第55話6-4 失われた恋人

6ー4 失われた恋人


僕は、今は、魔界で暮らしている。

魔族の都 エベロンの下町にあった古いお屋敷を手に入れて住んでいた。

大きな庭のあるお屋敷で、僕は、広い庭でローザの花を育てている。

ローザの花には、いろいろな使い道があるのだ。

花に溜まった露を集めれば、特別な香水が作れるし、花びらでジャムを作ることもできるし、その実は、健康にいいサプリメントの材料になった。

一番には、美しい花なので、プレゼントにも最適だ。

僕は、たくさんの種類のローザを育てていた。

中には、僕の婚約者たちの名前をつけたローザもあった。

だけど、僕が一番好きなのは、黒いローザだった。

夜の闇のように黒い花弁のその花の名は、『マチカ』だった。

僕の失われた恋人の名だ。

マチカの生まれ変わりであるマリアンヌは、ストレージの中の村、もうすでに街になっているが、で暮らしている。

ハーブ園で働きながら、村で穏やかに暮らしているらしい。

僕らは、今でも、時々、会って話をする友人同士になっている。

うん。

なんだろうね。

転生したことによって、激しい恋愛感情は、昇華されてしまったのか、今では、懐かしいような淡い思いだけが僕らには、残されている。

第一、マリアンヌには、この今生で好きな人がいるらしい。

最初に、それは、言われていたんだ。

「わたしには、ユヅキくんの他に好きな人がいる」

始めてそれを知ったときは、ショックだった。

今でも、僕は、こんなに彼女に囚われていたのに。

そう思うと、なんだか、悲しかった。

だけど、今は、そうでもない。

彼女には、彼女の新しい人生があるのだから。

そして。

僕には、僕の新しい人生が。

現に、僕には、3人の婚約者がいて、その全員と良好な関係を築いている。

「君の今生の恋が実るように祈ってるよ」

僕が言うと、彼女は、少しはにかむように微笑んだ。

「ありがとう、ユヅキくん」

マリアンヌは、ほとんど人との関わりを持たずに村で暮らしているが、たまに訪れるオルガやアルゼンテ、それにアリアとは仲良しらしい。

せめて。

マリアンヌの幸せを祈りたい。

彼女が、いつも、幸福であるように。

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