたエドリアードを不快にさせるのだが、イクスは全く気にした様子もない。


「まずは、こちらを御覧ください!」


 左手の親指と中指で音を鳴らす。

 舞台裏の協力者を呼び寄せると、張子を舞台上に運び込ませた。それは、小さな女の子の姿形が模られている。


「聞くところによりますと、エドリアード氏は火属性の魔法を扱えるとか」

「おう、その通りだぜ。俺様は炎の矢を生み出す魔法の欠片を手に入れたからな、どんな物でも一瞬にしてぶち抜いてやるぜ」


 自慢げに、魔法の欠片の効果を口にする。隠す必要などないと言わんばかりの態度だ。


「なるほどなるほど、つまりは狙った獲物を決して逃さないということですね」

「当たり前だ。俺様が率いるライチェック盗賊団に目を付けられたら最後、死を覚悟するんだな」


 くかか、と豪快に笑い、椅子の背に寄り掛かる。

 だが、塔内に集う紳士淑女とは異なり、イクスは冷静に言葉を紡いでいく。


「ということは、第一の試練はエドリアード氏には些か簡単すぎるかもしれませんね」


 ガックリと肩を落とし、わざとらしく溜息を吐く。

 その姿が、エドリアードの目にどのように映ったかは定かではないが、口を挟む隙を与えずに、イクスは更に口を動かす。


「さてさて、協力者に用意させました、こちらの張子……仮に、イリーナちゃんとでも名付けましょうかね。このイリーナちゃんは、とっても可愛らしい笑顔を振りまく女の子です。とはいえ、誰がどう見ても張子ですけどねえ」


 小首を横に曲げ、疑問形で観客達の心を掴み取る。塔内に埋め尽くされた無数の目は、例外なく舞台上へと向けられていた。

 これも、メルゼベルクの試練の案内人たるイクスの話術の賜物と言えよう。


「それではエドリアード氏、貴方が得意げに語る火属性の魔法で、イリーナちゃんの顔面を射抜いてください! これが貴方に与えられた第一の試練なのです! 機会は一度きり、的を外した瞬間、貴方は敗北者としての烙印を押されてしまいます。では、準備はよろしいですか」


 小さな女の子の姿形を模った張子を、炎の矢で射抜くこと。

 それが、エドリアードへの第一の試練であった。


 エールは、胸の奥を締め付ける衝動に呼吸を乱し、舞台の上に立つ二人の姿を視認する。

 生で見るのは初めてだが、まさかこれほどまでに胸糞悪い催し物だとは思ってもみなかったのだ。


 何故、自分は此処に座っているのだろうか、とエールは考えてしまう。


「準備なんて必要ねえな、ほらよっ」


 言うが早いか、エドリアードは弓を引く仕草を取り、赤々と燃ゆる弓と矢を体現した。

 何もない空間に炎が生み出され、更には間を置かずに矢を解き放つ。


「――ッ」


 一呼吸する間もなく、炎の矢は的を射抜いた。


「お見事ッ!! イリーナちゃんの顔面を射抜くことに成功いたしました!」


 張子の頭部が燃え尽くし、全身を包み込む。

 その姿が、エールには悲しげに見えて仕方がない。


「無事、エドリアード氏は第一の試練を乗り越えました。いやはやしかし、あっという間の出来事でしたね。瞬きするのを忘れちゃいそうでしたよ。まあ、欠伸は出ましたけど」

「ッ、てめえ……、あんまり調子に乗るんじゃねえぞ。案内人だからって、俺様との立場が違うとでも思ってんのか」


 第一の試練を終えたばかりだというのに、エドリアードは今にもイクスに飛び掛かりそうな口調だった。


 しかしながら、イクスは動じない。

 それどころか、怒りの感情を煽り始めた。


「ええ? 嫌ですねえ、当たり前じゃないですか。だって私はメルゼベルクの試練の案内人を務めているんですよ? そして貴方は、お客様と言う名の罪人ですから。一体全体、どこのどいつが貴方の味方をしてくれるって言うんですかね? ねえ、教えてくださいよ?」


 瞬間、炎がイクスの頬を掠めた。エドリアードが矢を放ったのだ。


「……おおう、危ない危ない。危うくイリーナちゃんの二の舞になるところでした」


 矢を射る素振りを見せたかと思えば、罪人が案内人を攻撃する。

 だが、案内人は慌てない。少しだけ、頬を横にずらしてみせたのだ。


「しかしまあ、中々の御手前でございます。さすがはライチェック盗賊団の頭領になるだけのことはあります。……まあ、家来の躾が全くなされていないのが致命的ですけども」


 何を言うにも、一言多い。

 それがメルゼベルクの試練の案内人だ。


「おっと、お時間も押しておりますので、サクサクと進行いたしましょう。というわけでして、第二の試練に駒を進めます! まずはこちらを御覧ください!」


 怒りの矛先を受け流すかの如く、イクスは第二の試練の準備に取り掛かる。


「――なっ、てめえら……、なんで此処に……ッ」


 張子を舞台上に運び込んだ時と同様に、先ほどの協力者が姿を現す。

 だが今回は、生きた人間を連れてきた。

 その人間は、エドリアードがよく知る人物だ。

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