第八部 アンドロメダAG

 正規の軍用艦は軍用AIが運用している。

 艦長役、航海長役、砲雷長役、機関長役、それらの人格が3Dホログラフでブリッジ内に立体表示されていて、それらが勝手に動いたり会話しながら巡洋艦の運航を始めていた。

『ハルト提督、出航準備完了しました』

 ……ハルト提督?

「ご苦労。それでは、アンドロメダ・ワールドに向けて、出航」

『アイアイサー』

 ハルトは、ブリッジの提督席にドカッと座って満足げに興奮している。

 ……やっぱり、なんだかんだいって、男の子よね……


 四次元ワープ中、私たちはアンドロメダAGの買収戦略を話し合っていた。

「アンドロメダは無数の異世界群の中で最も科学が発展している異世界だ」

「噂は、知っているわ」

 アンドロメダ・ワールド。最新の科学、宇宙……近未来SFが好きな転生者には大人気の異世界だが、科学が発展しすぎて複数勢力による宇宙戦争が激化している。

 人口も異常に多く、戦争により死亡者数も桁違いに多いので、転生リクルート会社も乱立している。

「転生リクルート企業の中で最も実力があるのがアンドロメダAS社。これが今回のターゲット企業だ」

「やっぱり、相当儲かっているのかしら?」

「それが、そうでもないらしい」

 ハルトによると、科学が発展しすぎて異世界運営会社によるコントロールが効かずカオスな異世界になっているという。

 その結果、宇宙戦争が激化しすぎて、カルマが十分貯まることなく宇宙戦争で死亡する人が増加している。

「転生リクルート企業からすると、有望な顧客が極めて少ない状況だ。このままじゃ利益が出せなくなってしまう」

「なるほど」

「だからこそ、我々の出番がありそうってことなんだ」

「私たちヴァーゴがアンドロメダAGと一緒になって、経営対策を打てればいいわね」

「そういうこと。一度、メイの目から見て、対策立案してくれないかな?」

「わかったわ。到着するまでにプレゼンを作っておくわね」

「ありがとう、助かるよ」

 さーて、あと何時間あるかしら?

 腕が鳴るわね。


 こうして、分析と対策案検証に没頭した私。

 かたっぱしからアイデアを軍用AIに検証させる。

 うーん。やっぱり、転生者平均カルマ水準の分布が低すぎる。この水準を上げるには……あれもだめ。これもだめ。

「もう。なかなか難問ね」

 これは、根本的な市場構造自体を変えないと、改善できないのでは?

 つまり……無秩序に拡大を続ける宇宙戦争自体を終わらせないと……

 もちろん、一民間企業が戦争終結を目指すなんて無茶な考え方だ。

 でも……それができれば話は変わる。

 停戦後の市場再構築。頭の中で、仮説のパーツが組みあがっていく。

 面白くなってきた。なんとか、プレゼンの完成は間に合いそうね。

   

 高速巡洋艦が四次元空間からワープアウト。

 アンドロメダ・ワールドに突入した。

 満天の星々が煌めく宇宙空間。煌めく……きらめく……ん?

「いや、これ、星の煌めきじゃないよね?」

 どの光もパッと明るく輝いたかと思うと静かに消える。よく目を凝らすと、小さな光の矢が無数に飛び交っている。

「気をつけろ。もう、ここは戦闘区域だ」

「ええー!?」

 どうやら、光の矢は重力子魚雷やレーザー砲が飛来する光。瞬く大きな光は戦艦が被弾した時の閃光らしい。

「宇宙戦争の真っただ中に飛び込んだってこと?」

「仕方がない。この異世界は非戦闘区域の方がむしろ少ないくらいだ」

 もう、勘弁してよね。

「艦長。戦闘に巻き込まれないように、戦艦密度が低い宙域にルートを」

『アイアイサー』

 それでも、光の矢は四方八方に飛び回っている。

 AIは小刻みに巡洋艦の軌道を調整し、それらの光に当たらないように、そして戦艦たちに囲まれないように、慎重に戦場を駆け抜けていった。

 幸い、大した火力を持たない巡洋艦だ。執拗に追い回してくるような戦艦はいないようだ。なんとか、過密な戦場を潜り抜ける。

「やっと、戦場を抜けたか?」

 目の前には大きな黒い領域が広がる。

 戦艦が被弾する閃光も魚雷の光もない真っ黒な領域だった……それにしても、暗すぎない?

 すると、AIが答えた。

『アンドロメダ・ワールドの中心部に近づいてます』

「中心部は戦闘はないのか?」

『はい。中心部は全異世界の中でも最大級のブラックホールですので、この付近では戦闘は行われません』

 ……ちょっと待ってよ?

「ぶ、ぶ、ブラックホール?」

 私はユナと目を見合わせる。

「ちょっと。じゃあ、私たちも早く反転しないと……」

『安心してください。まだこの距離であれば吸い込まれずにブラックホールを周回する低軌道に乗ることができます。そして、その軌道上に設置されたコロニーが目的地。アンドロメダAGの本社になります』

 ……もう、あきれるしかない。

 ブラックホールの低周回軌道に本社を立てるなんて、どんな変人かしら?


 ついに、アンドロメダAGにたどり着いた。今回の買収ターゲットだ。

 意外にもすんなりとCEO室に案内される。

 やがて、アンドロメダAGのCEOが現れた。

「CEOのパーシアスです。こんな銀河の辺境の地まで来ていただき光栄です」

「ヴァーゴCFOのメアリーです。こちらこそ、面談の場を持ってくださり感謝します」

 私はヴァーゴを代表してあいさつする。続いて、ハルトとユナも挨拶を続ける。

「ハルトさんとは以前会ったことがありますね」

「その節はお世話になりました」

 え?それは初耳ね。

「どういうことなの?」

「実はだいぶ前に買収の可能性について質問したことがあるんだ」

「結果は?」

 ハルトに代わり、パーシアスが答える。

「条件を一つ提示致しました。この戦況を変えることができる相手であればアンドロメダAGを渡しても良いという条件です」

 戦況を変えられる相手……読みが当たった。

 やはり、パーシアスも戦争を止めようとしている。

「具体的には、科学と魔法を融合する技術を持つ会社であればこの戦況を変えられると考えています」

 それを聞いて、私はあんぐりと口を開けてしまった。

 その条件にピッタリの会社を知っている。つい最近買収したケンタウリSAだ。

「セクスタンスは中小企業だから、とてもじゃないけどケンタウリSAとアンドロメダAGの両方を買収する財力はなかったからね」

 しれっと答えるハルト。

 なるほど。今になって分かったわ。ヴァーゴと一緒になったらバリューチェーン上流の転生リクルート業界に進出できると主張していた理由。かなり無理してケンタウリSAを買収した理由。

「最初からもうちょっとわかりやすく説明してくれたらよかったと思うんですけど?」

「あはは、まあ、ここまでうまく進むとは思ってなかったから」

 ハルトは照れながら頭を掻く。

 まったくもう。やっぱり策士よね。

「で、ここに来られたということは、ケンタウリSAの買収に成功したと?」

「はい。つい先日です」

「なるほど。では、本腰をいれて話を聞かなければいけませんね」

 パーシアスは私たちに、応接ソファに座るよう促した。

「メイ、買収プランを説明してくれるかな?」

「では、パーシアスCEO。私たちの考えているプランを説明しますね」

 3Dプロジェクターで資料を表示する。

 私はできる限りゆっくりと、丁寧に説明をした。

 異世界事業者が制御できずに拡大する宇宙戦争の状況。人口分布、転生候補者のカルマ水準の推移。アンドロメダAGの事業状況。財務状況……

「すでに御社でも戦争への直接介入を始めていると思います。これにヴァーゴも協力します。早期戦争の停止。これしか道はありません」

 パーシアスは頷きながら質問を続ける。

「戦争を停止すれば、戦争目当てで転生をしてくる人が減りませんか?」

 確かに、アンドロメダ・ワールドへの転生希望者の一部は宇宙戦争を目当てにしている。だけど……

「はい。でも、アンドロメダ・ワールドの魅力を維持するためには、必ずしも、殺し合いが必要とは考えておりません」

 私は自信をもって答えた。戦争ゲームが好きな人が、みんな本当の戦争が好きなんてことは絶対にない。

「ヴァーゴの傘下に、ドラドという異世界事業会社があります。そこは海洋文化が進んでいます。大きな帆船で大海原を行き交う活気のある異世界です。そこには船乗りが集まります。もちろん軍艦乗りもたくさん来ます。でも、それほど大きな戦争が続くことはありません」

 私は、以前に買収した会社の事例を示した。具体的な事例ほど説得力を示せるからね。

「船による交易、経済貢献、レースやレジャーなどもあります。戦争がなくても魅力は維持できます」

 パーシアスは黙って目を閉じた。そして、ニコッと笑う。

「いい話だ。その世界観は私も大いに賛同したい。でもそのためには早期に戦争を終わらせる必要がある。具体的なプランは?」

 うっ。私は言葉を詰まらせた。

 そこだけは、具体的な案を見出していないからだ。

 ハルトがかわりに答えた。

「具体案は見つかっていません。でも、ケンタウリSA買収ができれば具体案は実現できるはず。パーシアスさんが、すでに具体案をお持ちなのでは?」

 すると、パーシアスは不敵な笑みを浮かべた。

「その通り、私に策があります。では話題を変えて、具体的な買収方法について聞かせてもらいましょうか」

 買収方法については、ハルトの出番だ。私も頑張ったんだから、しっかりやってよね。


「御社の第三者割当増資を引き受けさせてください」

 増資、つまり、アンドロメダAGが新たに発行する新規発行株式を買うということだ。これは株主から発行済み株式を買うのとは根本的に違う。

「アンドロメダAGの時価総額は2兆カルマ。プレミアムを乗せて3兆円弱。我々が3兆円で増資を引き受ければアンドロメダAGの50%以上の株式を取得できます」

 それを聞いて、少し混乱したユナがハルトに質問する。

「既存株主の半分から50%株式を買い取るのであれば、半分のカルマでよいのでは?」

「上場企業の株式をたくさん買う場合は、TOBと言って全株主から公開買い付けをしなければいけないから50%だけ買い取るというのは難しいんだ」

「なるほど、色々制約があるんですね」

 私も補足を入れる。

「それにね。増資であれば買い取り代金が株主ではなく会社に入るから、そのまま事業資金に使えるのよね」

「戦争の早期停止に向けて資金は必要だと思います。この案でどうでしょうか」

 ハルトが提案を締めくくる。

 様子を見ていたパーシアスは、満足そうに微笑んだ。

「ありがとうございます。私たちにとっては最高の提案です」

 ハルトとパーシアスはがっちりと握手を交わした。

   

 それから二日間ほどは、追加の企業調査をしたり、手続きを確認したり、契約書を交わしたりして大忙しだったけど、漸く概ね準備が整った。

 増資をするためには臨時株主総会を開催し、特別決議を取る必要がある。

 そのため、筆頭株主であるファンドのヘルメス社を口説き落とす必要がある。

 私たちは、戦闘空域を抜けてヘルメス社が本社を構える惑星へと向かった。


『総員、第一種戦闘配置』

 AIが慌ただしく動き始めた。船も大きく揺れる。

「何事だ?」

『高速戦艦にロックオンされた模様です。今、機動回避を試みています』

「敵の位置は?」

『左舷後方8時の方向です』

 みんな、とっさにそちらの方向を映しているディスプレイに視線を向ける。確かに、ごっつい高速戦艦がまっすぐに迫ってきている。そして、閃光が見えた。

『敵艦発砲』

 次の瞬間、凄まじい轟音が響く。

「だいじょうぶかしら……」

「こちらは武器が少ないから囲まれたらやばい。とにかく避けて逃げ切るしかないな」

 CIC(戦闘指揮所)にも閃光が入ってくる。

『右舷からも敵影』

 じり貧じゃん。どうしよう……私もAIに対して叫ぶ。

「もう、こうなったら四次元ワープで逃げられないの?」

『戦闘行為中にワープ計算するためには五次元量子コンピューターが必要です』

「じゃあ、どうやってこのピンチを回避するのよ」

 私があたふたしていると、艦橋から連絡が入る。

「ユナです。私も外に出て、魚雷迎撃を支援します」

「え? ちょっと、無茶しないでよ」

「大丈夫です。国家一級メイドの資格を持ってますので魚雷の迎撃くらいはできます。右舷の攻撃は私が止めますので、左舷の防御に集中してください」

 モニターを見るとスリムな宇宙服を着たユナが、艦橋のてっぺんに上っている。その左手には……

「に、日本刀?それでどうやって防御しようって言うのよ」

「この日本刀は特別です。離れた物体でも、堅い鉄でも、なんでも切れる優れモノです」

 ……そんな馬鹿な。と思ったけど、百聞は一見に如かず。

 ユナは白鞘を左手に、そこに収まった日本刀の柄に右手をそっと添える。

 腰をぐっと据えて、右舷から飛んでくる魚雷の束をにらむ。

 右手の小指がピクリと動いた。

 その刹那。

 目に見えない速さで刀を抜いた。そして、多分、目にも見えない速さで何撃もの斬撃を繰り出したのだろう。実際にスクリーンでは、何も見えなかった。ただ、静かに刀を鞘に戻すシーンしか確認できなかった。

 しかし、迫ってきた魚雷の束は、巡洋艦に届くまでにことごとく爆発した。これがユナの早業と隕石で作られた伝説の日本刀の実力だった。

「……す、すごい」

 彼女ひとりで、戦艦級の対空防御力を発揮したことになる。ユナは次の攻撃に備えて、日本刀を構えなおす。

 国家一級メイドが如何にとんでもない資格か思い知らされるわね……とはいえ、こんな防御、いつまでも続けられることではないはず……

 そのとき、CICに無線通信が入った。


「ハルトよ。やっと来たか」

 スクリーンに映ったのは、あの嫌な顔。本当に、しつこいったらありゃしない。ストーカー禁止法で四次元警察に突き出したくなるレベル。そう、ヘルクレスのトミーだ。目的のためならどんな汚い手段も厭わない嫌な奴だ。

「トミー、貴様だったのか。ずっとおれたちの邪魔をしていたのは。しかし、なぜおれたちの動きを把握できた?」

 ハルトは苦々しく答える。

「お前に教える義理はない。おれはお前たちの買収作戦は必ず阻止させてもらう。ここは戦闘区域。お前たちが戦死しても不自然ではないしな。はっはっは」

 やはり……銀行に情報リークしたのも。高速戦艦を私たちより先にレンタルしていったのも。全部トニーの仕業だったのね。

 でも、何かがおかしい。

 そもそも、トミーはどうやって私たちの作戦行動を知ったの?

 四次元リムジンや高速巡洋艦よりも早く先回りできた理由は?

 ……私の頭の中でパズルが組み替えられていく。

 そのとき、AIが叫んだ。

『正面、12時の方向に三隻目の高速戦艦。四次元空間からワープアウト』

「なんだって?」

 確かにレンタルされたのは三隻だったはず。残りの一隻が現れたってことね。

 それにしても、戦闘空域での四次元ワープアウトなんて、五次元量子コンピューターじゃないと計算できないって言ってたじゃん……


 ……あ、そういうことか……


 私は、漸くカラクリを理解した。

 私たちが使っていたリムジンの中の会話を傍受することができれば、私たちの行く先も把握できる。

 そして5次元バイクならリムジンよりも圧倒的に早く目的地に先回りできる。

 この条件に一致する人は一人しかいない。

 

 その瞬間、正面の敵がまばゆく光った。

『敵、レーザー発射』

 そのレーザーを、ユナが日本刀の刀身で反射させなんとか直撃は避ける。

 なんて凄すぎる防御技……

 でも、次の瞬間。ユナが揺らつき、艦橋から落下してしまった。

「ユナ!」

 私は絶叫をあげる。

 こんな戦場で行方不明になったらもう見つけられない。

「おれが行く」

 瞬時に提督席を飛び出したハルトは艦載機に向かう。

 そうこうしている間も、敵の攻撃は止まない。三方塞がれて、絶体絶命。


 その時、私の頭の中で、何かがプツンと切れた音が聞こえた。


 CICの通信システムを前方の高速戦艦に向けると、大声で叫ぶ。

「もうやめて。そこにいるんでしょ?」

 ……返事はない。もう一度。

「そこにいるんでしょ?ミサトさん!」


 ミサトさんは、私の第一秘書。

 いつも、なんでもお願いを聞いてくれる優しいお姉さん。

 密航や盗聴のような裏工作もしちゃう凄腕の秘書。

 私よりちょっとだけナイスバディなところは少しムッとするけどね。

 有給休暇中の彼女がここにいるとしか考えられない……

「ミサトさん。このままじゃ、ユナが宇宙のチリに消えちゃうわ」

 ユナを助けたい。でも、このままじゃあ、絶望だ……

「ミサトさん、有給休暇は却下よ。あなたは、私の第一秘書でしょ。今すぐこの戦闘を終わらせて、職務に復帰しなさい」

 私の絶叫は、それでも届かないのか……正面の戦艦の全砲門から光が漏れ始める。

「ミサトさん……」

 ……ああ、何をしても、私の声は届かないの?

 私の膝は力を失い、CICの床に崩れ落ちる。

『正面敵艦、砲撃開始』

 まばゆい閃光がスクリーンを埋め尽くす。

 次の瞬間。

 その閃光は左舷を掠めて、大きな衝撃波を伝える。

「……直撃はしなかったの?」

『はい。左舷後方の戦艦に直撃。戦艦大破』

 え? どういうこと?

 すると、スクリーンに正面戦艦からの映像が入った。

「もう、せっかく有給休暇活用して副業でヘルクレスに寝返っていたのに……有給休暇が終わっちゃったんならヴァーゴに戻らなきゃいけないじゃない」

「ミ……ミ……ミサトさーん」

 私は枯れた声で叫んだ。


 左舷後方の敵艦はミサトさんの奇襲で大破し戦線離脱。

 ミサトさんが乗った戦艦は、そのまま巡洋艦とすれ違う。

 そして、右舷後方の敵戦艦に突進していった。

 右舷敵艦は慌ててミサトさんの戦艦との戦闘に入る。

「ハルト、ユナは?」

「……大丈夫、何とか確保した」

 ハルトがユナを連れて、艦載機で戻ってくる。

「本当に? よかったよぅ」

「すみません、ご心配をおかけしました」

 そして……

「急いで。今のうちにずらかるわよ」

 いつの間にか戦艦から脱出したミサトさんが、五次元バイクで颯爽と着艦してきた。

 言われるまでもなく、巡洋艦は一気に最大船速。

 戦線を離脱することに成功した。


 CICにハルトとユナ、そしてミサトさんを迎える。

 みんな、危機を回避できてほっとした顔だ。

「ミサトさん、もう……ひどいわよ。ヴァーゴを裏切るなんて。でも、戻ってくれてありがとう。助かったわ」

「利益がある方に寝返るのが私のポリシーよ。でもね、向こうの方が金払いがいいと思ったんだけどね。実は結構ドケチで、そうでもなかったのよね……ところでメイ。なんで私がいるって気が付いたの?」

 私は、さきほど思いついたからくりを説明した。

「さすがメイ。見事な分析ね」 

「私たちがリムジンからこの軍用艦に乗り移ったあとは盗聴できなかったんでしょ?」

「正解。だから筆頭株主の本社があるこの宙域で待ち伏せしていたのよ」

 それを聞いて、ハルトが悟ったように回答する。

「筆頭株主にヴァーゴの示す買収金額が低すぎるとでも吹き込んだか?」

「さすがね。その通りよ」

「やっぱりな。じゃあ、もうすぐ大慌てになると思うよ」

 ハルトはにやりと笑った。

「おれたちは筆頭株主の株を買い取る提案はしない。アンドロメダAGに増資する。増資の結果、今の株価の倍に株価を上げることも可能だ。それを信じてもらえれば、トミーの裏工作を無効化できるさ」

 そう、まさに、倍返しね。

      

 筆頭株主との協議にはハルトと私の二人で赴いた。

 交渉には二日間かかった。

「どうでしたか? どうでしたか?」

 いつものように、ユナが食いついてくる。

「やっぱり、既存株主としては株を今売るのがいいか、ヴァーゴに入ってもらって経営を立て直してから売った方が儲かるのか。そこがポイントだったわね」

「想定通りですね。説得できたんですか?」

「そうね。事業プランは納得してもらえたわ。でも戦争終結できるのかについては、やはり疑問が出たわね」

「やっぱりですか……」

「株主総会で証明しますって、啖呵切っておいたわ」

 私はエッヘンと答えた。

「まあ、そこはパーシアスさんに任せるしかなさそうだね」

「はい。ということで、私たちはアンドロメダAGに戻って、株主総会に備えましょう」

 こうして、私たちは巡洋艦で帰路についた。

 やがて、目の前に黒く巨大な塊、巨大ブラックホールが見えてくる。

 低周回軌道に乗ってしまえば戦闘区域からは外れるはずだ。

 しかし……

『総員、第一種戦闘配置』

 またもや、アラートが……ええ?

 もう、戦闘区域外なんですけど? 

 こんな、重力の滝のような場所で、戦闘仕掛けてくるなんて……バカなんですか?

「敵の位置は?」

『左舷後方と左舷前方、二方向から挟まれています』

「うーん、まずいな」

 ハルトは頭を抱えた。

 右舷にはブラックホールが大きな口を抱えている。まさに、川上から滝口に追い込まれるような位置関係だ。

「まさか、こんなに早く立て直してくるとはな。油断したか」

『敵発砲してきます』

 第一波を何とか回避。右舷に流れ込んだ魚雷は瞬く間にブラックホールに飲み込まれいく。

「うわー……ここに堕ちたらどうするのよ」

 冷汗が流れる。

「アンドロメダAG本社も近いはず。彼らの護衛艦隊に救援要請をしよう」

 通信回線を開く。

「ハルトさん、大丈夫ですか?」

 パーシアスさんが応答してくれた。

「はい、でもやばいです。ブラックホールと戦艦二隻に挟まれていて……救援は間に合いそうですか?」

「はい、今向かっていますが、まだ10分はかかりそうです」

「10分……」

 CICに沈黙が流れる。素人目にも10分持つとは思えない。

「そこで、ナミさんから提案があります」

「ナミさん?」

 ケンタウリSAから到着していたようだ。

「はーい。ハルトさん、メイさん、お久しぶりです。あのですね、メイさん、聞いてください」

「え?わ、私?」

 なんか……嫌な予感がする。


「アンドロメダでは魔法は使えないと言われていました。でも実は、武器の威力を増加する支援魔法は効果があるようなのです」

「ええ?」

 それって、すごい発見じゃ?

「でも、そのためには武器に直接魔法をかける必要があります」

「……ってことは……」

「はい。メイさん、あなたが魔法少女になるしかありません」

 やっぱり、嫌な予感は的中……まさか、またそのようなリクエストが来るとは……

「い、嫌ですよ、絶対いやです」

「そんなこと言っていると、撃沈しちゃいますよ?」

 ……でも、またあんな恥ずかしい変身はしたくない。裸同然の変身シーンだもの。

「ねえ。ユナの方が魔法少女に似合うと思うんだけど、腕時計をユナに渡したらダメ?」

「あなた専用特注変身セットですからだめです」

 ……やっぱりね。

「わかったわよ。じゃあ、みんな、見ないでよね?」

 私はこっそりと提督席の後ろに隠れて、以前ナミさんからもらった変身用腕時計をつける。

 えいっ!

 ボタンを押すと、腕時計から大量の光があふれ出し全身を包み込む。

 あぁ、今、裸同然のシルエットがさらされているのよね……

 やがて、その光が徐々に収まり、新たなユニフォームが形成された。

「わぁ、かわいいです。メイさん、セクシーすぎです」

「あら、本当に。結構似合うんじゃない?」

「……いいと思うぞ」

 見ないといったくせに……ユナもミサトさんもハルトも、しっかりガン見しているじゃん。

「もう、勘弁してよ」

 私はほっぺたを膨らませて文句を表明する。

「メイさん、ラブリーシャイン・アップと言ってください」

「また、そんな恥ずかしい魔法名……」

「早くしないと……」

「はいはい、はーい。じゃあ……ラブリーシャイン・アップ!」

 すると、CIC全体が金色の光に包まれる。

「今よ、攻撃して」

『アイアイサー、では、レーザー砲、発射』

 すると……

 ドゴゴゴゴー!

 物凄い轟音を伴い、何本ものレーザー光が発射された。

 しかも、通常のひたすら直進するレーザーとは違うみたい……

「レーザーが……敵をホーミングしている?」 

 レーザーは円弧を描きながら、左遠方の戦艦に接近。半分くらいが、そのエンジン部分を直撃し大爆発。

 残りのレーザーは、そのままぐるっと軌道を変える。今度は左後方の戦艦の艦首部分に突き刺さる。そして、大爆発。

 うそ?戦艦二艦が一瞬にして中破した!

「くそー、覚えてろ」

 トミーはあわてて戦線を離脱していった。

 あたりには、静寂が戻る。

「……なんとか、生き延びれたかしら?」

 私のつぶやきにミサトさんがすました顔をして答えた。

「多分、彼はこれ以上の追撃費用は出せないと思うわ。だって、彼、費用ケチって任意保険外してたもの。戦艦一艦大破、二艦中破でしょ? 大きな借金抱えたはずよ」

 ……それって……三桁億カルマ行っちゃうかも?

 私は、ハルトとユナと目を合わせる。

「ぷ、ぷぷっ」

「うふふ」

「あははは」

 可哀そうだけど、笑っちゃうわよ。自業自得だもんね。

 それにしても……魔法と軍用艦の併用って、とんでもない威力ね。これが、パーシアスさんが言っていたこと……

『アンドロメダAGにはケンタウリSAが必須』の真相だったのね。

   

 アンドロメダAGの本社の大ホール。

「株主の皆様、本日は臨時株主総会にお集まりいただき誠にありがとうございます」

 今日の議題はただ一つ。

 ヴァーゴ社による第三者割当増資を受け入れるかどうか。

 株主たちは真剣な面持ちで情熱的で激しい論争が巻き起こった。壮絶な議論の末……一人の株主が立ち上がり、鋭い眼光で会場を見渡した。

 筆頭株主のヘルメス社の社長だった。

「アンドロメダ・ワールドは、カオスと化した戦乱を終息し新たな時代を構築する必要がある。その要となるのはアンドロメダAGだと思う。よって、アンドロメダAGには今までより大胆な戦略と新たなビジョンが必要だ」

 彼の口から出る言葉は、鋭く、冷静でありながらも力強さを秘めていた。

「ヴァーゴ社の力を借りて、会社とアンドロメダ・ワールドそのものを立て直していけるのであれば期待をしたい。ヴァーゴ社の方も来ているのでしょう。ぜひ、説明をしていただきたい」

 彼の要求を聞いた株主たちからは拍手が起こった。司会が私の方を見る。

 もちろん、私は受けて答えるつもりで覚悟を固めてきた。

 ハルトから授かった大事な提案。ヴァーゴCFOとして、株主全体から賛成を取る責任を果たすときがきた。

 私は、小さくコクリとうなづくと、壇上へとゆっくり歩みだした。


「私は、ヴァーゴCFOのメアリー・スピカです。本日はこのようなご提案の機会を頂きありがとうございます」

 私は株主全員に向かってプレゼンを披露した。

 ヴァーゴの事業紹介。異世界運営事業への進出。これまでのM&Aの実績。それによって買収した企業との共創と発展。

「このように、私たちはM&Aによって新たな価値を創出し、お互いが発展することを目指しています」

 株主たちが真剣に私のプレゼンに耳を傾けていることがわかる。

「アンドロメダAGがヴァーゴ傘下に入れば、他の傘下企業との業務提携も提案できます。アンドロメダAGのような転生リクルート企業と私たちのような転生マッチング企業が資本提携した例はありません。これは歴史的瞬間となります。ケンタウリSAによる魔法支援提供によって戦争を早期終結し、新たな世界を作りましょう」

 私は深々と一礼した。

 株主たちから拍手が起こり始めた。徐々に立ち上がる株主たち。拍手の音は大きく会場に響き渡る。

「お疲れ様。上出来だったね」

「ありがとう、緊張したわよ」

「いやいや、さすがメイのプレゼンはレベルが違う」

「もう……褒めても何も出ないわよ」

「ははは。しいていうなら、動画に変身シーンを入れれば、完璧だったね」

 ちょっと?そんなこといってるバカハルトには、ハート・フレアを狙い撃ちするわよ?

 そう思いながら、ハルトの胸に体を預ける。やはり、暖かい。ハルトは私の頭をそっと撫でてくれる……全てが上手くいったのね。私は安堵して、更に体重をハルトに預けた。

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