第28話3-8 カンパニュラ

3ー8 カンパニュラ


店名は、『カンパニュラ』に決まった。

異世界の花の名前だ。

前世で子供の頃、1度だけ会ったことがある母さんの好きな花だった。

言霊使いは、言葉を発すると同時に家族から離され、師のもとへと送り込まれる。

そして、一人前になるまで家族とは会うことが許されない。

僕がたった1度だけ母さんに会うことを許されたのは、母さんが亡くなる直前のことだった。

僕は、そんなことは知らなかった。

ただ、無邪気に喜んでいた。

僕は、そのとき、母さんにカンパニュラの花を贈った。

すると、母さんが言ったんだ。

「これは、わたしの1番好きな花なの」

それから一年後、母さんは、亡くなった。

僕は、木の板に店名を刻んだものを店の入り口に掲げた。

「カンパニュラ、か」

ハヅキ兄さんが懐かしそうに目を細めた。

「昔、母さんが、庭に植えていたな」

「ああ、そういえば」

カヅキ兄さんが微笑んだ。

「この花は、母さんが小さな王子さまにもらったとか言ってた花だ」

王子さま?

僕は、かつて会ったときの母さんの言葉を思い出した。

「佑月くんは、わたしの王子さまだから。言霊の力でたくさんの人を救ってくれるの」

そうか。

僕は、少し、目が潤んでくるのを感じていた。

母さんは、僕のことが好きだったんだね。

「さあ、開店、だ!」

まあ。

店といってもこの『カンパニュラ』は、ほんとに小さな店だし、数種類の薬草とポーションを2種類くらいしか置いてなかった。

だから、店番も本当は、僕1人で充分なんだ。

だから、兄さんたちは、午前中だけ店にいるとストレージへと戻っていった。

店には、僕1人が残された。

うん。

開店当日だというのに、客は、1人も来なかった。

世間は、厳しいな。

僕は、店のカウンターにもたれてぼんやりとしていた。

カラン。

ドアが開く音がして、誰かが入ってきた。

「いらっしゃいませ!」

僕が笑顔で振り向くと、そこには、フランシスが立っていた。

「ユヅキ?」

フランシスは、最初、信じられない様子で、まるで幽霊を見たような顔をしていたが、やがて、瞳を潤ませた。

「ユヅキ!」

フランシスは、僕の方へと駆け寄ってきて、カウンター越しに僕に抱きついてきた。

「無事だったのか!よかった」

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