第3話
宿屋に戻った俺は、廊下を曲がったところで少年とぶつかった。
「あいたっ!?」
「あっ、すみません。大丈夫ですか?」
「気を付けろよな!」
少年はあっかんべーをしながら走り去ってしまった。
「今のはどちらかというと、廊下を走っていた少年が悪いと思うがのう」
「まあ子どもですからね。子どもは意味もなく走るものです」
「ショーンは甘いのう。こういうときは大人がビシッと言ってやるものじゃ。叱られないことは子どもにとっても良くないんじゃぞ」
横でただ様子を見ていたリディアが、他人事のように言った。
そう思うならリディアが叱ればいいのに。
「今の妾はプリティな幼女の姿じゃ。妾が叱ったら、あの少年は反発するに決まっておるじゃろう」
「なるほど。それもそうですね」
自分よりも幼く見える女の子に叱られて反省することが出来るほど、あの少年は成熟しているようには見えなかった。
きっと生意気だの何だのと言い出して、リディアと喧嘩になっていたことだろう。
ということは、やはり俺が叱るべきだったのかもしれない。
「すみません。少しボーッとしていて」
「どうかしたのか?」
はっきりとは思い出せないが、何だか俺はあの少年のことを見たことがある気がしたのだ。
しかしあの年頃の少年に知り合いはいないし、あの少年も俺のことを知っている様子は無かった。
「リディアさんは、あの少年に見覚えはありませんでしたか?」
「はて。すごい勢いでショーンにぶつかって、すごい勢いで走り去っていったからのう。あんまり顔面を見てはおらんのじゃ」
「うーん、俺の気のせいかな?」
もしくは他人の空似だろうか。
しかし、誰に似ていたのだろう?
「ところでショーンよ。この村にはどのくらい滞在するつもりじゃ?」
「そうですね。どの店も品揃えが良いので、出ようと思えばいつでも食料を買い込んで出発できそうですが……ダンジョン見学が気になりますよね」
「ダンジョンはいくつも見てきたであろう?」
「ダンジョンが気になるというか、ダンジョン見学自体が気になるんです」
人間にダンジョン内見学を許すボスモンスターには会ってみたい。
木の実とベリーのパイだけのために自分の住処を観光地化するなんて、ものすごい思い切りだ。
「まあよい。気になるなら行けばよかろう。妾は一向に構わんぞ」
「それなら一緒に行きましょう。どんな見学ツアーなのか気になるので」
よし、そうと決まれば、どうやってダンジョン見学に申し込めば良いのかを宿屋の主人に聞いてみよう。
ダンジョン見学目的で来る観光客が多いらしいから、宿屋の主人は申し込み方法を知っているに違いない。
* * *
夜、何かが廊下を引きずる音で目が覚めた。
ベッドから降り、部屋のドアを開けて、聞こえていたのが何の音かを確認する。
すると廊下の向こうから大きな袋を引きずった人物が歩いてきていた。
袋を持った人物は背が低く、袋の方がずっと大きい。
「こんな時間に何をしてるんですか?」
「うわっ!?」
その人物が俺の泊まっている部屋の前を通り過ぎようとしたとき、腕を掴んで声をかけた。
するとその人物は俺の登場に驚いて尻餅をついてしまった。
そして転んだ拍子に、袋から大きな目玉が床に落ちた。
この目玉には見覚えがある。巨大グモの目玉だ。
「……それ、どこで手に入れたんですか」
「お前には関係ねえだろ!」
袋を持っていたのは、夕方に宿で出会った少年だった。
少年は慌てて目玉を袋にしまった。
「それって換金したらかなりの額になりますよね。夜にそんなものを持った子どもがいたら、気になるのは当然です」
「盗んだんじゃねえよ。おれが自分で手に入れたんだ」
「これ全部、君が?」
袋の大きさを考えると、巨大グモ一匹分の目玉、六個の目玉が入っていてもおかしくない。
少年一人で巨大グモを倒すことが出来るとは思えないが、少年の周りに保護者の姿は見えない。
……となると、どこかで盗んできたのだろうか。
盗んだのであれば、大人である俺が叱るべきなのだろう。
ついでに夕方に前を見ずに廊下を走っていたことも叱った方がいいかもしれない。
しかし、盗んだという確証は無い。
盗みを働いていない少年を理不尽に叱ったとなれば、少年の性格形成に悪影響を与えてしまうだろう。
それは避けたい。
「離せよっ!」
少年は俺の手を振りほどこうと、掴まれた腕を振り回した。
そのとき、部屋の中から騒ぎを聞きつけたリディアが顔を出した。
「なんじゃ、ショーン。夜中に騒いで」
「リディアさん。この少年が夜中に出歩いていて……大量の素材を自分で入手したと言っているんです。これ、巨大グモの目玉ですよね?」
「そうじゃのう」
「ええと……このままこの子を部屋に帰してもいいと思いますか?」
俺に問われたリディアは、何を聞かれているのか分からない様子で首を傾げた。
「この子の夜遊びを叱るべきか、と聞いておるのか?」
「そうじゃなくて、その……どうやって素材を手に入れたのかもっとよく聞くべきなのか、と言いますか……」
「自分で入手したと言っているのであろう?」
リディアは、ますます訳が分からないとばかりに首をさらに傾けた。
「少年にそんなことが可能だと思いますか?」
「可能じゃろうな。その少年は、ショーンといい勝負が出来る程度には強いからのう」
俺がリディアの発言に驚いていると、なぜか当の少年も驚いているようだった。
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勇者パーティーから追放されたけど、最強のラッキーメイカーがいなくて本当に大丈夫?~じゃあ夢ででも会いましょう~ 竹間単 @takema11
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